緋色ノ叉鬼

越子

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五、阿仁鉱山の異人

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「……小僧?」

 旅館の部屋に居た山神は、大和に呼ばれたような気がして外に出てみると町の人々の慌ただしい話し声が聞こえた。

「あの男のまなこどこ見だか!?」

「見だ見だ! おっかねえ色しでだ。あれは鬼か、化け物だべ」

「不吉だぁ。何か悪いことが起きる前触れだべか。俺たちこれからどうなるんだべぇ」

 山神はすぐに「あの男」が大和であることに気づいた。

「おい。お前ら、其奴はどこで見た?」

「なんだ、お? あっちゃの炭鉱場の方だども……危ねえから行がねえほうがいいど」

 山神は町の人が指差した炭鉱場へ走り出した。指差した男は目を丸くして彼女の背中に念を押した。

「本当に危ねえどー!! 俺は忠告しだがらなぁぁ!!」

(儂の中の何かが落ち着かない!! 小僧に何かあったのか!?)

 鼓動と弾む息の音が煩く、山神に男の声は届いていなかった。



   ◇ ◇ ◇


 
「小僧!! 何があったんじゃ!?」

 山神が炭鉱場付近に着くと、すぐさま大和の異常な様子に気づき近寄ろうとしたが

「がぁぁぁぁぁぁ!! あ、熱い!! 山神、様、く、来るでねぇぇ!!」

『ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ……』

「や、やかましねえ!! お前んが、誰だ!?」

『ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ……』

お前んが、やかましねえど!!」

 大和は頭をおさえて誰かに向かって叫んでいるが、誰も声を出している者は居ない。

「小僧、一体、どうしたんじゃ? 何か聞こえているのか!?」

 山神は周囲を見渡すと、皆、恐怖に慄き身動きが取れなくなっていた。たった一人を除いては。

「大和のことだけど、男性に殴られていたら急にああなったんだよ。彼が人じゃないなら殺そうか?」

 皆が恐怖している中、右京だけが興味深そうに、山神に近寄ってきた。

「愚か者!! 小僧を殺すな!! 鬼熊を倒せるのは小僧だけじゃ!!」

 右京の顔色がにわかに厳しくなった。

「聞き捨てならないね。どういうこと? 鬼熊を倒すのは俺なんだけど」

「詳しい話はあとじゃ。とりあえず小僧を――」

 山神の目が見開き、口を開けたまま止まった。

 山神だけじゃない、周囲に居た人々が皆、時が止まったように一つの方向を見て固まった。その視線の先には巨大な熊が、人の胴体を咥えながら鉱山の方からゆっくり、ゆっくりと、町の方に近づいてくる。一歩一歩近づくほどに、周囲の緊迫感が増してゆく。

 三百貫以上はある、黒い毛並みの熊だ。地獄の業火のように赤い目をギラつかせている。

「ほほひほれぇ! ワァの言ったとおりの熊だべぇ……ひぃぃぃぃ!!」

 いつもであれば、したり顔の一つは見せるであろう太一であったが恐怖で余裕がなかったのか、ブルブル震えて泣きそうになりながら熊を指差しただけだった。

「あれは間違い無い。鬼熊じゃ!!」

 山神の確信した言葉に、右京は密かに驚いた。

(なんだって? 毛並が黒いじゃないか!? 俺の知っている鬼熊は……)

 思考の時間すら与えてくれず、唐突に鬼熊は黒い肉塊を波打たせて走り出すと鉱夫を襲い始めた。鬼熊の前足の一撃で男性の顔が潰れた。隣に居た男性は一瞬の出来事に理解できないまま、鬼熊に食いちぎられた。

 周囲の人たちは、悲鳴をあげながら一斉に町の方へと逃げ出す。

 口から血を滴らせた鬼熊は、一人の女性に目を向けた。鬼熊の口角が上がったように見える。

「タ、タスケテ……パパ……」

「アンナ、ハヤクコッチニ……」

 ドミニクは自分の方へ引き寄せようしたが、アンナは鬼熊と目が合うと腰が抜けてしまい、その場にしゃがみ込んだ。鬼熊は彼女に狙いを定め近づいて来る。

「カミサマカミサマカミサマ……!!」

「アンナさん!!」

「小僧!?」

 大和はアンナを守るように前に出ると、身を低くし滑り込むようにして鬼熊の懐に入った。大和はそのまま鬼熊に押し潰されてもおかしくない状態だったが、鬼熊の動きがピタリと止まった。

「グオオオオン」

 咆えた鬼熊が仁王立ちになると、胸には山刀ナガサが突き刺さっていた。

「君も、なかなかやるね」

 それを見た右京が目をギラつかせて鬼熊に向けてクナイのような山刀を投げつけた。

「!?」

 右京が投げつけた山刀は全て弾き飛ばされた。それならばと、今度は刀のような山刀を構えて鬼熊に斬りつけたが、硬い皮膚に弾かれてしまった――大和の山刀は刺さったままなのに……!!

『鬼熊を倒せるのは小僧だけじゃ』

 右京は山神の言葉を思い出すと、ギリっと歯を食いしばった。

(鬼熊を倒すのは、倒さなければいけないのは、俺だ!)

 山刀を構え直すと、再び右京は仁王立ちしている鬼熊に向かって飛び込む。だが、右京の刃よりも速く鬼熊の爪が振り下ろされていた。

「――っ右京!!」

 ――ごリッ。

 鈍い音と共に、右京の視界は真っ黒になった。
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