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五、白雪と山桜
辰ノ国
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約一年が過ぎた。
ルリ姫はつまらなそうに溜息をついている。
「……はぁ。退屈だわ。ねぇ若様、私、何か楽しい事がしたいわ」
「ルリ姫、あなたはこの国に来てまだ間もない。良ければすぐそこの街へ出向いてみないかい? 用心棒をつけて私が案内しよう」
雅な雰囲気のある青年がルリ姫に提案をした。彼は以前ルリ姫とお見合いをし、彼女に一目惚れをした辰ノ国の若君である。
ルリ姫は当時ハクを気に入っていた為、彼との縁談には気が進まなかったが、約一年前、突然ハクは彼女のいた卯ノ国から姿を消した。噂では退治屋の揉め事に巻き込まれ、命を落としたとのことだ。彼女は居ても立っても居られず、何度も退治屋の屋敷を訪ねたが、丁重に拒まれるだけでレイも姿を見せてはくれなかった。
ハクさんはきっと生きてはいないのね。と、ルリ姫の心が折れてしまったところ、彼女が四回目に見合いをした若君の誠実で熱心な求婚に彼女の心が動き、辰ノ国に嫁いで来たというわけだ。
世間で「美男美女の夫婦」と話題になると、卯ノ国と辰ノ国の人々は大いに祝福し、盛り上がった。そのおかげもあり、お互いの国は友好な関係を築き上げている。
ようやく世間が落ち着き始め、今に至る。若君はルリ姫に甘く、彼女の我儘を何でも聞いてくれる。
「若様、本当!? 私、街へ行ってみたいわ!」
そうと決まれば早速、ルリ姫は世話係にお願いをして身支度を整える。若君も殿に外出許可と用心棒の手配を行い、二人は街へと出かけた。
霜月の空は爽快に晴れていた。
「私がいた卯ノ国の町も賑やかだったけど、この街はもっと賑やかで、そして華やかだわ!」
亜麻色の長い髪を靡かせ、ルリ姫の薄い桃色の瞳がキラキラと輝いている。その様子を見て若君は満足気に目を細めた。キョロキョロとルリ姫の欲張りな視線が、ある一人の男性に止まった。大勢の人が賑わっている中、一人だけ異質な雰囲気を感じる。だけど、どこかで見た銀白色の髪の男性。束ねることが出来ないくらいの短髪だ。
(ハクさん? でも、髪型が違うわ。彼にしては髪が短い……)
「ルリ姫?」
若君の声にも気づかず、ルリ姫は吸い寄せられるかのように銀白色の髪の男性に近づいて行く。そして彼女は彼の裾を掴んで呼んでみた。
「……ハクさん?」
「……」
銀白色の髪の男性は無言で振り向き、ルリ姫を見る。
薄い桃色の瞳が大きく開いた。
「ハクさん……ハクさん! 私、ずっとあなたのことを心配していたのよ! 今までどこに居て、何をしていたの? 何故レイさんの屋敷にいないの?」
「……」
ルリ姫の質問攻めに一切応えない様子だったが……。
「あなたが生きていると知っていたら、私、あなたと――」
「出来ません」
ようやく応えてくれた。姫は安心して笑う。
「ハクさん、変わらないわね。安心して。私、この国に嫁いだの」
「ルリ姫、彼とは知り合いなのか?」
二人の様子を見ていた若君が尋ねる。そこで姫はお互いを紹介した。
「――そうでしたか。ハク殿はルリ姫の用心棒もしていたのですね。今はこの国で退治屋をされているのですか?」
「いいえ、放浪しながら万事屋をしています」
「放浪? 貴方みたいな人が一体何故?」
「……とある者を捜しています」
「もしかして、あの町にいた彼女のことかしら? それとも、あの鬼かしら?」
鬼と聞いて若君は眉をひそめてルリ姫に聞く。
「ルリ姫、鬼とはどういうことだ?」
「あのね。私、熊に襲われそうになった時、鬼が助けてくれたの」
それを聞いて、若君は厳しい顔つきになった。
「そうだったのか……ルリ姫、いいかい? この話は公にしてはいけないよ。ここだけの話にするんだ」
