抱えきれない思い出と共に…

文月

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義高様と大冒険[3]

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「姫、大姫。」
誰かに呼ばれた気がした。
「もうすぐ着くらしいぞ。……どこだか知らんが。」
そう紡がれた声を聞いて、
ふっと瞼を開けると、体はもう熱くなくなっていて、
気持ちのいい潮風が姫の髪をさらっていった。
パカパカ。
タカタカ。
風にそよぐザワザワという木の葉の音に混じって、馬の蹄の音がする。
背中には安心する人の気配。
うわぁい。
――――って!
へっ!?
姫は、それが〝義高様〟なのに気付いて、
さっきケンカしてしまったのを思い出して、
それなのに、また眠ってしまったのにも気づいて、
慌ててガバッと身を起こすと、
くるっと身をひねって、
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
ペコっと頭を下げた。
だけど、気配はあるのに、声は返ってこなくて、
今度は罵声も飛んでこなくて、
あれ?、と思って
そろそろと義高様の顔を窺うと、
義高様は器用に馬のバランスを調整して、姫を落とさないようにしてくれてらして、
それで、何故だかバツが悪そうに、
「謝らなくていい」
と言った後、鼻の頭を掻いて、
「その…俺の方こそ……悪かったっ!」
投げ付けるみたいに謝った。
それで、その言葉に姫はビックリして、
「どうして義高様が謝るの? 義高様も何か悪い事をしたの?」
って不思議に思って聞いてみた。
だって眠っていたのは姫の方なのに。
すると義高様は、ますますバツが悪そうになって、
「いや…その……倖氏が謝っとけって」
それだけおっしゃって、
でもそれは、さっきも確か言ってたことで。
義高様は悪くなくて。
それは、その通りで、
悪いのは姫で。
義高様も、〝謝る必要はない〟って言ってらしたのに。
だから、何が何だかわからなくて、姫が目を丸くして見ていたら、
「悪かったな。 熱があるのに気付けなくて。」
義高様はちょっと姫から目をそらして、もう一度謝った。
すると、姫はますます分からなくなって、
だって、それは当り前のことよ。
だって、姫が言わなかったんだもの。
「義高様が謝ることじゃないわ。」
そう言ったけど、義高様の中では、断固として「悪かった」ことになってしまっているらしくて、
「いや、姫が普段から体が弱いのは知ってた。 熱で倒れるのも何度も見てる。」
って言った。
それは、まぁ、そうなのだけど。
でもね、
でも姫もね、
「姫でさえ、義高様と一緒にいて、笑って泣いて熱の事なんて忘れてたくらいなのよ?」
だから、気にすることなんてないのに。
って、そう言おうとすると、言葉を奪うように、
「でも倖氏は気付いてた。」
と、どこか悔しそうにおっしゃるから、
姫は驚いて、数歩後ろを歩いてくる馬上の人影をみた。
すると、それに気付いた倖氏さんが、やっぱり『にっこり』のまま、ヒラヒラと手を振っていて、
それに、
「倖氏が、姫が病弱の体をおして俺のために遠出しようって言ってくれたのに責めるのは失礼だって。」
隣の義高様が声を被せた。
すごぉぉぉい!!
「すごいわっ、義高様っ。」
姫は、不思議な不思議に、目を輝かせて言った。
「今度は倖氏さんが神様みたいね。」
と、手を合わせてパンパン喜んでいたのだけれど、
義高様には伝わらなかったみたい。
「何がだ?」
って怪訝そうに聞いてきて、
姫は倖氏さんが不思議で不思議なわけを話す。
「だって、倖氏さんはなんでもご存知なのだわ。
馬が賢いのも知っているし、
姫たちの向かっている場所も知っているみたい。
それに、秘密にしてたのに、熱があるのも知っていて、
この前は義高様のこともいろいろと教えてくださったわ。
それにそう!
先は義高様も知らなかった義高様のお父様のお話まで知っていらしたわ。」
そう並べてみると、やっぱり倖氏さんはとっても不思議で、
「義高様は従者の方まで凄いのねっ。」
と姫がキャアキャア嬉しがっていると、
義高様が馬の手綱を少しグイッと引いて、
馬は「わかりました」とばかりに止まってしまって、
姫は「どうしたのかしら?」と思って義高様を下から覗き見てみると、
義高様は何か考え込んでるふうで、
