抱えきれない思い出と共に…

文月

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義高様がいなくなる日[1]

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その日の朝、
姫の泣き声は屋敷中に響き渡った。
それを聞きつけた人々が「何だ何だ」と起きて集まってきた。
姫はただ、ひたすら義高様にしがみついて泣き続けた。
義高様が困ってらっしゃるのは何となく伝わってきたけど、
それでも姫は泣き続けた。
義高様がここにいる。
ちゃんといる。
でも、ここにいる義高様はこのままじゃいなくなってしまう。
この温もりは、消えて行ってしまう。
殺されてしまう。
お父様の手にかかって殺される。
そう思うと、義高様から離れることも、
泣き止むこともできなくて、
手を離したら、どこか遠くへ行ってしまうような気がして、
失うことの悲しみを、
失うことの苦しみを、
失うことの悔しさを、
姫はもう既に知っていたから、
余計に強く義高様をぎゅっと抱きしめたまま泣き続けた。
あまりに長く姫が泣き続けるから、
心配して、お父様とお母様が見に来てくれたけど、
今は顔を合わすのも怖くて、
ただ義高様の胸に顔を埋めてイヤイヤをしたまま、
「怖い夢を見ただけから。」
と泣き叫んで追い払って、
侍女が「仕方がないから義高様にお任せします。」と言って全員いなくなって、
それでも姫は泣いていた。
やがて泣き声にケホケホという咳く音が混じるようになり、
義高様がゆっくりと背中を撫でてくださって、
その間、何も聞かないでくださって、
それで、姫はやっと泣き止むことができた。
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