抱えきれない思い出と共に…

文月

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笑顔に出会う方法[3]

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重い瞼を開けると、そこにも闇が広がっていた。
だけど少しひんやりとした風が吹いて御簾を揺らしたから、
そこが姫の部屋で、
暗いのは、月が雲に隠れた闇夜だからなんだと気付く。
どうしよう。変な時間に起きちゃった。
今まで姫はこんな深夜に目を覚ましたことがなかったから、なんだか怖い。
御簾のサラサラ鳴る音や、戸や床ミシミシ軋む音が、気味悪い。
そうだ! もう一度寝ちゃおうっ!
そう思って、頭から布団を被ったら、
「う…うっ、うぅ……」
人の呻き声がして、
最初はビクッってなったけど、
なんだか、その声を知っている気がして、
そろそろと布団を下げて、
恐る恐る、目をキョロキョロさせて声のした方を探った。
すると、すぐ隣に姫と同じ褥があって。
それは、義高様の褥で。
当たり前のように、義高様がそこで眠っていた。
そういえば、初めて義高様より早く目が覚めたんだ。
そう思ってよく目を凝らすと、
だんだん闇に眼が慣れてきて、
義高様の顔の輪郭を何とか捉える事が出来た。
その義高様の固く結ばれた唇から、呻き声は洩れていた。
「うっ…、くぅっっ、…ううううぅ……」
初めてみる義高様の寝顔はなんだか、とても辛そうで、
「うぅっ……」
ずっと苦しそうにしてらして…。
姫は、
姫は建前で、
姫には嘘の“お婿さん”だったけど。
やっぱり義高様が苦しいのは嫌で、
辛そうなのは悲しくて、
やっぱり義高様とずっと一緒にいたいから、
いなくなってほしくなくて、
「うぁ…っ、あぁぁ……っ」
姫は両手を伸ばした。
両手でギュッと義高様の頭を抱いて、
消えないように、
消えていなくなっちゃわないように、しっかりと抱き締めて、
「義高様っ!!」
思わず名を読んだら、
「……はい。」
意外にも、腕の中から答えが返ってきた。
え? え? え? え? え?
きょとん、として抱え込んだ義高様の顔を見てみたら、
義高様が目を開けて、姫をまっすぐ見ていてくださっていて、
「あの…姫、腕がちょっと痛いです。」
しかも、話しかけてくださって、
それだけで何だかもう嬉しくて胸がいっぱいになって、
ポロポロと涙が零れてしまって、
「え…? 姫、どうかされたのですか?」
義高様が手を伸ばして、姫の涙を拭いてくれたけど、
姫の涙は次から次へと溢れてきて、
抱え込んだままの義高様の頬にも落ちて、
「ごめんなさい…」
何に謝っているのだか自分でもよく分らなかったけど、
「ごめんなさい…」
ただ、謝らなくちゃいけない気がして、
「どうして姫が謝っているのですか?」
困惑した義高様の顔の上にもポトポトと涙を落しながら、
ただ、ひたすら「ごめんなさい」と言い続けた。
そんな姫が泣きやむのを義高様は静かに待っていてくれたの。
だから、ごめんなさい。
「嘘のお婿さんでも、姫は義高様が大好きです。」
さんざん涙の雨を降らせた後、そう零すと、
腕の中で義高雅は器用に視線をそらせて、
「あの、………ありがとうございます。」
ちょっと早口で言った。
なんだか、お顔も熱いみたい。
どうしたのかな?
あっ!!
もしかしてっ、
「姫の熱がうつっちゃった?!」
あわてて聞くと、
「いえ。違いますから。えっと、その…、大丈夫です。」
珍しく言葉を詰まらせながら、パタパタと手を振ってみせた。
それから、ゆっくりと手を下され、
少し目を瞑っておられたけれど、
すぐにスッと開かれて、姫を見て尋ねられたの。
「俺が人質だと誰に聞いた?」
その、強く物を捉えた目も、
しっかりと意思を載せた言葉も、
今までの義高様のものとは、まるで違って、
姫は最初、ちょっと面喰ったけど、
すぐに気付いた。
きっと、こっちが本物の義高様なのね。
だから、姫は正直に答えることにした。
「人質のことは、倖氏さんに聞いたの。」
「あいつ…っ!!」
すると、義高様が怒ったように唇を噛まれたので、
「あっ、違うのよ?
  姫が教えてってお願いしたの。
  倖氏さんを怒らないでね。」
必死にお願いした。
だって、倖氏さんは悪くないもの。
姫のせいで怒られたら可哀想だ。
だから心配でじいっと義高様の顔色を覗き込んで窺っていたら、
はぁ…、と一息つかれた後、
「わかった。もういい。あいつは放っとく。」
と、ちょっと投げやりな感じでおっしゃった。
とにかく許してくれるらしい。
よかった。
それで、ホッと息をついていたら、
「で、お前はまさか、それで謝ってたのか?」
ぶっきらぼうに質問された。
謝った理由は色々あって、
勘違いして逃げたこととか、
何も知らないで、義高様を困らせちゃったかなとか、
本当にいっぱいゴチャゴチャしてたけど、
よく考えると、一番の理由はやっぱり、“それ”のような気がして、
「……う、うん。」
ちょっと自信なさ下に肯いたら、
「バカか、お前は。」
いきなり怒られた。
ええっ?! 何で??
「聞くが…、俺が人質になったのは、お前のせいか?」
少し考え、フルフルと首を横に振る。
「じゃぁあれか? 俺の父上とお前の父上が仲悪いのが、お前のせいなのか?」