やがて義高様の馬が動かないので、後ろを着いて来ていた倖氏さんの馬も止まって、
疑問に思った倖氏さんがぴったりと馬を乗りつけて、
「どうされたのです、義高様? 目的地はもうすぐ其処ですよ?」
そう笑顔で問うと、
義高様は考えるのをやめて、険しい顔でゆっくり倖氏さんの方を向き、
「倖氏」
少し硬い声で、倖氏さんの名前を呼ばれて、
「はい? 何です?」
相変わらずの笑顔で倖氏さんが聞くと、
義高様は淡々と、
「お前、どうやって父上が勝利した事を知ったんだ?」
ひたっと、倖氏さんに視点を合わせて尋ねられた。
その時、姫は初めて倖氏さんの鉄壁の笑顔にヒビが入るのを見た気がした。
「えっと…、それは…ですね」
姫も、その答えは気になっていたので、少し倖氏さんの方に身を乗り出すと、
熱くもないのに、倖氏さんの頬には、タラリッと流れる汗が見えた。
「それは、なんだ?」
義高様が険しい顔のまま先を促すと、
倖氏さんは、何故かあらぬ方向へススス…と目を逸らし、
またススス…と戻して、
義高さんがまだずっと詰問の態勢でジッと見てらっしゃるのを確認して、
笑顔はそのままに、汗をタラタラと流しながら、少しヤケクソ気味に手のうちを明かされた。
「実は、床下に潜って、頼朝様と政子様の話を洩れ聞いたりしてみたりしてまして♪」
それを聞いた義孝さまは、スウッっと息をつめたかと思うと、
「何やってんだぁぁぁぁあああっ、お前は!!」
今回は倖氏さんに向かって怒鳴られた。
それで、馬は「またか」って感じで、もう落ち着いていたけれど、戻って来ていた鳥達は、またパタパタと何処かへ飛んで行ってしまった。
「おっまっえっは~っ! もしンなことして、見つかったらどうするつもりだったんだっ!?」
すると倖氏さんは「まぁまぁ」って感じで顔の前で両手をパタパタ振り、
「だっ、大丈夫ですよ。 床下へ潜る時と出る時は、最新の注意を払って見付かりにくい資格を狙いましたし」
そう釈明したけれど、義高様の怒りは全然収めるには至らなかったみたいで、
「そんなこと言っても、汚れまくった服着て歩いてるのが見つかったら一発で不審がられるだろうがっ!!」
と、更に怒鳴られた。
でもこれには、倖氏さんは自慢げに姫に片目を瞑って寄こして、
「そこは抜かりありませんよ? いざという時は、私の服が汚いのは、〝土の上で笑い転げていたからだ〟って証明してくださる方がいますし?」
そう言った。
それで姫は思い出したの。
義高様は神様ですかって聞いた時、倖氏さんが福を泥だらけにしながら笑い転げていたこと。
そして、その後、服をパンパン叩いて、「よし!」って言ってたこと。
そうか。
そうだったのね。
証明してくださる方って、姫のことね。
「だから、〝よし〟だったのね?」
姫は知らずに義高様と倖氏さんの役に立っていたことが何よりも嬉しくて勇んで聞いた。
すると、
「そうです。 だから〝よし〟です。」
倖氏さんも、そう言って笑って、
二人して、ニコーって顔を見合わせていたら、
「何が〝よし〟なのか知らんが、ちっとも〝よく〟ないぞ?」
義高様の冷たい声に貫かれた。
それで倖氏さんの笑顔はピタリと凍りついてしまって、
「倖氏。」
義高様が、再び険しい顔で倖氏さんの名を呼ぶと、
「はい…」
気まずそーに、ギギギと固まった笑顔を義高様の方へ向けられて、
「そんな危ないマネ、二度とするな。」
義高様の真剣な声に、
「お前がいなくなってしまったら、俺はどうすればいい。」
義高様のなんだか泣き出しそうな真剣な声に、ハッとなって、
スッと姿勢を正すと、
「申し訳ありませんでした。」
深々と頭を垂れた。
それに、義高様は、
「うん。」
と肯かれると、黙ってしまわれた。
続く沈黙は、なんだか空気が重たくなってしまったみたいで、
なんだか回りが少し寂しくなってしまった気がして、
姫は何とか楽しくしようと、
「でもっ、でも凄いわねっ、倖氏さんっ!
床の下に潜れるのなんて、猫とネズミとモグラくらいよ。
姫が昔、猫を追いかけて潜るおうとしたら侍女に止められたもの。」
少し早口で笑って話すと、
「ってゆーか、潜ろうとすんなよ…」
と義高様には呆れられ、
「ありがとうございます。」
倖氏さんには何だか複雑な表情でお礼を言われた。
それでも、空気は少し軽くなったような気がして、
「…行くか。」
義高様のその声で、馬は再び歩み出した。 
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