無色の男と、半端モノ

越子

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九、大事なモノと大切なモノ

酷な言葉

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 一方その頃、レイの術式によってケントの傷はある程度塞がり、癒えていた。

「ケントさん、貴方は生きて償いなさい。自ら命を断つことは許しません」

 レイの表情は厳しかった。ケントは否定も肯定もせず、黙って項垂れている。そんな彼を見兼ねてか、レイはゆっくりと優しく彼の耳元で囁いた。

「……ケントさん、貴方は私の中で一番の研究者でしたよ」

 ケントの目が見開いた。

 ――……貴方は今、こんな私に言うのですね――。

 一番。それはケントがずっと欲しかった言葉だった。だが、研究者としての自信を失った今、その言葉が一番酷に感じる。

 溢れ出す涙と嗚咽を彼は精一杯の力で飲み込んだ。

「レイさん……貴方は……残酷な人だ」

 そして、ケントは退治屋たちによって役所へ連れて行かれた。


   ◇ ◇ ◇


 レイは彼らを見送ると憂いを帯びていた表情が厳かで重々しくなり、ハクたちの方へ近付いていく。

「ハク、あなたは私のところへ戻って来ないつもりですか?」

「はい」

 レイとハクは黙ったまま見つめ合う。レイは混じり気のない青白い瞳を見てハクの堅い決意を感じた。

(もう、ハクを引き留めることは出来ないのか!? ……これは言いたくなかったのですが、やむを得ないですね)

 暫くしてレイは視線を斜め下に逸らすと、溜息を一つ吐いて条件を出した。

「では、あなたが退治屋こちらに戻ってくれるのならば、そこに居る鬼には一切手出ししないことを約束しましょう」

「師匠?」

「それでも戻らないのであれば、私はそこに居る鬼を退治するために動きます」

「……」

「それともハク、あなたが先に私を……殺しますか?」

 畳みかけるように言うやいなや、レイは俯き密かに顔を歪めた。

 ハクは硬い表情のまま黙っている。

 ――どちらも、出来ない。

「……ハク?」

 セツは心配になり、ハクの顔を覗き込んだ。ハクは唇を噛み締めたまま微動だにしない。

「師匠さん、俺が言うのも変だけど、その言い方は狡くて酷じゃないか? ハクにそんな事、出来るはずないじゃないか!」

 セツはハクの苦衷を察したかのようにレイに言うと、ハクの表情が僅かに和らいだ。

(私はどちらも出来ない。ならば出来ることをするだけだ)

 セツの肩にハクの手が優しく添えられた。

「師匠は私の、大事な人です」

 下を向いていたレイの視線がハクに戻る。

「ですが、セツは私の、大切な人で……大切な鬼です」

 セツとカズキは目を丸く、大きくしてハクを見る。ハクは凛として真っ直ぐにレイを見ていた。

「私は、セツとおにいさんと共にいきます。そして、貴方からセツを守り続けます」

 ハクの透き通るような青白い視線はレイの心を刺した。


   ◇ ◇ ◇


 レイとハク、そして二匹の鬼は時が止まったかのように動かない。

 ようやく先に動いたのはレイだった。彼は全身の力を抜き、穏やかな表情に戻る。

「やれやれ。あなたも頑固ですね。誰に似てしまったのでしょう」

「それは師匠しかいません」

 即答したハクは真顔だった。レイは驚き、思わず苦い顔で笑った。

「私に似たのなら、仕方ないですね」

 そして、レイはハクに告げる。

「あなたが本来、鬼に嫌悪感を持っていないことは昔から知っていました」

 レイの告白に、二匹の鬼は密かに一驚した。

「崩壊した屋敷の復興で私はしばらくの間忙しくなります。ハク、あなたは好きにしなさい」

 ――ただし、次に貴方たちに会うときは容赦しませんよ。

 そう言うと、レイはハクたちの足元に陣を描き、跪いて拳を撃ち出した――転移の術式。

「いきなさい……」

 ハクが最後に見たレイの表情は今にも泣きそうなほど優しい微笑みだった。


   ◇ ◇ ◇


 ハクたちの視界が退治屋の屋敷から広大な丘に変わった。その丘は爽やかに晴れ渡り、草原が広がっていた。青々とした千草は気持ち良さそうにそよそよと風に靡いている。

「ここは……ハク?」

 セツがハクを見ると彼は目を見開いていた。

「私は、ここを知っている」

 ――ここは昔、師匠と来た丘だ――ハクの記憶が蘇る。
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