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33 涙。

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「あーーーーーーーーーーーーーーー……」

 ヒューは涙声のまま、ため息をつくように小さく叫んでもう一度ギュっと私を抱きしめて。首筋のやわらかいところに唇を這わせて、やわらかい髪で私をくすぐった。

「父上と姉さんが俺の記憶を一部封印したの、ちょっと理解できる気がしてきた。次の約束がなかったら俺ちょっともう無理だったかも……、あ、俺、重いかな、ごめんね」
「……あの時の、あの一瞬みたいな時間をそんなに大切に思っていてくれたんだね、ありがとう」
「ニナもでしょ? だから来てくれたんでしょ?」

 まるで魔法にかけるみたいな目で私を見るから。
 当たり前のように触れるその手も、耳馴染みが良くなってきたその声も、私だけに甘えてくるみたいな視線も、こっちだよって引いてくれる手も、特別みたいなこの時間も。
 次が楽しみに思えるこの気持ちも。

「そうだね」

 涙でキラキラした目のまま私を見て、ヒューが微笑んだ。
 それが嬉しくて、このままここに居られたらどんなにいいだろう、そう思える心をこのまま育てていけたらと思えた。それは一人ではできないこと。

「あのね、ニナがこのまま家に帰って急に我に返っちゃったりね、生活とか仕事とか忙しくなったりするかもしれないでしょ。……そしたらね、黙ったままでいないでほしい。黙っていなくなるのだけはやだ。ね、それだけお願い」
「……わかった。うん。ヒューもね」
「うん。そうなる前に会いに行くから」
「うん」

 刻み付けるようなキスがおちてきて、私もゆっくりとヒューの背中に回した手に力を込めた。
 この体温をちゃんと覚えていたい。この気持ちは零さないように包んでいたい。それがヒューに伝わってくれるといいなと思った。

「……そろそろ行かなきゃ」
「うん」

 そう告げても抱き締められている腕の力はちっとも弱まらなくて。
 離れがたい気持ちが二人一緒なのが嬉しいなと思えた。

「ごめん、見送りはできなさそう」
「うん、私もその方がいい……」

 荷物に手をかけて扉に向かう直前、もう一度ヒューを見ると赤い瞳がとても綺麗だった。

「またね」

 ヒューが強く頷いたのを見届けて、繋がれていた指が解けて、そのまま振り返らずに御者の手をかりて馬車を降りて駅に向かった。
 私は御者の方とどうやって別れたのか、チケットをどこから出したのか、どうやって列車に乗ったのかわからないまま、列車の席で窓の外を見ながら止まらない涙をそのままにした。

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