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義高様がいなくなる日[3]
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その夜。
皆が寝静まった頃を見計らって〝作戦会議〟が始まった。
姫と義高様と倖氏さんの三人だけの〝作戦会議〟。
〝議題〟は義高様が逃げること。
すると始まって早々、倖氏さんが手を挙げた。
「ここはシンプルに〝囮作戦〟なんかどうかと。」
〝オトリ作戦〟?
何の事だか分からなくて姫が目をパチクリしていると、
「まぁ内容も単純で倖氏(わたし)が義高様の振りして木曾馬で脱出をはかって、その隙に本物の義高様が脱出するという―」
「そんなのダメに決まっているだろう。」
「そんなのダメよ!」
説明の途中で危うさに気付いて、
義高様と同時に倖氏さんの言葉をぶった切った。
でも倖氏さんは全然めげた様子もなく、
むしろ予想の範囲内だというように、
「でもですね、この手の作戦に多少の危険はつきものですし。もしかしたら私もうまく逃げられる可能性も無きにしも非ずでして。
例え、捕まったとしても義高様は逃げられますし、倖氏(わたし)は見逃してもらえるかもですし。」
「ダメだ。」
「ダメよ。」
今度も二人同時に拒否権を発動した。
だって姫は気づいてしまったんだもの。
倖氏さんの目。
笑ってはいるけど、笑ってないわ。いつかと同じ胴を宿した暗い眼をしてる。
いつか「死ぬ覚悟」を語った、あの時と一緒よ。
だからダメよ。
「誰も死なない方法を考えるんだから!!」
姫が真剣にそう言うと、
義高様は、姫の気迫にちょっと驚いたみたいになって、
倖氏さんは「弱りましたねぇ」と言った後、苦笑して、
「では、姫には何か妙案が?」
と話を振られて、
姫は今日一日考えに考えた案をきっぱりと言った。
「雨夜に木曾へ駈け込むのよ!」
その答えに、何故か倖氏さんは声を殺して床を笑い転げてしまい、
「お前なぁ」と義高様には、溜息まで吐いて呆れられてしまった。
するとその時、
「そうよねぇ。駆け込むには此処から木曾は遠過ぎるし、何より雨夜の話は忘れなさいって言ったわよねぇ、大姫?」
急に御簾の向こうから声が掛かって、
ギョッとして三人とも身構えて声のした方を振り返ると、
柱の影からお母様が現れた。
「……お母様。」
姫がボンヤリそう呼ぶと、
お母様はニッコリ微笑んで、
「こんばんは」と挨拶した。
その姿に、
義高様はフッと諦めと安堵の混ざった妙な溜息を吐き、
「…政子様っ!」
倖氏さんは笑顔を消して、
悔しそうに、
無念そうに、
下を向いて、
グッと両手に拳を作って握りしめた。
その様子に、お母様は更に微笑み、
「ふふっ、大姫の様子がおかしいので、まぁ、こんな事だろうと思って♪」
と、どこまでも無邪気におっしゃった。
ああ。どうしよう、姫のせいね。
姫が今朝、あんなに泣いたから不審に思われたんだわ。
お母様は勘が鋭いもの。
でも気付かれちゃいけない。バレてはいけない。知られちゃいけない。
お母様はきっと、お父様の味方。
お母様が知れば、お父様に伝わる。
お父様が知れば、義高様は逃げられないわ。
殺されてしまうっ!
姫はギュッと目を瞑って覚悟を決めると、
言いよどまないようにバッと目を開けると同時に顔を上げて、
「お母様っ、あの――」
嘘を吐こうとした。
でも、そこにいたのは、いつものお母様じゃなかった。
笑ってらっしゃらなかった。
笑顔を装っていてもいらっしゃらなかった。
それで、姫の言葉は途絶えてしまい、
代わりにお母様のリンとした声が響いた。
「大姫。」
声は逆らう余地を与えず、
目はしっかりと見据えられて、逸らすことを許さない。
「はっ、はい。」
姫は何とか口を開く。
姫が怒られると思ったのか、義高様が弁解に口を開こうとなさる。
でも、それより早く、お母様の問いは発せられた。
「義高殿が好きですか?」
その予想外の問い掛けに、義高様は開きかけた口から音を紡ぎ出すことができず、
だけど姫は、
今度はしっかりとお母様の目を見返して、
はっきりと宣言した。
「はい。姫は義高様が大好きです、お母様。」
その時、なんだか金魚みたいに口をパクパクと言葉を続けられずに口を動かす義高様の姿を眼の端に捉えて、姫は少しクスリと笑った。
でも、これは当然よ。
義高様は姫のお婿さん。
姫と一緒に笑って、悩んで、泣いてくれた方。
姫の一番大切な人。
そして、これからも、ずっと一緒に笑ったり悩んだり泣いたりしてくれる方。
大好きな義高様。
だから、好きかどうかなんて考えるまでもないもの。
「好きに決まってるわ。」
その答えを聞くと、つられたようにお母様もクスリと笑われて。
その顔にいつもの笑みを浮かべられると、
「ではね、大姫。この母に、姫の大好きな義高様を逃がすための妙案があります。」
と、はっきりした口調で提案された。
その思いもかけない言葉に、
倖氏さんはハッと顔を上げ、
姫と義高様は揃って目を見開いた。
「少なくとも正面突破よりは安全だと思うのだけど…聞いてくれるかしら?」
お母様はどこまでも悪戯っぽい無邪気な笑顔で首を傾げてみせた。
皆が寝静まった頃を見計らって〝作戦会議〟が始まった。
姫と義高様と倖氏さんの三人だけの〝作戦会議〟。
〝議題〟は義高様が逃げること。
すると始まって早々、倖氏さんが手を挙げた。
「ここはシンプルに〝囮作戦〟なんかどうかと。」
〝オトリ作戦〟?
