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襲撃の夜
しおりを挟むすぐにパニックにならなかったのが救いだった。
参加者達はまだかろうじて冷静だ。
「どこから撃たれた!?」
「この会場は50階。これに並ぶ高さのビルは周りにない筈なのに…っ」
「下から狙撃したのか?まさか」
「襲撃にそなえて外は厳重に見張りを置いているんだぞ!?」
慌てているのはむしろ警察の人間だった。
そんな状況で混乱の前に出てきたジンは天井を見上げて、照明の横にめり込んだ黒い物体を指差す。
「──…銃弾はあそこだ、あの角度だと……」
銃弾の場所から、発砲場所を絞りこんだ。
「あの辺りか」
「あんな…っ…遠くから…!?」
示した場所に高いビルはない。
せいぜい10階建てかそこらのビルの屋上に──
「……!!」
微かに、人影が見えた気がした。
ミレイは窓に近付く。
「………」
遠くて、暗くて
顔なんて見えるわけがない。だが奇妙なことに犯人の予想がついてしまった。
遠く離れた窓ガラスを貫通する強い火力の銃器を、人の技とは思えない正確さで使いこなす──
そんな男が黒髪から覗かせる蒼い危険な瞳が、ミレイには見えたような気がした。
「危険だから離れなさい!」
窓際の彼女をジンが引き戻す。
パリン!!
「──…!!」
「き、きゃあああ!まただわ!!」
すると再びガラスが割れ、なんと2発目の銃弾が、ミレイの肩を掴むジンの、スーツの袖を貫通した。
今度こそ参加者たちは悲鳴をあげておののいた。
“ まさかっ私を狙い撃ったのか……!? ”
どうなっている
ガラスを貫通する威力の銃器で、あの飛距離で、狙いを定めて銃撃するなんて信じられなかった。
「我々が指示を出します!皆様は安全の為にこちらへ移動してください!」
ジンは叫び、他の参加者にも今すぐ窓際から離れるように命じる。
そこに部下の警官が焦燥した様子でやって来た。
「どうした…っ」
「監視班より連絡です!この混乱にじょうじ会場に入ってきた不審な人物がいます!」
「なんだと?」
「顔はカメラに映っていないと。どうやら若い男のようだと。服装は黒のスーツに──」
「……!!」
ジンの表情は深刻だった。
この会場に不審な者が紛れ込んでいる…!
ざっと会場を見渡せど、人が多すぎて今さら探し出せるはずもなかった。
そんな中、また別の部下が駆け寄ると、新たな窮地をジンに伝えた。
「ただいま確認したところ、建物入り口の見張りがひとり残らず倒されています!間違いなくカメラに映っていた者の仕業です」
「何故なのだ?襲撃の報告は一度もきていないぞ?」
「わかりません、無線で知らせる隙もなく全滅したとしか…ッッ」
「く…!!」
一刻の猶予もなくなったジンには、この場の指揮をとるべく冷静な判断が求められる。
彼はまず横のミレイに振り向いた。
「ミレイ!君は家へ戻りなさい!」
「え…!?」
「犯人の狙いがわからない…っ。危険だ、今すぐその裏口から地下駐車場へ向かうのだ…──おい君たち!」
混乱が広がる前に娘だけでも避難させようと、ジンは部下を数人呼びつけて、彼女を逃がすように命令した。
「待って…っ ジンさん」
「今は父の言う通りにしてくれ」
ミレイは両側から腕を捕まれて、会場の入り口とは逆方向へと引っ張られた。
その先の配膳室を抜け、従業員用の廊下に出た。
「このまま外に出るのっ?」
「局長の命令です。この先にある警備用エレベーターで地下まで降ります」
「でも会場はあんな状況なのに……!!」
「だからこそです!」
ミレイは護衛にはさまれて歩きながら、チラチラと会場に振り返っていた。
“ いったい誰が侵入したの……!? ”
政界の人間が集うパーティーだ。本当にテロリストが現れたのだろうか。
でも
「……っ」
あのビルの屋上にいたのは……!
もしわたしの予感が当たっているなら、会場に入ってきたという人物は……!
「…はっ…離して下さい!」
「っ…お嬢さま!? 戻ってはなりません!」
ミレイは護衛から逃れ、再び会場へ戻ろうとした。
彼女を囲んでいた四人の護衛の隙間をすり抜けて、ヒールの靴を脱ぎ捨てる。
そして廊下を走り、配膳室の戸を開ける。
「あっ!」
しかし追い付かれて、後ろから腕を掴まれた。
「お願いだから行かせて!誰が来たのか…っ 確かめないと…っ…!!」
ミレイは必死だった。
腕を離してくれない男の──彼が着ている警官の制服を引っ張って、叩きながら、ミレイは大声で訴えた。
「わたしの迎えかもしれないの!」
護衛の彼にこんなことを言っても理解できないだろう。そうと知っていながらミレイは叫ぶのを止めない。
腕を振りほどこうと必死にもがいた。
「本当に来てくれたのだとしたら、会わないと…っ」
「──ッ」
「わたしカルロさんに会いたいの…ッッ…あの人に、迎えに来てほしいの……!!」
「……どうして?」
「そんなのっ──ただの、わたしの…我が儘…!!」
会場の騒ぎが大きくなっている。
それでも彼女は怯む気になれず、戻ろうとする。
「お願い!手を……離して……っ」
「離さない」
「……手をっ…──」
「……」
「‥‥‥!」
男の胸を強く押した拍子に
彼の被っていた帽子が、頭から外れて床に落ちる。
「──…??」
その瞬間にミレイは言葉を失い
ぴたりと動きを止めてしまった。
床に落ちた帽子には、警察のマークが刺繍されている。
「──…」
「もう一度、聞く」
男は彼女の肩を掴んで自分の方に向けさせた。
ミレイは目をチカチカさせながら、彼の茶色の瞳を……そして、金色の髪を見る。
「あんたは、誰の迎えを待っている?」
「……、カルロ、さん」
「…何故?」
「会いたかった から……」
「……単純だな」
腰を抜かしそうになったミレイを、すかさず男は抱きかかえた。
「だったら俺から離れないでくれる?
──…拐いに来るの……面倒、だから」
彼女を抱えたまま帽子を拾い、顔が隠れるまで深く被り直す。
けれどミレイの位置からはしっかりと彼の表情を確認できた。
気怠げな目。
対照的にキリリとした眉と、眉間のシワ。
その男は、放心状態の彼女を真っ直ぐな瞳で射止めた後、ふいと顔をそらしてしまった──。
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