若君の意見にルリ姫はムッとして反発した。
「あら、どうして? 鬼が人を助けるなんて素敵なことじゃない! 父様も母様もそうだったわ。私の話を信じてくれなかったわ!」
若君は落ち着いた様子でルリ姫を宥めながらこう言った。
「ルリ姫、お願いだ。落ち着いてよく聞いて。貴方のような身分の方が鬼を擁護する発言をすると、国中の人々から反感を買ってしまう。私達の立場が悪くなるんだ」
ルリ姫は「でも……」と、納得できないでいる。
「貴方の話が真実かどうかは重要ではないんだ。世の人々が、その話を受け入れられるかどうかが重要なんだよ。実際、世の中ではそれはただの戯言で終わってしまう。だから、この話は大事に胸にしまっておいて欲しい」
ルリ姫の肩に優しく手を添えて若君が言うと、彼女は俯向いて「……わかったわ」と頷いた。その時、
「両方です」
突然ハクが発言し、二人のなかで「何が?」という混乱が生じた。
「両方、捜しています」
そこでようやく二人が「ああ」と理解した。すると若君が何かを思い出したかのように言った。
「鬼はともかく、女性といえば最近この街で嫌な事件が多発していてね。ハク殿は余程の腕利きと聞いた上で万事屋の依頼をしたい」
事件の内容はこうだった。
この街の女性たちが何者かに連れ攫われており、攫われた女性たちには共通点があるとのこと。
その共通点は次の通りだった。
※ 長い黒髪を一つに結っている。
※ 小柄で華奢な体型。
※ 目鼻立ちが良い。
そして、依頼内容はこうだった。
※ 彼女たちが捕まっている場所を突き止めて助け出し、犯人を退治して欲しい。
※ 犯人の生死は問わない。
共通点を聞いたところで、ハクの表情は僅かに変わった。
「この共通点って、ハクさんが捜している女性に似ているじゃない!」
ルリ姫も気づいたようだ。ハクは迷うことなく応えた。
「その依頼、引き受けます」
「私も協力するわ!」
「え? ルリ姫!?」
意気込んでいるルリ姫を見て若君が慌てて止める。だが、
「姫様に協力を願いたい」
ハクが更にそれを止めた。
ルリ姫はつまらなそうに溜息をついている。
「……はぁ。退屈だわ。ねぇ若様、私、何か楽しい事がしたいわ」
「ルリ姫、あなたはこの国に来てまだ間もない。良ければすぐそこの街へ出向いてみないかい? 用心棒をつけて私が案内しよう」
雅な雰囲気のある青年がルリ姫に提案をした。彼は以前ルリ姫とお見合いをし、彼女に一目惚れをした辰ノ国の若君である。
ルリ姫は当時ハクを気に入っていた為、彼との縁談には気が進まなかったが、約一年前、突然ハクは彼女のいた卯ノ国から姿を消した。噂では退治屋の揉め事に巻き込まれ、命を落としたとのことだ。彼女は居ても立っても居られず、何度も退治屋の屋敷を訪ねたが、丁重に拒まれるだけでレイも姿を見せてはくれなかった。
ハクさんはきっと生きてはいないのね。と、ルリ姫の心が折れてしまったところ、彼女が四回目に見合いをした若君の誠実で熱心な求婚に彼女の心が動き、辰ノ国に嫁いで来たというわけだ。
世間で「美男美女の夫婦」と話題になると、卯ノ国と辰ノ国の人々は大いに祝福し、盛り上がった。そのおかげもあり、お互いの国は友好な関係を築き上げている。
ようやく世間が落ち着き始め、今に至る。若君はルリ姫に甘く、彼女の我儘を何でも聞いてくれる。
「若様、本当!? 私、街へ行ってみたいわ!」
そうと決まれば早速、ルリ姫は世話係にお願いをして身支度を整える。若君も殿に外出許可と用心棒の手配を行い、二人は街へと出かけた。
霜月の空は爽快に晴れていた。
「私がいた卯ノ国の町も賑やかだったけど、この街はもっと賑やかで、そして華やかだわ!」
亜麻色の長い髪を靡かせ、ルリ姫の薄い桃色の瞳がキラキラと輝いている。その様子を見て若君は満足気に目を細めた。キョロキョロとルリ姫の欲張りな視線が、ある一人の男性に止まった。大勢の人が賑わっている中、一人だけ異質な雰囲気を感じる。だけど、どこかで見た銀白色の髪の男性。束ねることが出来ないくらいの短髪だ。