何の事だか分からなくて姫が目をパチクリしていると、
「まぁ内容も単純で倖氏(わたし)が義高様の振りして木曾馬で脱出をはかって、その隙に本物の義高様が脱出するという―」
「そんなのダメに決まっているだろう。」
「そんなのダメよ!」
説明の途中で危うさに気付いて、
義高様と同時に倖氏さんの言葉をぶった切った。
でも倖氏さんは全然めげた様子もなく、
むしろ予想の範囲内だというように、
「でもですね、この手の作戦に多少の危険はつきものですし。もしかしたら私もうまく逃げられる可能性も無きにしも非ずでして。
例え、捕まったとしても義高様は逃げられますし、倖氏(わたし)は見逃してもらえるかもですし。」
「ダメだ。」
「ダメよ。」
今度も二人同時に拒否権を発動した。
だって姫は気づいてしまったんだもの。
倖氏さんの目。
笑ってはいるけど、笑ってないわ。いつかと同じ胴を宿した暗い眼をしてる。
いつか「死ぬ覚悟」を語った、あの時と一緒よ。
だからダメよ。
「誰も死なない方法を考えるんだから!!」
姫が真剣にそう言うと、
義高様は、姫の気迫にちょっと驚いたみたいになって、
倖氏さんは「弱りましたねぇ」と言った後、苦笑して、
「では、姫には何か妙案が?」
と話を振られて、
姫は今日一日考えに考えた案をきっぱりと言った。
「雨夜に木曾へ駈け込むのよ!」
その答えに、何故か倖氏さんは声を殺して床を笑い転げてしまい、
「お前なぁ」と義高様には、溜息まで吐いて呆れられてしまった。
するとその時、
「そうよねぇ。駆け込むには此処から木曾は遠過ぎるし、何より雨夜の話は忘れなさいって言ったわよねぇ、大姫?」
急に御簾の向こうから声が掛かって、
ギョッとして三人とも身構えて声のした方を振り返ると、
柱の影からお母様が現れた。
「……お母様。」
姫がボンヤリそう呼ぶと、
お母様はニッコリ微笑んで、
「こんばんは」と挨拶した。
その姿に、
義高様はフッと諦めと安堵の混ざった妙な溜息を吐き、
「…政子様っ!」
倖氏さんは笑顔を消して、
悔しそうに、
無念そうに、
下を向いて、
グッと両手に拳を作って握りしめた。
その様子に、お母様は更に微笑み、
「ふふっ、大姫の様子がおかしいので、まぁ、こんな事だろうと思って♪」
と、どこまでも無邪気におっしゃった。
ああ。どうしよう、姫のせいね。
姫が今朝、あんなに泣いたから不審に思われたんだわ。
お母様は勘が鋭いもの。
でも気付かれちゃいけない。バレてはいけない。知られちゃいけない。
お母様はきっと、お父様の味方。
お母様が知れば、お父様に伝わる。
お父様が知れば、義高様は逃げられないわ。
殺されてしまうっ!
姫はギュッと目を瞑って覚悟を決めると、
言いよどまないようにバッと目を開けると同時に顔を上げて、
「お母様っ、あの――」
嘘を吐こうとした。
でも、そこにいたのは、いつものお母様じゃなかった。
笑ってらっしゃらなかった。
笑顔を装っていてもいらっしゃらなかった。
それで、姫の言葉は途絶えてしまい、
代わりにお母様のリンとした声が響いた。
「大姫。」
声は逆らう余地を与えず、
目はしっかりと見据えられて、逸らすことを許さない。
「はっ、はい。」
姫は何とか口を開く。
姫が怒られると思ったのか、義高様が弁解に口を開こうとなさる。
でも、それより早く、お母様の問いは発せられた。
「義高殿が好きですか?」
その予想外の問い掛けに、義高様は開きかけた口から音を紡ぎ出すことができず、
だけど姫は、
今度はしっかりとお母様の目を見返して、
はっきりと宣言した。
「はい。姫は義高様が大好きです、お母様。」
その時、なんだか金魚みたいに口をパクパクと言葉を続けられずに口を動かす義高様の姿を眼の端に捉えて、姫は少しクスリと笑った。
でも、これは当然よ。
義高様は姫のお婿さん。
姫と一緒に笑って、悩んで、泣いてくれた方。
姫の一番大切な人。
そして、これからも、ずっと一緒に笑ったり悩んだり泣いたりしてくれる方。
大好きな義高様。
だから、好きかどうかなんて考えるまでもないもの。
「好きに決まってるわ。」
その答えを聞くと、つられたようにお母様もクスリと笑われて。
その顔にいつもの笑みを浮かべられると、
「ではね、大姫。この母に、姫の大好きな義高様を逃がすための妙案があります。」
と、はっきりした口調で提案された。
その思いもかけない言葉に、
倖氏さんはハッと顔を上げ、
姫と義高様は揃って目を見開いた。
「少なくとも正面突破よりは安全だと思うのだけど…聞いてくれるかしら?」
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