2 / 7
002.転機
しおりを挟む
僕、五十嵐翔の高校1年の春休みはとても退屈なものだった。部活は週に4日はあるものの、春期講習はほとんどが補修が必要な人向けでレベルも低く、必然的にいかなくてもいいわけで。自分の部屋に篭って友達とチャットで話したりソーシャルゲームで遊んでいたりする日々だ。もちろん春休みの宿題は計画的に進めていますとも。
その何気ない春休みのとある日。僕がチャットで友達と話しているとドアをノックする音が聞こえた。
廊下から聞こえる足音で判別はできていたが、やはり父さんだった。
「翔、今からちょっと話があるんだ。リビングに来てくれないか?」
「え……了解。すぐ行く」
父さんがこんな時間に帰ってくるのは珍しい。会社でもそれなりの立場のはずであるが……こんな時間に帰ってきて「すぐに来てくれ」というんだからよっぽど緊急性の高いものなんだろう。
ちょうど友達とも話すネタがなくなってきていたので丁度いいタイミングだと思い、僕はスマホを置いてリビングへ。
リビングに行くと、そこにはすでに母さんと心理学科に通う姉の彩も座っていた。違う趣味を持っている僕たち家族が家族団らん以外で揃うのは何気に珍しいことだ。
僕はダイニングテーブルの自分のところへ座ると、それを見てか姉さんも僕の隣の席に座ろうとしている。母さんは台所でお茶を入れているらしく、やや遅れてお盆の上の美味しそうなお茶と一緒にやってきた。
『ねぇ翔、なんだろかわかる?』
『わからない。でも相当大切なことっていうのはわかる』
『それも込々でよ。会社が倒産したとかじゃなきゃいいけど……』
『不吉なこと言わないでよ姉さん。流石にあの規模なら倒産なんてよっぽどのことがないかぎりならないよ。社長が不正してたとかならありそうだけど』
僕と姉さんがひそひそ話で変な予想を立てている間、父さんはしっかりと待っていてくれた。どうやらある程度の予想をつけさせないおいけないくらい重要なことなのだろう。
そして、父さんは僕たちのひそひそ話が終わったくらいを目途に口を開いた。
「みんなに集まってもらったのはほかでもない。これからの生活が変わるからだ」
そう切り出した父さんは、1つのパンフレットを俺たちの前に差し出してきていた。どこかの街が表紙を飾っているそれは、父さんの勤めている会社のものだった。
「今回、俺はこの企画の現地の責任者として駐在することになった」
「え……?」
「要は出世ってこと?」
「ああ。今までは部長だったが、これで本部長ってことになり、プロジェクトを一任されたってことになる」
このプロジェクトとは、新型の医療ポッドの開発・製造・そして実際にそれを治療で使用するということだ。医療現場で使う機器を扱う父さんの会社の中でもかなり大きいプロジェクトのはずだ。
でも、この前父さんに聞いたときは確か塚本本部長という僕も知り合いの人が主導でやっていたはずだが……。
「ああ、塚本本部長はな……急に倒れてしまってな。検査の結果はすい臓がん。かなり進んでいて治療すれば治るかな……レベルなんだそうだ」
「そんな……!}
それを聞いた姉さんが叫ぶ。僕も同じ気持ちだ。うちは塚本本部長と家族ぐるみで仲が良く、正月だったりクリスマスだったり祝い事があるとよく顔を合わせていた。お年玉くれたり旅行に連れて行ってもらったりとかなりよくしてくれた。そんな人ががんと聞かされたら驚き悲しまない方が珍しい。
「それで、塚本本部長は会社に退職届を出して、後任に俺を指名してくれたというわけさ。梶や技術畑出身の藤山なんかは黙ってないだろうがな」
父さんはそこまで機械には詳しくない。構造とか効果とか基本的なことはある程度分かっても細かいことは机上の論理しかわからないのだそう。それは塚本本部長も同じ。それに反発して「技術畑が先導しないといいものは作れない!」と言っているのが反対派閥の梶部長や藤山技術主任、というわけだ。
「プロジェクトは今は中盤の中でも後半。4月になったらプロジェクトはここで行われることになる」
そう言って指示されたのは広島県四葉町という全く聞いたこともない名前だった。そもそも電車すら走っているのかもわからない。
