抱えきれない思い出と共に…

文月

文字の大きさ
上 下
17 / 23

義高様がいなくなる日[3]

しおりを挟む
その夜。
皆が寝静まった頃を見計らって〝作戦会議〟が始まった。
姫と義高様と倖氏さんの三人だけの〝作戦会議〟。
〝議題〟は義高様が逃げること。
すると始まって早々、倖氏さんが手を挙げた。
「ここはシンプルに〝囮作戦〟なんかどうかと。」
〝オトリ作戦〟?
何の事だか分からなくて姫が目をパチクリしていると、
「まぁ内容も単純で倖氏(わたし)が義高様の振りして木曾馬で脱出をはかって、その隙に本物の義高様が脱出するという―」
「そんなのダメに決まっているだろう。」
「そんなのダメよ!」
説明の途中で危うさに気付いて、
義高様と同時に倖氏さんの言葉をぶった切った。
でも倖氏さんは全然めげた様子もなく、
むしろ予想の範囲内だというように、
「でもですね、この手の作戦に多少の危険はつきものですし。もしかしたら私もうまく逃げられる可能性も無きにしも非ずでして。
例え、捕まったとしても義高様は逃げられますし、倖氏(わたし)は見逃してもらえるかもですし。」
「ダメだ。」
「ダメよ。」
今度も二人同時に拒否権を発動した。
だって姫は気づいてしまったんだもの。
倖氏さんの目。
笑ってはいるけど、笑ってないわ。いつかと同じ胴を宿した暗い眼をしてる。
いつか「死ぬ覚悟」を語った、あの時と一緒よ。
だからダメよ。
「誰も死なない方法を考えるんだから!!」
姫が真剣にそう言うと、
義高様は、姫の気迫にちょっと驚いたみたいになって、
倖氏さんは「弱りましたねぇ」と言った後、苦笑して、
「では、姫には何か妙案が?」
と話を振られて、
姫は今日一日考えに考えた案をきっぱりと言った。
「雨夜に木曾へ駈け込むのよ!」
その答えに、何故か倖氏さんは声を殺して床を笑い転げてしまい、
「お前なぁ」と義高様には、溜息まで吐いて呆れられてしまった。
するとその時、
「そうよねぇ。駆け込むには此処から木曾は遠過ぎるし、何より雨夜の話は忘れなさいって言ったわよねぇ、大姫?」
急に御簾の向こうから声が掛かって、
ギョッとして三人とも身構えて声のした方を振り返ると、
柱の影からお母様が現れた。
「……お母様。」
姫がボンヤリそう呼ぶと、
お母様はニッコリ微笑んで、
「こんばんは」と挨拶した。
その姿に、
義高様はフッと諦めと安堵の混ざった妙な溜息を吐き、
「…政子様っ!」
倖氏さんは笑顔を消して、
悔しそうに、
無念そうに、
下を向いて、
グッと両手に拳を作って握りしめた。
その様子に、お母様は更に微笑み、
「ふふっ、大姫の様子がおかしいので、まぁ、こんな事だろうと思って♪」
と、どこまでも無邪気におっしゃった。
ああ。どうしよう、姫のせいね。
姫が今朝、あんなに泣いたから不審に思われたんだわ。
お母様は勘が鋭いもの。
でも気付かれちゃいけない。バレてはいけない。知られちゃいけない。
お母様はきっと、お父様の味方。
お母様が知れば、お父様に伝わる。
お父様が知れば、義高様は逃げられないわ。
殺されてしまうっ!
姫はギュッと目を瞑って覚悟を決めると、
言いよどまないようにバッと目を開けると同時に顔を上げて、
「お母様っ、あの――」
嘘を吐こうとした。
でも、そこにいたのは、いつものお母様じゃなかった。
笑ってらっしゃらなかった。
笑顔を装っていてもいらっしゃらなかった。
それで、姫の言葉は途絶えてしまい、
代わりにお母様のリンとした声が響いた。
「大姫。」
声は逆らう余地を与えず、
目はしっかりと見据えられて、逸らすことを許さない。
「はっ、はい。」
姫は何とか口を開く。
姫が怒られると思ったのか、義高様が弁解に口を開こうとなさる。
でも、それより早く、お母様の問いは発せられた。
「義高殿が好きですか?」
その予想外の問い掛けに、義高様は開きかけた口から音を紡ぎ出すことができず、
だけど姫は、
今度はしっかりとお母様の目を見返して、
はっきりと宣言した。
「はい。姫は義高様が大好きです、お母様。」
その時、なんだか金魚みたいに口をパクパクと言葉を続けられずに口を動かす義高様の姿を眼の端に捉えて、姫は少しクスリと笑った。
でも、これは当然よ。
義高様は姫のお婿さん。
姫と一緒に笑って、悩んで、泣いてくれた方。
姫の一番大切な人。
そして、これからも、ずっと一緒に笑ったり悩んだり泣いたりしてくれる方。
大好きな義高様。
だから、好きかどうかなんて考えるまでもないもの。
「好きに決まってるわ。」
その答えを聞くと、つられたようにお母様もクスリと笑われて。
その顔にいつもの笑みを浮かべられると、
「ではね、大姫。この母に、姫の大好きな義高様を逃がすための妙案があります。」
と、はっきりした口調で提案された。
その思いもかけない言葉に、
倖氏さんはハッと顔を上げ、
姫と義高様は揃って目を見開いた。
「少なくとも正面突破よりは安全だと思うのだけど…聞いてくれるかしら?」
お母様はどこまでも悪戯っぽい無邪気な笑顔で首を傾げてみせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

月夜の華

のの(まゆたん)
歴史・時代
中華風の・・とある王国に妃となるべく 王女が嫁いできた 身体の弱い王女に伴い 侍妾の一人として付いてきた少女  そして・・

【完結R18】三度目の結婚~江にございまする

みなわなみ
歴史・時代
江(&α)の一人語りを恋愛中心の軽い物語に。恋愛好きの女性向き。R18には【閨】と表記しています。 歴史小説「照葉輝く~静物語」の御台所、江の若い頃のお話。 最後の夫は二代目将軍徳川秀忠、伯父は信長、養父は秀吉、舅は家康。 なにげに凄い人です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

和ませ屋仇討ち始末

志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。 門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。 久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。 父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。 「目に焼き付けてください」 久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。 新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。 「江戸に向かいます」 同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。 父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。 他サイトでも掲載しています 表紙は写真ACより引用しています R15は保険です

処理中です...