これは即座に首を振る。
だって、さっきまで知らなかったんだもの。
すると、
「ほれ見ろ。お前はどこも悪くないじゃねーか。」
アッサリと言い切られた。
「むしろ、お前は俺を押し付けられて、巻き込まれた立場だろ?」
「え。それは違うもん。」
そう。
それは違うのよ。
「どこがだよ?」
怪訝そうに聞いてくる義高様に、姫はキッパリ言う。
「だって、姫は義高様が来てくれて嬉しいもの。」
すると、また姫の腕の中で、義高様が器用にそっぽを向いて、小さく、
「そうかよっ…」
とだけ言った。
それから、自分が身動きの不自由な理由に改めて思い当たったのか、
「どーでもいいけど、お前…、いつまで俺の頭、抱いてるつもりだ?」
と再び「放せ」発言をされて、
姫の方もハタと、そこのことに気付いて、
「ごっ、ごめんなさい!!!」
慌てて腕をほどいたら、
ゴツッ
結構派手な音がして、義高様の頭が床に激突した。
「ぐわっ! 痛っ…」
そして義高様は頭をさすりながら少し涙目で、
「お前なぁっ!!」
と姫を睨まれたので、
「ご、ごめんなさいっぃぃぃいっ!!」
姫はあたふたしながら、もう一度謝ることになった。
でもね、
でも、
「…あんまに、その、……うなされていたから。」
「ああ…。
 気にすんな、いつものことだ。」
 気にするに決まっているじゃないの。
「だって、それも人質なせいなんでしょう?」
それに今、「いつも」っていったわ。
だからだったのね。
それでいつも、毎日姫より後に寝て、姫より早く起きていたのね。
そんなのダメだよ。
「義高様は姫のお婿さんなんだから、なんでも話してくれなきゃ…」
じゃないと、一緒に笑ったり悩んだり泣いたりできない。
「姫は義高様とずっと一緒にいて、笑って悩んで、泣くんだもんっ!」
だって、お母様がそうおっしゃったの。
そこまで言い放つと、いつの間にか姫はまた涙目になっていて。
それを察した義高様は、「降参」というように手を上げて、
「わかったよ。わかったから、とりあえず事あるごとに泣くのはやめろ。」
と言うから、姫は頑張って涙を押しとどめた。
すると、それを待ってから、
「よしっ!」
と、義高様が、倖氏さんが泥だらけの服で言ったのと同じ言葉を紡がれたから、
なんだか、それが可笑しくて、
思わず姫がケラケラ笑い出したら、
「変なヤツ」
とボソッと呟かれた。
そして話してくれた。
夢の内容(こと)。
「あのな。確かに、人質って境遇上、悪夢を見ることは多い。
 けどな、今回のは別の内容(やつ)だ。」
「別のやつ?」
よく呑み込めなくて、オウム返しに問うたら、
「ああ。昔からよく見る夢の方。」
と答えが返ってきた。
昔からよく見る夢。
そーゆーのなら、姫にもある。
姫がずっとずっと小さい時から見続けてる夢。
だから、義高様のがどんななのか気になって、
「昔から見る夢って何ですか?」
って聞いたら、
義高様は顔をしかめて、
「なんか、よくわかんねーんだけど、すっげぇムカつく夢。
 周りのやるら全員に騙されて、悔しくて哀しくて情けなくてな。
 でも、どーにもなんなくて。
 そんで、気が付いたら、足元に火がついてて、どんどん炎が這い上がってきて、
 熱くて。痛くて。
 だいたい、そこで目が覚める。
 だけど、覚める直前にかな? なんか詩(うた)が聞こえる。
『あしひきの 山のしずくに 妹(いも)まつと 我立ちぬれぬ 山のしずくに』ってさ。」
―――〝あいひきの 山のしずくに 妹まつと 我立ちぬれぬ 山のしずくに〟――――
〝山で貴女を待っていると、立ち濡れてしまいましたよ。山の雫で。〟
姫は、
姫は、知っていた。
その詩も。
その詩の意味も。
昔、侍女に聞いたから。
どこかで、炎の爆ぜる音がする。
どこかで、女の人の声が聞こえる。
それは昔々の物語。
それは哀しい悲しい物語。
「なんか最近、殊に頻繁に見るんだ。
 やっぱあれかな。
 父上の顔をつぶさないように〝文武に長けた木曾義高〟を演じてるストレスから来てんのか  な。」
ああ。
それで、義高様は神様みたいだったのね。
神様みたいに振る舞っていたのね。
「だけど、双六だけは、どーしようもないんだよなぁ。
 最終的には運がものをいうしさ。」
そっか。
それで、双六だけは姫にも勝てる日があったのね。
「ちっくしょー…、次からは絶対に連勝だ!!」
なんだ。
ちゃんと義高様も負けたら悔しかったんだわ。
そして、ちゃんと怒ってた。
ねぇ、お母様。
姫ね、姫、だんだん〝義高様〟がわかってきたわ。
お母様の言っていた、一緒に笑って悩んで泣くって、きっとこーゆーことをいうのね。
だったら、姫はもっともっと義高様と笑ったり悩んだり泣いたりしたいって思うのよ。
だからね、お母様。
だからね、お父様。
「ねぇ。義高様。
 双六も良いけど、鎌倉の良い所、姫はまだちゃんと案内してなかったわよね。」
「え? ああ、最初のあいさつで倖氏が言ってたアレか。」
「うんっ!」
だから、
だからね、
【お父様、お母様へ…】
「姫のとっておきの場所を教えてあげるっ!」
【馬を二頭、貸してください。】
【夕刻までには返しますから…】
【どうか許してください。】 
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