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二章(前編)
第二十話「タナトスの分霊」
しおりを挟む「ああ、君はたしか……
ハングタウンにいた冒険者か――」
金髪王子くんは、ステージの上から俺を見下ろす。
いつの時代も、イケメンはブサメンを見下すことを忘れない。
「あのクズめ、門番もろくに出来ないのか――」
それに続き、頭のテカり絶好調の黒ずくめハゲが、不機嫌な顔を隠しもせず、黒マッチョくんへの悪口を言い捨てた。
しかし、クズ呼ばわりとは……
あの黒マッチョくんも莉奈さんにボコられたのに報われないな。
「――人払いの結界を張っていたはず。
それに、君はこの香にも影響をうけてないようだ……。
見かけと違って……なかなかの実力者とみえる」
そう金髪王子は言い終わると、両手を組み、たいして興味なさそうに黒ずくめハゲ――黒ハゲさんの方へと向いた。
俺のことを全然「なかなかの実力」とは、全然思ってない感じである。
俺は今、半すり鉢状の客席を駆け下り、ステージ前へとたどり着いていた。
近づくとわかるが、先ほどまで赤い霧に包まれて見えなかったステージ上を、月光が照らしているのが確認できる。
その光は赤い霧を裂いて、金髪王子たちが乗ったステージ上の視界をクリアにしていた。
どうやら、この赤い霧はステージに上がる前で溜まっており、壇上へは流れてはないらしい。
ステージから低い位置にある、俺の足元には、周囲の絡み合う者たちから溢れ出た、煙ではあるのだが白くドロッとしたものがたまり、粘質を帯びて僅かに足へ絡み付いてくる。
そのことに不快を感じつつも、俺は一歩前に踏み出し、奴らに尋ねた。
「あー、あの。
こんなところで何をしているんでしょうか……」
なんだか……間抜けな感じな第一声。
つくづく自分の会話スキルの無さに情けなくなってくる。
あーあ、ほら、アイツら呆れた顔してるし。
「えっと、たぶん、妖魔召喚をしているんだとは思いますが、一応確認のためです。
こんな大掛かりな儀式で妖魔呼び出されたら、この街に壊滅的な被害をもたらしそうじゃないですか……。
正直、迷惑なのでやめてもらえませんか」
言ってやったぜ。
言ってやった。ストレートにわかりやすく。
あ、なんだかやつらの目が一気に険しくなったよ。
「貴様、何処まで知っている。
何者だ――」
黒ハゲさんが、凄い目でこっちみてる。
「何者って言われても……通りすがり?
いや、なんだろ、ただの冒険者ですかね?」
悪いとは思うが、質問に質問で答えてしまう。
何者って聞かれても、本当になにものでもないから困る。
それとも自分の存在とはなにか、的な哲学っぽい問い……
「ほう、あくまでもシラを切り通す気か……よかろう。
まあ、なんにせよ、貴様を生きて帰すわけにはいかんのだがな――」
黒ずくめハゲは両袖を捲り上げ、腕を見せた。
そこにはびっしりと気持ち悪い入れ墨が描かれている。
その両腕を上げると、手の甲をコチラへ向け、顔の前で組み合わせた。
両腕に描かれた入れ墨が合わさることで、魔方陣っぽいものと髑髏のような模様が、割り符のように浮かび上がる。
「タルタロスの深淵にて住まうタナトスよ――」
黒ハゲ発する、地に響くような低い声に反応し、入れ墨髑髏の目が赤く光った。
「その黒き翼は魂の運び手たる証――」
入れ墨の刻まれた両腕に、蠢く瘤を作り、それが皮膚上を這い回っている。
「罪深き者の魂を冥府へ運ぶため――
眷属の呼びかけに応え、その分霊を現したまえ――」
両腕の蠢動に合わせ、俺の足元に広がる煙と同質のものが入れ墨から噴出する。ただしコチラは黒色。
黒い煙は階段よりステージ下へ流れ、そこで渦巻いた。
「少し、儀式用のエクトプラズムと混じってしまったようだが……問題ないな」
