無色の男と、半端モノ

越子

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三、団子と罠

セツ語り

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「俺の父さんは鬼だった。そして、母さんは人だった」

 セツの父であるセイは、鬼を従える力を持っており、強くて温かい鬼だった。セツの母であるナツは、術式に長けており、明るい人だった。セツたちは山奥でひっそりと暮らしていたが、家からは毎日のように笑い声が聞こえていた。

「でも、俺が七歳の頃、父さんは死んだ」

 セイと因果関係にあった鬼たちは、人と幸せに暮らしているセイを良く思っていなかったみたいだ。鬼たちはセイには絶対に勝てないと思っていたらしく、子供だったセツが狙われた。そして鬼たちはセイに条件を出した。「子供の命を守りたければ自害しろ」と。

「俺は止めたんだ。父さんに死んで欲しくなくて止めたんだ。でも、父さんは……鬼たちを殺して、自分も死んだ」

 セイは条件を守って自害した。代わりに彼の従者だったカズキが動いた。自害する前に、隙をみてカズキに命令をしていたのだ。

 カズキは容赦なく鬼たちを惨殺した。彼の眼は、燃え焦げるかのように真っ赤だった。

 セツとカズキは急いでセイに駆け寄ったが、

「父さん、俺らの顔見て凄い顔だなって笑っていたよ。あと、こうなったのは誰のせいでもない。誰も悪くない。って言っていたよ」

 「母さんのこと、よろしくな」と言い残し、セイはそのまま動かなくなった。

 その後、セイとカズキの意思で、セツがカズキの主になった。

「カズキは気が強くて、でも優しくて、俺の兄さんみたいな存在だ。そして、父さんの代わりにいつも俺と母さんを助けてくれた」

 だが、その生活にも限りがあった。

「二、三年くらい経った後かな、母さんが殺されたのは」

 ナツは、突然家にやって来た退治屋に殺された。

「退治屋と言い争っている間に、母さんはいきなり倒れたんだ。一瞬の事で母さんに何が起きたのか、俺もカズキも分からなかった。誰にも負けたことのない母さんが退治屋の前で倒れている姿は……今でも信じられないよ」

 カズキがナツを抱き寄せると、彼の傍にいたセツの頬に、彼女の仄かに温かい手が触れた。

「母さん、最後まで笑っていたよ。これは誰も悪くないのよ。って言って笑っていた」

 「私も父さんもこうなってしまったけど……でも、セツ、あなたは違う。……笑って……生き……」――そう言ってナツの手は冷たくなった。

 ナツの死を看取った後、彼女を殺した退治屋はその場で自害した。

「あの退治屋、最期まで絶望的な顔をしていたよ。俺、わけがわからなかった。誰も悪くない……この言葉も俺には理解できなかった。だって、悪い奴らがいたから父さんも母さんも死んだんだ。誰も悪くない……って何なんだよ」

 セイを殺した鬼も、ナツを殺した人も、もういない。

「俺、しばらくどうやって過ごしたのか覚えていないんだ」

 恨む者はもういない。セツには憎しみの置き場がなかった。

 憎しみと恨みが、日に日に募る――この重く黒い塊はどこに置こう。

 セツは、重く黒い塊のせいで虚無な日がずっと続くと思っていたが、そんな日々から解放されたのは、なんということはない。ただの偶然の出来事だった。

「人の姿のとき、鬼に襲われている人を助けたら感謝されたんだ」

 それだけではなかった。

「鬼の姿のとき、退治屋の罠に嵌った鬼を助けたら感謝されたんだ」

 人からも鬼からも感謝されたことが、セツの心を軽くした。

「誰かを助けることで、俺自身も救われたんだ」

 セツの中にあった重く黒い塊は、いつの間にかどこにもいなくなっていた――。
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