ここは東京。ここから広島まで通うなんてことは到底できないから……。
「最初は俺だけあちらで単身赴任してもいいと思ったが……」
「お父さんとお母さんで話し合って、家族がバラバラになるのもあれだから、家族全員で移住しましょうってことになったの」
それを聞いた僕はやっぱり……と思ってから急に背筋が凍りつくような悪寒に襲われる。
家族で移住する、ということは今の学校にはもう通えない、現地の高校に転校するということ。今までの学校の友達とはもう滅多に会えないということになる。
そんなことを考えている僕と裏腹に、姉さんは家族で移住するということにとっても好意的だった。
「広島なら……キャンパスも近いし、これで一人暮らししなくて済むわね」
実は姉さんが通う大学の心理学科は3年次になると広島キャンパスに急に飛ばされる、なんとも言えないシステムになっている。とはいえ、実習や施設は広島が充実しているらしく行かない手がない。よって姉さんは4月から広島で一人暮らしすることになっていた。
「でも、もうアパートの部屋代は払っちゃったから1か月だけ一人暮らしね」
それもそれで面白いわ、という姉のよこで僕はまだ気持ちを整理できなかった。
僕はできれば今の学校に通いたかった。でも家事なんてそんなのできるわけがない。料理だってテンプレだけどチャーハンしか作れない、っていうかそもそもご飯もまともに炊けない。今の学校は寮はない、下宿なんてあっても心配性で現実主義な母さんがよしとしないだろう。
……だから選択肢は一つしかなかった。
その何気ない春休みのとある日。僕がチャットで友達と話しているとドアをノックする音が聞こえた。
廊下から聞こえる足音で判別はできていたが、やはり父さんだった。
「翔、今からちょっと話があるんだ。リビングに来てくれないか?」
「え……了解。すぐ行く」
父さんがこんな時間に帰ってくるのは珍しい。会社でもそれなりの立場のはずであるが……こんな時間に帰ってきて「すぐに来てくれ」というんだからよっぽど緊急性の高いものなんだろう。
ちょうど友達とも話すネタがなくなってきていたので丁度いいタイミングだと思い、僕はスマホを置いてリビングへ。
リビングに行くと、そこにはすでに母さんと心理学科に通う姉の彩も座っていた。違う趣味を持っている僕たち家族が家族団らん以外で揃うのは何気に珍しいことだ。
僕はダイニングテーブルの自分のところへ座ると、それを見てか姉さんも僕の隣の席に座ろうとしている。母さんは台所でお茶を入れているらしく、やや遅れてお盆の上の美味しそうなお茶と一緒にやってきた。
『ねぇ翔、なんだろかわかる?』
『わからない。でも相当大切なことっていうのはわかる』
『それも込々でよ。会社が倒産したとかじゃなきゃいいけど……』
『不吉なこと言わないでよ姉さん。流石にあの規模なら倒産なんてよっぽどのことがないかぎりならないよ。社長が不正してたとかならありそうだけど』
僕と姉さんがひそひそ話で変な予想を立てている間、父さんはしっかりと待っていてくれた。どうやらある程度の予想をつけさせないおいけないくらい重要なことなのだろう。
そして、父さんは僕たちのひそひそ話が終わったくらいを目途に口を開いた。
「みんなに集まってもらったのはほかでもない。これからの生活が変わるからだ」
そう切り出した父さんは、1つのパンフレットを俺たちの前に差し出してきていた。どこかの街が表紙を飾っているそれは、父さんの勤めている会社のものだった。
「今回、俺はこの企画の現地の責任者として駐在することになった」
「え……?」
「要は出世ってこと?」
「ああ。今までは部長だったが、これで本部長ってことになり、プロジェクトを一任されたってことになる」
このプロジェクトとは、新型の医療ポッドの開発・製造・そして実際にそれを治療で使用するということだ。医療現場で使う機器を扱う父さんの会社の中でもかなり大きいプロジェクトのはずだ。
でも、この前父さんに聞いたときは確か塚本本部長という僕も知り合いの人が主導でやっていたはずだが……。
「ああ、塚本本部長はな……急に倒れてしまってな。検査の結果はすい臓がん。かなり進んでいて治療すれば治るかな……レベルなんだそうだ」
