無色の男と、半端モノ

越子

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一、匂いと出会い

ハクという男

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「ぐあぁぁぁぁっ! た、たすけ……」

 鋭く冷たい刃が、強靭な胴体を斬り裂いた――大きい音と共に、地面が震えた。

 返り血を浴びて無機質に立っている男は、血がついた刀を振り払い鞘に収める。銀白色の真っ直ぐに束ねられた髪が、汚れた血を流し落とすかのようにサラサラとなびいていた。

 その後ろ姿が凛と美しく、黄金こがね色の髪の男が誇らしげに微笑んでいた――。


   ◇ ◇ ◇


「父様、今日お会いした方と結婚するなんて私、嫌です!」

「ルリ、またそんなことを言って。若君はとても好意的だったではないか」

 駕籠かごの中で卯ノ国うのくにの殿とその娘の会話が聞こえる。どうやらその娘、ルリ姫は隣国にある辰ノ国たつのくにの若君との結婚に前向きではないらしい。

 周囲の者たちは「またか」と、静かに息を吐いた。

 水無月の頃。じめじめしとしとと雨が降っている山の中で姫の癇癪かんしゃくが響き渡る。

「私、ハクさんが良いのです! ハクさんと結婚出来なきゃ嫌です!」

「出来ません」

 その場の空気が凍りつく。

 応えたのはハク本人であった。

 周囲の者たちは「またか」と、慌ててルリ姫を宥め始める。

「ハクさんは強くて頼りになりますが、少々難しいかと……」

「ハクさんは見目も良いのですが、少々難しいかと……」

 ハクは銀白色の長髪を束ね、透き通るような青白い瞳をしている二十歳位の青年だ。白を基調とした着物に、藍色の袴を履いて淡々と歩いている。

 ハクの仲間たちは彼の性格を知っている。他人に全く興味を持たないことを。

 退治屋として多くの成果を出しており、世間に名を馳せているハクは、多くの若い男性や女性の間では憧れの的だった。

 だが、仲間たちの間では眉目秀麗で天賦の才に恵まれた彼を「無色の男」と残念がった。他人に無関心、且つ、無表情で無口のため、何と言うか、「色」がないのだ。

 そんなことを全く気にする様子もなく、ルリ姫は「何が難しいのです? この私が良いと言っているのです!」と、困り顔の殿をそっちのけで「彼が欲しい、彼以外とは結婚しない」と言って駄々をこねる。

「出来ません」

 場の空気が更に凍りつく。

 淡々と真っ直ぐに歩き進めるハクを見てから、仲間たちは互いに顔を見合わせ、溜息を吐いた。駕籠の中では「……諦めませんから」と、薄い桃色の瞳を潤ませたルリ姫が呟いていた。

 山を越えた先にある、隣国の若君との見合いをした帰り道。殿とルリ姫を乗せた駕籠は、重暗い空の下をせっせと進んでいる。十七歳になったルリ姫の見合いは今回が初めてではない。彼女が以前からハクに好意を寄せているのは周知のこと。だが、残念なことに当の本人は彼女に無関心なのだ。更に殿は政略の為、強引に他国の若君との縁談を勧める始末だった。周囲は彼女に同情するしか他なかった。

 この世には鬼が存在し、人に害を与え、喰うことがある。鬼は日の光を嫌うため、山に身を潜めていることが多い。他国へ赴くためにはどうしても山を越える必要がある。ハクたち退治屋数名は、見合いの度に用心棒として殿とルリ姫に同行している次第だ。

 一回目の見合いは鬼と遭遇せず、二回目の見合いも鬼と遭遇せず、三回目の見合いも鬼と遭遇せず。

 四回目の見合いは……運が悪かった。

 誰よりも瞬時に反応したハクが身を構える。

 ――来る。

 地が低く響き始め、担いでいる従者の肩から駕籠へと振動が伝わる。

「これは一体どうしたことだ!?」

 殿が慌てて駕籠から身を出そうとした時、「殿様、姫様、駕籠から出ないでください!」と、一人の退治屋が叫び、他の退治屋たちも身を構えた。

 低い地響き、低い喊声かんせい、独特の匂い――鬼だ。

 鬼の集団がハクたちに向かってくる。

 駕籠を担ぐ従者たちは金縛りのように動かない。否、動けない。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ルリ姫の悲鳴と地響きが重なった時、鉛のような空気に軽快な笛の音が躍った。

「鬼ども、この場から去れ!」

 男の声だ――そして、鬼の匂いだ。

 違和感を覚えたハクは、真っ先に笛の音と男の声の元に向かって跳び出した。だが、木の上で奏でていたであろう、その者はハクが辿り着いたときには居なかった。

(まだ微かに鬼の匂いが残っているが……この匂い、本当に鬼なのか?)

 疑念を抱きながらハクが仲間の下に戻ると、辺りは時が止まっているかのような静けさだった。

「まさか鬼に助けられるとはね」

 突然、ハクの背後から声がした。

「レイさん!」

「レイさん! 何故こちらに?」

 仲間たちからレイさん、と呼ばれる者は、黄金こがね色の長髪が束ねられ、紫色の瞳をしている男性だった。穏やかで温かみのある雰囲気を醸し出しており、白を基調とした着物に臙脂えんび色の袴を履いている。そんな温厚な雰囲気のある彼はハクが属する卯ノ国の退治屋を統率しており、ハクの師匠でもある。若く見えるが、四十歳は超えているだろう。ハクは幼くして両親を失っており、偶然にもレイに拾われた。ハクの育ての親でもあるのだ。

 黄金色のレイと銀白色のハク、容姿こそ違うが背格好が似ているため、傍から見れば兄弟にも親子にも見える。二色の綺麗な長髪が隣り合い、しとしとと濡れていた。

「別件で鬼を退治した帰りだったのですが、鬼たちと異様な鬼の匂いを感じてね」

「師匠も違和感を覚えましたか」

 二人の会話に、他の仲間たちはわけがわからなかった。

 退治屋はある程度の鬼の匂いを感じ取ることが出来るが、この二人は別格だ。感じ取ること以上に、鬼の匂いを嗅ぎ分けることができるのだ。

「笛の鬼も気になりますが、殿様と姫様がご無事で何よりです。とりあえず城に帰りましょうか」

 その後、鬼に遭遇することもなく無事に殿とルリ姫は城へ帰還した。役目を終えた退治屋たちは屋敷に戻り、休息を取ることになった。

 それから月日が経ってもハクは忘れることができなかった――あの日の笛の音と鬼の匂いを。
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