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002.転機

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 僕、五十嵐翔の高校1年の春休みはとても退屈なものだった。部活は週に4日はあるものの、春期講習はほとんどが補修が必要な人向けでレベルも低く、必然的にいかなくてもいいわけで。自分の部屋に篭って友達とチャットで話したりソーシャルゲームで遊んでいたりする日々だ。もちろん春休みの宿題は計画的に進めていますとも。

 その何気ない春休みのとある日。僕がチャットで友達と話しているとドアをノックする音が聞こえた。
 廊下から聞こえる足音で判別はできていたが、やはり父さんだった。

「翔、今からちょっと話があるんだ。リビングに来てくれないか?」
「え……了解。すぐ行く」

 父さんがこんな時間に帰ってくるのは珍しい。会社でもそれなりの立場のはずであるが……こんな時間に帰ってきて「すぐに来てくれ」というんだからよっぽど緊急性の高いものなんだろう。
 ちょうど友達とも話すネタがなくなってきていたので丁度いいタイミングだと思い、僕はスマホを置いてリビングへ。

 リビングに行くと、そこにはすでに母さんと心理学科に通う姉の彩も座っていた。違う趣味を持っている僕たち家族が家族団らん以外で揃うのは何気に珍しいことだ。

 僕はダイニングテーブルの自分のところへ座ると、それを見てか姉さんも僕の隣の席に座ろうとしている。母さんは台所でお茶を入れているらしく、やや遅れてお盆の上の美味しそうなお茶と一緒にやってきた。

『ねぇ翔、なんだろかわかる?』
『わからない。でも相当大切なことっていうのはわかる』
『それも込々でよ。会社が倒産したとかじゃなきゃいいけど……』
『不吉なこと言わないでよ姉さん。流石にあの規模なら倒産なんてよっぽどのことがないかぎりならないよ。社長が不正してたとかならありそうだけど』

 僕と姉さんがひそひそ話で変な予想を立てている間、父さんはしっかりと待っていてくれた。どうやらある程度の予想をつけさせないおいけないくらい重要なことなのだろう。
 そして、父さんは僕たちのひそひそ話が終わったくらいを目途に口を開いた。

「みんなに集まってもらったのはほかでもない。これからの生活が変わるからだ」

 そう切り出した父さんは、1つのパンフレットを俺たちの前に差し出してきていた。どこかの街が表紙を飾っているそれは、父さんの勤めている会社のものだった。

「今回、俺はこの企画の現地の責任者として駐在することになった」
「え……?」
「要は出世ってこと?」
「ああ。今までは部長だったが、これで本部長ってことになり、プロジェクトを一任されたってことになる」

 このプロジェクトとは、新型の医療ポッドの開発・製造・そして実際にそれを治療で使用するということだ。医療現場で使う機器を扱う父さんの会社の中でもかなり大きいプロジェクトのはずだ。
 でも、この前父さんに聞いたときは確か塚本本部長という僕も知り合いの人が主導でやっていたはずだが……。

「ああ、塚本本部長はな……急に倒れてしまってな。検査の結果はすい臓がん。かなり進んでいて治療すれば治るかな……レベルなんだそうだ」
「そんな……!}

 それを聞いた姉さんが叫ぶ。僕も同じ気持ちだ。うちは塚本本部長と家族ぐるみで仲が良く、正月だったりクリスマスだったり祝い事があるとよく顔を合わせていた。お年玉くれたり旅行に連れて行ってもらったりとかなりよくしてくれた。そんな人ががんと聞かされたら驚き悲しまない方が珍しい。

「それで、塚本本部長は会社に退職届を出して、後任に俺を指名してくれたというわけさ。梶や技術畑出身の藤山なんかは黙ってないだろうがな」

 父さんはそこまで機械には詳しくない。構造とか効果とか基本的なことはある程度分かっても細かいことは机上の論理しかわからないのだそう。それは塚本本部長も同じ。それに反発して「技術畑が先導しないといいものは作れない!」と言っているのが反対派閥の梶部長や藤山技術主任、というわけだ。

「プロジェクトは今は中盤の中でも後半。4月になったらプロジェクトはここで行われることになる」

 そう言って指示されたのは広島県四葉町という全く聞いたこともない名前だった。そもそも電車すら走っているのかもわからない。
 ここは東京。ここから広島まで通うなんてことは到底できないから……。

「最初は俺だけあちらで単身赴任してもいいと思ったが……」
「お父さんとお母さんで話し合って、家族がバラバラになるのもあれだから、家族全員で移住しましょうってことになったの」

 それを聞いた僕はやっぱり……と思ってから急に背筋が凍りつくような悪寒に襲われる。
 家族で移住する、ということは今の学校にはもう通えない、現地の高校に転校するということ。今までの学校の友達とはもう滅多に会えないということになる。

 そんなことを考えている僕と裏腹に、姉さんは家族で移住するということにとっても好意的だった。

「広島なら……キャンパスも近いし、これで一人暮らししなくて済むわね」

 実は姉さんが通う大学の心理学科は3年次になると広島キャンパスに急に飛ばされる、なんとも言えないシステムになっている。とはいえ、実習や施設は広島が充実しているらしく行かない手がない。よって姉さんは4月から広島で一人暮らしすることになっていた。

「でも、もうアパートの部屋代は払っちゃったから1か月だけ一人暮らしね」

 それもそれで面白いわ、という姉のよこで僕はまだ気持ちを整理できなかった。
 僕はできれば今の学校に通いたかった。でも家事なんてそんなのできるわけがない。料理だってテンプレだけどチャーハンしか作れない、っていうかそもそもご飯もまともに炊けない。今の学校は寮はない、下宿なんてあっても心配性で現実主義な母さんがよしとしないだろう。

 ……だから選択肢は一つしかなかった。
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