「そんな……!}
それを聞いた姉さんが叫ぶ。僕も同じ気持ちだ。うちは塚本本部長と家族ぐるみで仲が良く、正月だったりクリスマスだったり祝い事があるとよく顔を合わせていた。お年玉くれたり旅行に連れて行ってもらったりとかなりよくしてくれた。そんな人ががんと聞かされたら驚き悲しまない方が珍しい。
「それで、塚本本部長は会社に退職届を出して、後任に俺を指名してくれたというわけさ。梶や技術畑出身の藤山なんかは黙ってないだろうがな」
父さんはそこまで機械には詳しくない。構造とか効果とか基本的なことはある程度分かっても細かいことは机上の論理しかわからないのだそう。それは塚本本部長も同じ。それに反発して「技術畑が先導しないといいものは作れない!」と言っているのが反対派閥の梶部長や藤山技術主任、というわけだ。
「プロジェクトは今は中盤の中でも後半。4月になったらプロジェクトはここで行われることになる」
そう言って指示されたのは広島県四葉町という全く聞いたこともない名前だった。そもそも電車すら走っているのかもわからない。
ここは東京。ここから広島まで通うなんてことは到底できないから……。
「最初は俺だけあちらで単身赴任してもいいと思ったが……」
「お父さんとお母さんで話し合って、家族がバラバラになるのもあれだから、家族全員で移住しましょうってことになったの」
それを聞いた僕はやっぱり……と思ってから急に背筋が凍りつくような悪寒に襲われる。
家族で移住する、ということは今の学校にはもう通えない、現地の高校に転校するということ。今までの学校の友達とはもう滅多に会えないということになる。
そんなことを考えている僕と裏腹に、姉さんは家族で移住するということにとっても好意的だった。
「広島なら……キャンパスも近いし、これで一人暮らししなくて済むわね」
実は姉さんが通う大学の心理学科は3年次になると広島キャンパスに急に飛ばされる、なんとも言えないシステムになっている。とはいえ、実習や施設は広島が充実しているらしく行かない手がない。よって姉さんは4月から広島で一人暮らしすることになっていた。
「でも、もうアパートの部屋代は払っちゃったから1か月だけ一人暮らしね」
それもそれで面白いわ、という姉のよこで僕はまだ気持ちを整理できなかった。
僕はできれば今の学校に通いたかった。でも家事なんてそんなのできるわけがない。料理だってテンプレだけどチャーハンしか作れない、っていうかそもそもご飯もまともに炊けない。今の学校は寮はない、下宿なんてあっても心配性で現実主義な母さんがよしとしないだろう。
……だから選択肢は一つしかなかった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
その気が全くなかったがいつの間にかハーレム王と呼ばれてしまう 〜約束の赤い糸〜
朽木昴
恋愛
幼い頃に交わした結婚の約束。そんな大切なモノを忘れ、神崎直哉は高校生活を満喫していた。彼を取り巻くのは、恋心を抱く幼なじみ、人見知りの少女、幼なじみの親友、社長令嬢、そしてアイドル……。果たして、この中に約束の子はいるのだろうか!?
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
歪
ゆうら
恋愛
私が生きる理由は、ただ一つ。
私は、それを二つ持っている。
何故、持っているのか。何のために持っているのか、知らない。気にしたこともない。初めから持っていた。その存在を意識するようになったのは──
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました
鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と
王女殿下の騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、3話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる