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二、鬼と人
攫われたルリ姫
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「ハクが自ら町に赴きたいなんて珍しいこともあるね」
レイはハクを揶揄うかのように驚きの色を見せた。
早朝、ハクはいつものように鍛錬を行い、レイと朝食を終えたところだ。
ハクは昨日の出来事をレイに報告した。だが、鬼の匂いがする彼女のことは伝えなかった。
レイは人一倍、鬼に嫌悪感を抱いている。どんな鬼も容赦はしない。例えそれが力のない子鬼でも――それはハクも同じなのだが……。
ハクは外出許可を貰い、身支度を整え、早々と町へ向かった。
◇ ◇ ◇
セツは今日も当たり前のように独りで歩きながら、昨日、老婆から貰った包み紙を開けてポイッと甘い塊を口に入れた。
「昨日の包み紙は飴玉か」
突然、セツの背後から声が聞こえ、セツは甘い塊が喉に詰まりそうになった。
「っ!? え? アメダマ?」
「君は飴玉を知らないのか?」
――いやいやいや、そこではない。セツが言いたいのはそこではなかった。
「何故、アンタがここに居る?!」
「君の青……匂いがしたからここに居る」
――この男、何を言っているのか分からない。分かっていることはこの男、変人だ。
セツは訝しげにハクを睨む。だが、その睨みは彼には露程も効かなかった。
「……? 君は飴玉を知らないのか?」
……もう何でもいいや。きっと今日もこの男から逃げられないのだろう――そう思うと、セツは溜息を吐いた。
「ああ。知らないさ。これは飴玉と言うんだな。甘くて好きだ」
「そうか」
ハクの表情が一瞬、和らいだ――いや、見間違いか。
「それならば、君にこれから団子を食わせてやる」
「ダンゴ?」
「きっと気に入る」
セツは困惑した。
人助けで感謝はされども、人から良くされたことが無い。否、実は何度もあった。あったが、それらは全て騙される結果に終わった。自らセツに近付いて来る者たちは全て悪意、または下心があり、彼女は何度か危ない目に遭っていた。
それらの過去を思い出したセツは酷く警戒し始める。
「おい。アンタ、何を企んでいる?」
「君に団子を食わせたいと思っている」
「……はぁ?」
拍子抜けしたセツは、頭を振ってこれ以上深く考えるのを止めた。「ついて来い」とハクが言うので一歩踏み出そうとした時、
「ハクさん! ハクさん! 大変です! ルリ姫が、賊に連れ攫われました!」
ハクの仲間と思われる者たちが息を上げて駆け寄ってきた。その者たちはハクと一緒にいるセツを一瞥し、驚きの表情を見せたが、今はそれどころではないとハクに向き直した。「散々探しましたよ!」と言いながら急いで事の発端を説明する。
ルリ姫が賊に連れて行かれた経緯はこうだった。
城にいたルリ姫は女性従者たちの会話を耳にした。
「ハクさんが若い女性と町を歩いていた」
ハクの話と分かり、従者たちの話を割いて彼女は詳細を聞き出した。
――服装は質素で小柄な女性だった。
――目鼻立ちが良く、表情豊かで朗らかな女性だった。
――ひったくり犯を倒す強さを持った女性だった。
聞けば聞く程、心に濁りを感じて焦りだしたルリ姫は、実際に見てみたいと言い、必死に止めようとした彼女の世話係を無理矢理引き連れて、こっそり城を抜け出した。町へ向う道中、賊に見つかりルリ姫だけが捕まった。そして、逃げ急いだ世話係が退治屋に助けを求めた、ということだ。
「――間の悪いことにレイさんは退治屋の会合に出ていて不在です。他の特級の方たちも任務のために出払っておりまして、近くに居る特級はハクさんしかいません!」
「ハクさん、ご指示を!」
ハクが属する退治屋という組織は各地に存在しており、情報共有のため、定期的に会合を開いている。また、退治屋には強さによって特級、一級、二級、三級といった階級に分かれており、レイとハクは一番上の特級になっている。下の階級の者は特級者の指示に従い行動するため、仲間たちは町に出たハクを必死に探していた。
賊が人であれば二級あたりでも充分に対応が可能だが……。
「世話係の話では、姫を連れ去った賊は山へ向かったそうです」
そうなると状況は異なる。山には鬼がいるからだ。ハクは仲間から全ての状況を聞き終えると、指示を出した。
「必ず二級の者は一級の者と行動しろ。そして姫を見つけたら伝霊煙で伝えてくれ」
「はい! ハクさんはお一人で?」
すると突然、女の声が割って入ってきた。
「大変なことになっているな。俺も助けに行く!」
退治屋たちが斜め下に視線を動かすと、小柄で若い女性がいた。彼女はやる気満々のようだ。退治屋たちは皆驚き「危ないです! 鬼が出るので危険です!」と、止めに入るが、
「わかった。君は私と行動しろ」
退治屋たちは更に驚き、斜め上に視線を戻してハクをみる。
「いやだね。俺は一人で行く」
セツが拒否したその時、ハクの人差し指が彼女の額にトンっと触れた。
「?! アンタ、何をした?!」
「術で私と繋いだ。離れたとしても無駄だ。術を解くまで君は私と行動しろ」
セツは額に手をあてながら頬を膨らまし、「どうしてそこまでする!? この変人!」とでも言いたげな表情でハクを睨みつけた。