渦巻く黒い煙は次第に大きくなり、その流動の中に無数の苦痛に歪む顔を浮き出していた。
――ぎゃぁぁぁぁぁッ
――あ゛あ゛ぁぁ ――寒いいぃぃ
――暗いよぅ
――助けてぇぇ ――うぅぅぅ
――痛い痛い痛い
――ああぁぁぁ ――ひぃひぃひぃ
――ひぎゃあ゛あ゛ぁぁぁッ
背筋の凍る、冷たい亡者の悲鳴が、周囲の温度を下げているように見える。
聞こえてくる声に合わせ、みしみし、ぴきぴきと音をたてながら霜のようなものを周囲に発生させていた。
見る見るうちに、渦巻く煙は、漆黒のぼろ布のようなものへと変わっていく。
そのぼろ布の端は、炎のように揺らめいていた。
漆黒は空間に穴があいてるかのように真っ暗。
これほど明るい月明かりなのに、それをも全て吸い込んでいた。
――そして、そいつは姿を現す。
ぼろ布が広がり、漆黒の闇が広がる。
闇から滲み出るように、ミイラほど干涸びた骸骨の身体がそこから現れたのだ。
死そのものを現したように見える姿。
それは元の世界で見たタロットカードに描かれている死神そのもののよう。
その姿を見て、不吉な想像が俺の頭の中を駆け巡っているのだった。
§
「鼠の処理は任せた。
僕は召喚の儀を再開するよ」
金髪王子は、黒ハゲにそう言うと、目の前の台座に向けて美しい声で、賛美歌のような詠唱を始める。
「私もエクトプラズムを集めよう――
鼠はすぐに駆除されるハズだ」
黒ハゲは金髪王子に返事を返すと、自分の呼び出した死神を見る。
満月を背後に、空中にゆらゆらと浮かぶ死神は、歪な木の柄の巨大な鎌を持ち、俺を威圧していた。
眼窩は漆黒に塗りつぶされ、そこに眼球はない。
ただ、穴があいているだけなのだが時折、青白い炎がゆらめいていた。しかも、その漆黒からは冷たい視線を感じる。
自分の獲物を値踏みしているようにも見えるが――
「――やれ」
黒ハゲは、そう呟くとステージ上から客席に向けて、低い声を響かせ、呪文を唱え始めた。
――うぅぅぅぁぁ
――あぁぁぁ
――ぁうあぁぁぁうああああぁぁぁ
客席の蠢く人たちから、白い煙がさらに湧き出、その勢いを増す。
さっき言ってた儀式用のエクトプラズムなのだろうか。
その人たちの顔にはシワが刻まれ、干涸びているようにも見えた。もう、時間はあまりない。
俺は、呼び出された死神を見据える。
『コウゾウ、妖魔をスキャンしました』
視界の角にウインドウが開いた。
―――――――――――――――――――――――――――
タナトスの分霊
種族:死神
サイズ:11
筋力:228
耐久:50
知覚:8
魔力:1750
機動:20
攻撃力(名称:貫通力:ダメージ:動作)
・大鎌:24:253:2
防護値(名称:装甲値:緩衝値)
・漆黒ローブ:7:15
―――――――――――――――――――――――――――
やはり強い。
昨日戦った、オークキング以上かもしれない……
――ゾクッ
俺がウインドウを見るため、ヤツから目を離すと、その一瞬で、そこからヤツは消えていた。
さらに、首筋に寒気が走る。
俺は無意識に屈んでいた。
――ブッォオォン
屈んだ俺の頭上に、風を切る音が聞こえる。
屈む動作から続けて地面を転がり、その場から離れた。
俺の居た場所の背後には、死神が浮遊している。
手に持った大きな鎌は振り抜かれており、あと一瞬遅ければ、その鎌に首を掻き切られていたかもしれない。
「やっぱ、あれって当たるとヤバいよね……」
もし大丈夫だとしても、その禍々しく歪む大鎌は当たりたくないような形状だ。
『大丈夫。と、言いたいところですが……
わずかにダメージは通りますね。
ただ、安心してください。
一度で切断されることはないでしょう』
えー。
痛いってことだよね。切られないけど。
「ちなみにアイツ……。
さっきの瞬間移動みたいに消えたのは魔法?
