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五、白雪と山桜
誘拐犯
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ルリ姫は目を覚ますと、そこは広くて暗い牢屋の中だった。
「ああ、あなたも攫われてしまったのね」
ルリ姫が振り向くと、彼女と同じような風貌の女性たちが身を縮こませている。
「皆、もう大丈夫よ! 私、助けに来たの!」
え? あなたも捕まったのに? とでも言いたげな視線が飛ぶ。だが、ルリ姫にその視線は刺さらなかった。
「今から、あなた達を逃がします。ハクさん、来てください!」
――静寂な時間が続く。
「ハクさん! あら? ハクさん!?」
ハクが現れる気配は無い。
(私と繋がっているはずよね?)
ルリ姫の顔色が徐々に白くなり、そして青くなる。ようやく周囲の女性たちの寒い視線がルリ姫に刺さると、彼女はすごすごと身を縮こませた。
(ハクさん、どういうこと? どうして助けてくれないの?)
ルリ姫の勇気が不安に押し殺されそうになった時、二人の男性の声が聞こえてきた。
「今日は上物が見つかりました。貴方様のお目当ての女性であれば良いんですがねぇ」
「ヒヒっ。どれどれ。見てみましょうか」
一人は小太りで髭を生やした中年の男性。もう一人は細身で眼鏡をかけた陰湿な雰囲気の男性だ。眼鏡をかけた男性がジロリとルリ姫の顔を見るなり「これはこれは……残念。また違いますねぇ。でも確かに上物です。きっと他国に持っていけば高値で売れるでしょう」と、不気味に笑っている。
青褪めたルリ姫は、静かに固唾を飲み込んだ。
「ヒヒっ。いつの間にか沢山の女性たちを集めてしまいましたね。貴方達のお好きなようにしていただいて結構ですよ。引き続き、お願いしますね」
小太りで髭を生やした男性は、分厚い両手を擦りながら媚びを売るように高い声で「それはもう勿論ですともぉ! 今後ともご贔屓にぃ……」と応えると、二人の男性はこの場から居なくなった。
「私たち、どうなっちゃうのかしら……」
一人の女性が不安で泣きそうになっている。
(ハクさんは捜している彼女がいないから来てくれないの? でも、ハクさんに限ってそんなこと……)
ルリ姫も不安で泣きそうだった。
暗い空間の奥から低い男性の声が聞こえてくると、重苦しい空気は更に彼女たちを押し潰す。
「この女たちはひとまず俺らの好きにしていいって、旦那からお許しが出たぜ」
「ようやくかよ。俺はこれが楽しみでさ、女攫いはやめられないなぁ」
怯えた彼女たちを追い込むかのように、厳つく、怖い顔の男たちがぞろぞろと歩いてくる。彼女たちは身を震わせて声を出すことも出来ない。
一人の男が牢屋の鍵を開けようと手を伸ばしたその時、
「ぐわぁァァァっ!!」
牢屋の中から鎌鼬のような風の刃が鉄格子を切り裂き、大勢の屈強な男たちも切り裂かれ吹き飛んだ。男たちは皆、血塗れで倒れている。
「遅くなりました」
いつの間にかハクが、彼女たちの目の前で陣に拳を撃ち出していた。
「ハクさん! 私、もう助けに来てくれないかと……」
「すみません」
ルリ姫に謝りながら、ハクは新たな陣を描いている。
ハクが来てくれたことで安心したルリ姫は、倒れている男たちに目を向けた。血まみれの彼らを見て彼女は背筋がゾッとした。
「……男の人たちは……死んだの? ……容赦ないのね」
「この状況で、容赦する余裕はありません」
運が良ければ生きています。と言い、大きめの陣を描き終えると、ハクは女性たちに陣の中に入るよう促す。全ての女性たちが陣の中に入ったのを確認するとハクは陣の外側から跪き拳を撃ち出した。
「ハクさん! あなたも一緒に……」
ルリ姫は思わず手を伸ばしたが、ハクは首を横に振った。
「若様が貴方の帰りを待っています」
女性たちは皆、牢屋から姿を消した。
ハクはゆっくりと立ち上がり、牢屋の奥にある暗くて長い通路へと一人歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「……姫、ルリ姫!」
一瞬で景色が変わり、ルリ姫の目の前には心配そうな顔のマサヤと、退治屋の人たちがいた。彼女たちは辰ノ国の退治屋の屋敷に移動したみたいだ。
日が沈み、辺りは真っ暗であったが、攫われた女性たちは、ハクのおかげで皆無事に帰って来られたのだ。
状況を理解すると、気が緩んだルリ姫はくしゃくしゃの顔でマサヤに抱きつき、周りの女性たちは互いに抱き合い、泣き喜んだ。
「ハク殿は? ハク殿は一緒ではないのか?」
マサヤは周囲を見回し、ハクが居ないことに気づくと、
「ハクさんは一人でまだあの場所に……」
ルリ姫は涙を拭いながら、攫われてからの事をマサヤに説明した。
「――そうか。細身で眼鏡をかけた男性はわからないが、もう一人の男性は噂で聞いた事がある」
小太りの髭を生やした男性は裏社会では有名らしく、沢山の殺し屋を金で雇い、暗殺の依頼を引き受けたり、数多の若い女性を連れ攫っては裏取引で顧客に売買をしているとのこと。
「いくらハク殿の腕が立つとはいっても、一人で退治に向かったのであれば今回はかなり分が悪いとみる。今から退治屋たちを増援に向かわせよう」
「マサヤ様、大丈夫です。ハクさんはきっと依頼を果たし、帰って来ます」
ルリ姫は真っ直ぐに彼を見て言った。
「ああ、あなたも攫われてしまったのね」
ルリ姫が振り向くと、彼女と同じような風貌の女性たちが身を縮こませている。
「皆、もう大丈夫よ! 私、助けに来たの!」
え? あなたも捕まったのに? とでも言いたげな視線が飛ぶ。だが、ルリ姫にその視線は刺さらなかった。
「今から、あなた達を逃がします。ハクさん、来てください!」
――静寂な時間が続く。
「ハクさん! あら? ハクさん!?」
ハクが現れる気配は無い。
(私と繋がっているはずよね?)