(ハクさん? でも、髪型が違うわ。彼にしては髪が短い……)
「ルリ姫?」
若君の声にも気づかず、ルリ姫は吸い寄せられるかのように銀白色の髪の男性に近づいて行く。そして彼女は彼の裾を掴んで呼んでみた。
「……ハクさん?」
「……」
銀白色の髪の男性は無言で振り向き、ルリ姫を見る。
薄い桃色の瞳が大きく開いた。
「ハクさん……ハクさん! 私、ずっとあなたのことを心配していたのよ! 今までどこに居て、何をしていたの? 何故レイさんの屋敷にいないの?」
「……」
ルリ姫の質問攻めに一切応えない様子だったが……。
「あなたが生きていると知っていたら、私、あなたと――」
「出来ません」
ようやく応えてくれた。姫は安心して笑う。
「ハクさん、変わらないわね。安心して。私、この国に嫁いだの」
「ルリ姫、彼とは知り合いなのか?」
二人の様子を見ていた若君が尋ねる。そこで姫はお互いを紹介した。
「――そうでしたか。ハク殿はルリ姫の用心棒もしていたのですね。今はこの国で退治屋をされているのですか?」
「いいえ、放浪しながら万事屋をしています」
「放浪? 貴方みたいな人が一体何故?」
「……とある者を捜しています」
「もしかして、あの町にいた彼女のことかしら? それとも、あの鬼かしら?」
鬼と聞いて若君は眉をひそめてルリ姫に聞く。
「ルリ姫、鬼とはどういうことだ?」
「あのね。私、熊に襲われそうになった時、鬼が助けてくれたの」
それを聞いて、若君は厳しい顔つきになった。
「そうだったのか……ルリ姫、いいかい? この話は公にしてはいけないよ。ここだけの話にするんだ」
若君の意見にルリ姫はムッとして反発した。
「あら、どうして? 鬼が人を助けるなんて素敵なことじゃない! 父様も母様もそうだったわ。私の話を信じてくれなかったわ!」
若君は落ち着いた様子でルリ姫を宥めながらこう言った。
「ルリ姫、お願いだ。落ち着いてよく聞いて。貴方のような身分の方が鬼を擁護する発言をすると、国中の人々から反感を買ってしまう。私達の立場が悪くなるんだ」
ルリ姫は「でも……」と、納得できないでいる。
「貴方の話が真実かどうかは重要ではないんだ。世の人々が、その話を受け入れられるかどうかが重要なんだよ。実際、世の中ではそれはただの戯言で終わってしまう。だから、この話は大事に胸にしまっておいて欲しい」
ルリ姫の肩に優しく手を添えて若君が言うと、彼女は俯向いて「……わかったわ」と頷いた。その時、
「両方です」
突然ハクが発言し、二人のなかで「何が?」という混乱が生じた。
「両方、捜しています」
そこでようやく二人が「ああ」と理解した。すると若君が何かを思い出したかのように言った。
「鬼はともかく、女性といえば最近この街で嫌な事件が多発していてね。ハク殿は余程の腕利きと聞いた上で万事屋の依頼をしたい」
事件の内容はこうだった。
この街の女性たちが何者かに連れ攫われており、攫われた女性たちには共通点があるとのこと。
その共通点は次の通りだった。
※ 長い黒髪を一つに結っている。
※ 小柄で華奢な体型。
※ 目鼻立ちが良い。
そして、依頼内容はこうだった。
※ 彼女たちが捕まっている場所を突き止めて助け出し、犯人を退治して欲しい。
※ 犯人の生死は問わない。
共通点を聞いたところで、ハクの表情は僅かに変わった。
「この共通点って、ハクさんが捜している女性に似ているじゃない!」
ルリ姫も気づいたようだ。ハクは迷うことなく応えた。
「その依頼、引き受けます」
「私も協力するわ!」
「え? ルリ姫!?」
意気込んでいるルリ姫を見て若君が慌てて止める。だが、
「姫様に協力を願いたい」
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