それとも普通に速いの?」
『瞬間移動ではありませんね。
隙をついて、高速で移動してきただけです。
ただ、移動の際にエーテル体へと変化していますので、空気抵抗などの物理的影響をかなり低下させています。
そのため実態のある妖魔よりも、かなり速く移動できますね。
それは目をそらした一瞬で、距離をつめられるほどに――』
当然だけど、話している途中にも攻撃はくるわけで――
死神はもと居た場所で、大鎌を振りかぶるとスーッとこちらへわずかスライドし、黒い霧になったと思った瞬間――
目の前に現れて、その大鎌を振り抜いた。
首を狙う大鎌の攻撃。
俺は咄嗟に、その場に屈んでそれを避ける。
――ブッォオォン
死神は外れた大鎌の勢いもそのままに、ボロ布のような身体を回転させると、もう一度、攻撃を避けた俺にソレを振り抜く。
俺はその攻撃を、今度は距離を取ることも兼ねたバク転で後退しながら避けた。
た、たしかに、黒い霧になった後は目で追えないけど、初動と攻撃の瞬間は見える。
なんとか、攻撃の瞬間、ゾーンに入れば避けられないでもないかもしれない。
『物理的影響が少ない状態なので、当然、死神はエーテル体のままでは攻撃できません。
なので攻撃の前には実体化しています。
攻撃をインパクトさせるには実体化が必要不可欠なのです』
なるほど、超スピードを出せるといっても霧への変化中のみといった所か。
ただ、向こうさんの攻撃が当たらないということは――
「って。ことはさ、黒い霧の時は、こちらの攻撃も当たらないってこと?」
『はい、正確に言うとゼロではありませんが、ほぼゼロに近いでしょう』
「えーっ、それって何とかならないの?」
『そうですね……。
少し考えがありますので、しばらく凌いでいてください』
し、信じていいんだよね……イノリさん。
俺は握りしめた拳に力をこめ、死神を見据える。
「エネルギーボルトッ」
――魔力装填数 5/6
俺は、エネルギーボルトを死神に放つ。
――魔力装填数 4/6
――魔力装填数 3/6
続けて二発。
計三発のエネルギーボルトを死神へ放った。
エネルギーボルトが死神へ届く瞬間。
死神はスライドし黒い霧となった。
エネルギーボルトはそのまま空を切り、黒い霧を通り抜けた。
――ブッォオォン
当然、死神の霧化は、俺の攻撃を回避するためだけのものではない。
攻撃のため、目の前に現れる死神。
ゾーンによりスローになった視界に、うっすら濡れたように見える刃が見え、そして、それは水平に滑りながら俺を襲う。
俺は屈み、攻撃を回避すると同時に、
――魔力装填数 2/6
――魔力装填数 1/6
――魔力装填数 0/6
さらに三発のエネルギーボルトを死神へ放つ。
そして、屈んだ身体をバネにジャンプし、死神から距離を取った。
魔法で作られた、エネルギーの矢。
一本は死神の額に、残りは胴体と腕へ刺さっていた。
干涸びた髑髏のような顔は表情がわからず、効いているかどうかもわからない。
―――――――――――――――――――――――――――
【頭 部】負傷:5
【胸 部】負傷:5
―――――――――――――――――――――――――――
ウインドウに映る、やつの状態。
い、一本、5ダメージしか与えてない……。
俺は魔力を最装填した。
――魔力装填数 6/6
最装填は、あと七回ほどできるはずだ。
六発全弾、エネルギーボルトを同じ部位に当てれば、いけなくもない気がするが……
できるのか? そんなこと。
俺は、腰に差したダガーを抜く。
高周波振動発生機がついたアレだ。
死神は、矢のダメージなどものともせずに、動き始める。
淡々と、目の前の――俺の命を刈り取るために、ヤツはその大鎌を振るった。
俺は、必死に避けながらダガーで斬りつけるが、大鎌のリーチが長いためか、潜り込むのに時間がかかってしまい、刃がやつの身体に沈みきる前に、身体を霧化され逃げられてしまう。
ダメージになるほどは、与えてない気がする……。
その間にも、ステージでは召喚の儀式が続けられていた。
地面にたまる白い煙は、階段を這いステージの上へ。
そして台座の上に白い塊となって蠢いていた。
それは卵の殻ようでいて、伸縮しているビニールのように蠢く。
その白い表面の蠢きは、母の腹を蹴るような胎動を感じさせた。
儀式が完了すれば、その白い塊より妖魔が生まれるのであろうことは予想できる。
それは、今生まれてもおかしくないほど危うげに見え、張りつめた風船が、さらに膨らむようにゆっくりと肥大していた。
「――くそっ」
――魔力装填数 5/6
――魔力装填数 4/6
――魔力装填数 3/6
俺は儀式を邪魔するため、エネルギーボルトをそれ目がけて撃ち込む。
――バチッ
――バチイィッ
――バチィッ