ルリ姫の顔色が徐々に白くなり、そして青くなる。ようやく周囲の女性たちの寒い視線がルリ姫に刺さると、彼女はすごすごと身を縮こませた。
(ハクさん、どういうこと? どうして助けてくれないの?)
ルリ姫の勇気が不安に押し殺されそうになった時、二人の男性の声が聞こえてきた。
「今日は上物が見つかりました。貴方様のお目当ての女性であれば良いんですがねぇ」
「ヒヒっ。どれどれ。見てみましょうか」
一人は小太りで髭を生やした中年の男性。もう一人は細身で眼鏡をかけた陰湿な雰囲気の男性だ。眼鏡をかけた男性がジロリとルリ姫の顔を見るなり「これはこれは……残念。また違いますねぇ。でも確かに上物です。きっと他国に持っていけば高値で売れるでしょう」と、不気味に笑っている。
青褪めたルリ姫は、静かに固唾を飲み込んだ。
「ヒヒっ。いつの間にか沢山の女性たちを集めてしまいましたね。貴方達のお好きなようにしていただいて結構ですよ。引き続き、お願いしますね」
小太りで髭を生やした男性は、分厚い両手を擦りながら媚びを売るように高い声で「それはもう勿論ですともぉ! 今後ともご贔屓にぃ……」と応えると、二人の男性はこの場から居なくなった。
「私たち、どうなっちゃうのかしら……」
一人の女性が不安で泣きそうになっている。
(ハクさんは捜している彼女がいないから来てくれないの? でも、ハクさんに限ってそんなこと……)
ルリ姫も不安で泣きそうだった。
暗い空間の奥から低い男性の声が聞こえてくると、重苦しい空気は更に彼女たちを押し潰す。
「この女たちはひとまず俺らの好きにしていいって、旦那からお許しが出たぜ」
「ようやくかよ。俺はこれが楽しみでさ、女攫いはやめられないなぁ」
怯えた彼女たちを追い込むかのように、厳つく、怖い顔の男たちがぞろぞろと歩いてくる。彼女たちは身を震わせて声を出すことも出来ない。
一人の男が牢屋の鍵を開けようと手を伸ばしたその時、
「ぐわぁァァァっ!!」
牢屋の中から鎌鼬のような風の刃が鉄格子を切り裂き、大勢の屈強な男たちも切り裂かれ吹き飛んだ。男たちは皆、血塗れで倒れている。
「遅くなりました」
いつの間にかハクが、彼女たちの目の前で陣に拳を撃ち出していた。
「ハクさん! 私、もう助けに来てくれないかと……」
「すみません」
ルリ姫に謝りながら、ハクは新たな陣を描いている。
ハクが来てくれたことで安心したルリ姫は、倒れている男たちに目を向けた。血まみれの彼らを見て彼女は背筋がゾッとした。
「……男の人たちは……死んだの? ……容赦ないのね」
「この状況で、容赦する余裕はありません」
運が良ければ生きています。と言い、大きめの陣を描き終えると、ハクは女性たちに陣の中に入るよう促す。全ての女性たちが陣の中に入ったのを確認するとハクは陣の外側から跪き拳を撃ち出した。
「ハクさん! あなたも一緒に……」
ルリ姫は思わず手を伸ばしたが、ハクは首を横に振った。
「若様が貴方の帰りを待っています」
女性たちは皆、牢屋から姿を消した。
ハクはゆっくりと立ち上がり、牢屋の奥にある暗くて長い通路へと一人歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「……姫、ルリ姫!」
一瞬で景色が変わり、ルリ姫の目の前には心配そうな顔のマサヤと、退治屋の人たちがいた。彼女たちは辰ノ国の退治屋の屋敷に移動したみたいだ。
日が沈み、辺りは真っ暗であったが、攫われた女性たちは、ハクのおかげで皆無事に帰って来られたのだ。
状況を理解すると、気が緩んだルリ姫はくしゃくしゃの顔でマサヤに抱きつき、周りの女性たちは互いに抱き合い、泣き喜んだ。
「ハク殿は? ハク殿は一緒ではないのか?」
マサヤは周囲を見回し、ハクが居ないことに気づくと、
「ハクさんは一人でまだあの場所に……」
ルリ姫は涙を拭いながら、攫われてからの事をマサヤに説明した。
「――そうか。細身で眼鏡をかけた男性はわからないが、もう一人の男性は噂で聞いた事がある」
小太りの髭を生やした男性は裏社会では有名らしく、沢山の殺し屋を金で雇い、暗殺の依頼を引き受けたり、数多の若い女性を連れ攫っては裏取引で顧客に売買をしているとのこと。
「いくらハク殿の腕が立つとはいっても、一人で退治に向かったのであれば今回はかなり分が悪いとみる。今から退治屋たちを増援に向かわせよう」
「マサヤ様、大丈夫です。ハクさんはきっと依頼を果たし、帰って来ます」
ルリ姫は真っ直ぐに彼を見て言った。
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