他人に無関心だったハクの言動に、退治屋たちの驚きの表情はしばらくの間続いた。
レイはハクを揶揄うかのように驚きの色を見せた。
早朝、ハクはいつものように鍛錬を行い、レイと朝食を終えたところだ。
ハクは昨日の出来事をレイに報告した。だが、鬼の匂いがする彼女のことは伝えなかった。
レイは人一倍、鬼に嫌悪感を抱いている。どんな鬼も容赦はしない。例えそれが力のない子鬼でも――それはハクも同じなのだが……。
ハクは外出許可を貰い、身支度を整え、早々と町へ向かった。
◇ ◇ ◇
セツは今日も当たり前のように独りで歩きながら、昨日、老婆から貰った包み紙を開けてポイッと甘い塊を口に入れた。
「昨日の包み紙は飴玉か」
突然、セツの背後から声が聞こえ、セツは甘い塊が喉に詰まりそうになった。
「っ!? え? アメダマ?」
「君は飴玉を知らないのか?」
――いやいやいや、そこではない。セツが言いたいのはそこではなかった。
「何故、アンタがここに居る?!」
「君の青……匂いがしたからここに居る」
――この男、何を言っているのか分からない。分かっていることはこの男、変人だ。
セツは訝しげにハクを睨む。だが、その睨みは彼には露程も効かなかった。
「……? 君は飴玉を知らないのか?」
……もう何でもいいや。きっと今日もこの男から逃げられないのだろう――そう思うと、セツは溜息を吐いた。
「ああ。知らないさ。これは飴玉と言うんだな。甘くて好きだ」
「そうか」
ハクの表情が一瞬、和らいだ――いや、見間違いか。
「それならば、君にこれから団子を食わせてやる」
「ダンゴ?」
「きっと気に入る」
セツは困惑した。
人助けで感謝はされども、人から良くされたことが無い。否、実は何度もあった。あったが、それらは全て騙される結果に終わった。自らセツに近付いて来る者たちは全て悪意、または下心があり、彼女は何度か危ない目に遭っていた。
それらの過去を思い出したセツは酷く警戒し始める。
「おい。アンタ、何を企んでいる?」
「君に団子を食わせたいと思っている」
「……はぁ?」
拍子抜けしたセツは、頭を振ってこれ以上深く考えるのを止めた。「ついて来い」とハクが言うので一歩踏み出そうとした時、
「ハクさん! ハクさん! 大変です! ルリ姫が、賊に連れ攫われました!」
ハクの仲間と思われる者たちが息を上げて駆け寄ってきた。その者たちはハクと一緒にいるセツを一瞥し、驚きの表情を見せたが、今はそれどころではないとハクに向き直した。「散々探しましたよ!」と言いながら急いで事の発端を説明する。
ルリ姫が賊に連れて行かれた経緯はこうだった。
城にいたルリ姫は女性従者たちの会話を耳にした。
「ハクさんが若い女性と町を歩いていた」
ハクの話と分かり、従者たちの話を割いて彼女は詳細を聞き出した。
――服装は質素で小柄な女性だった。
――目鼻立ちが良く、表情豊かで朗らかな女性だった。
――ひったくり犯を倒す強さを持った女性だった。
聞けば聞く程、心に濁りを感じて焦りだしたルリ姫は、実際に見てみたいと言い、必死に止めようとした彼女の世話係を無理矢理引き連れて、こっそり城を抜け出した。町へ向う道中、賊に見つかりルリ姫だけが捕まった。そして、逃げ急いだ世話係が退治屋に助けを求めた、ということだ。
「――間の悪いことにレイさんは退治屋の会合に出ていて不在です。他の特級の方たちも任務のために出払っておりまして、近くに居る特級はハクさんしかいません!」
「ハクさん、ご指示を!」
ハクが属する退治屋という組織は各地に存在しており、情報共有のため、定期的に会合を開いている。また、退治屋には強さによって特級、一級、二級、三級といった階級に分かれており、レイとハクは一番上の特級になっている。下の階級の者は特級者の指示に従い行動するため、仲間たちは町に出たハクを必死に探していた。
賊が人であれば二級あたりでも充分に対応が可能だが……。
「世話係の話では、姫を連れ去った賊は山へ向かったそうです」
そうなると状況は異なる。山には鬼がいるからだ。ハクは仲間から全ての状況を聞き終えると、指示を出した。
「必ず二級の者は一級の者と行動しろ。そして姫を見つけたら伝霊煙で伝えてくれ」
「はい! ハクさんはお一人で?」
すると突然、女の声が割って入ってきた。
「大変なことになっているな。俺も助けに行く!」
退治屋たちが斜め下に視線を動かすと、小柄で若い女性がいた。彼女はやる気満々のようだ。退治屋たちは皆驚き「危ないです! 鬼が出るので危険です!」と、止めに入るが、
「わかった。君は私と行動しろ」
退治屋たちは更に驚き、斜め上に視線を戻してハクをみる。
「いやだね。俺は一人で行く」
セツが拒否したその時、ハクの人差し指が彼女の額にトンっと触れた。
「?! アンタ、何をした?!」
「術で私と繋いだ。離れたとしても無駄だ。術を解くまで君は私と行動しろ」
セツは額に手をあてながら頬を膨らまし、「どうしてそこまでする!? この変人!」とでも言いたげな表情でハクを睨みつけた。
他人に無関心だったハクの言動に、退治屋たちの驚きの表情はしばらくの間続いた。
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