エネルギーの矢は、白い塊にたどり着くことはなく、ステージの前で、火花と電気のようなものを放ち消えていった。
その様子をみていた黒ハゲは、詠唱を止め両手を広げた。
「残念だったな――
この周囲にはエクトプラズムの浄化と、儀式を守るための強力な結界が張られている。
いかなる攻撃もコチラへ通すことはない――」
続けて、台座の前で詠唱している金髪王子へ向け言う。
「アンリよ、すでに十分な量のエクトプラズムは用意できたはずだ。
アストラル体を、その器に降ろせば、彼の天使の顕現は近づく。
さぁ!! オドは満ち、今まさに降霊の時だ。
大いなる霊は、その大門が開くのを待っているぞ!!」
金髪王子はその言葉に大きく頷くと、自分の右腕を高く上げ、もう片方の手にもつナイフを使い、右腕を掻き切った。
骨までは切れていないようで、手はつながっているが出血量は多い。
その溢れ出る血液を、台座へ、白く胎動する塊に向けまき散らした。
――ドクンッ
空気が脈打ち、圧迫感が周囲に満ちる。
金髪王子は呪文を唱えながら、腕を振り、白い塊に血液を浴びせていた。
――ヤバい。時間がない。
俺は焦る気持ちのまま、死神を見る。
依然、ヤツは空中に浮かび、俺を冷たい目で見据えている。
こんな時ほど冷静に、だ。
深呼吸をし、精神を落ち着ける。
瞬間――
俺の心は、驚くほど落ち着いていた。
視界端のマップウインドウを見る。
イノリさんが動いてくれてるのが確認できた。
――よし。
俺はそれを信じるのみ。
俺はその場で、軽くステップを践んでダガーを構えた。
ともかく、実体化を少しでも長引かせ、ダメージを稼がないとならない。
やつも、攻撃の際は実体化が不可欠なのだ。
ならば、ワザと攻撃を受けるのはどうだろうか。
俺が攻撃を受けて、踏ん張ってる間は、実態化しているはず……。
ともかく、イノリさんは、当たっても死にはしないと言っていた(切断されないといっていただけの気もするが)。
なら、悩むより試してみよう。
構えていたダガーを腰に差して戻した。
「プロテクション」
――魔力装填数 5/6
俺は自身にプロテクションをかけ、両腕を前に出し、ボクシングの防御のように構え直す。
逃げたり避けるのではない、真っ正面から受けてやるんだ。
死神は、そんな俺の様子を動かず眺めていた。
そして、俺の構えを見て、死神は理解する。
こいつは自分の攻撃を逃げるつもりがないのだと。
死神は大きく大鎌を振りかぶる。
その挑発に乗ってやると言わんばかりに、大きく動作を溜めた。
初めて――
死神の瞳の奥、その青白い炎の奥に、熱い感情の色が見えた気がする。
死神にとって、その大鎌の一撃は、当たれば即、魂を刈り取ることのできるものだと自負があったのだろうか。
周囲の喘ぎ声や悲鳴、詠唱が頭の中から消え、ゾーンによる静寂が訪れる。
「――さあっ、こいッ!!」
俺は大きく声を出した。
――刹那。
死神の姿は黒い霧と化し、視界から消え去った。
俺は、後ろへ振り向く。
そこには、大鎌を水平に振り抜く死神が居た。
濡れた輝きを持つ刃は、その色を濃くし、一撃が重く鋭いモノだと、いやらしいほど物語っていた。
俺は、両腕でその一撃を――
「おおおおぉぉぉぉぉぉォォォォッ!!!!」
俺は叫ぶ。
両腕に重い衝撃が伝わる。
大鎌の一撃が、俺にのしかかってくる。
全身タイツは攻撃の衝撃を吸収し、そして吸収しきれないものをプロテクションが吸収する。
――ッパリーーン
プロテクションは砕け、その衝撃に内蔵は揺れる。
だがその衝撃を俺は堪えた。
両腕に止められた大鎌を見て、それを確信する。
だが、それでもそれは死神の意地だったのか、ヤツはそのまま大鎌を振り抜こうとした。
俺は、力の限り踏ん張る。
両足は、石造りの床を割るが、それでも大鎌の勢いは止まらない。
「莉奈ッ!! ――今だっ!!」
俺の叫びの後、ヤツの背後に飛び出す影――
それは、俺と同じく、黒い全身タイツを着た莉奈さんだった。
マップ情報により、こちらへ莉奈さんが来ていたのはわかっていた。
イノリさんの指示なのだろう。
そして彼女は俺の捨て身の防御を――
ヤツに実体化中の隙ができる瞬間を、息を潜めまっていたのだ。
やつの背後から飛び込んだ莉奈さんは、その勢いと合わせて、死神の頭がけて拳を振り抜いた。
「やあぁぁぁぁぁァァァァッッッッ!!!」
彼女の雄叫びは、いつもの、年の割に大人びた声とは違い、少し甲高くて可愛いものだった。
そう――それは以前に聞いたことがある。
俺にとっては、かつて聞き慣れたもの――
それはまるで、アニメやゲームに出てくる魔法少女たちのような、汚れの無い正義を纏ったものだった。
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