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突然の迎え

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「警察の人間が…っ、この家に何の用だよ?」

「ハルトくん…!」

 取っ組み合いでもしたのだろうか。ハルトも、彼を止める男達も服が乱れている。

 ハルトは怒っているとまではいかなくても明らかに不機嫌だ。

 部屋から連れ出そうとしたひとりを蹴り飛ばし、ミレイの前に立つ男に声をあげた。

「いきなりその女を呼びつける前に、俺等に挨拶するのが筋じゃねぇのか」

「……そうかね」

「親父を起訴するための証人なら、そいつじゃ役にたたねぇぞ」

「──証人か。その話なら無関係だ」

「はぁ?」

 ヒデアキの事を兄から聞いていたハルトは、てっきりその件についてかと勘ぐっていた。

 そうではないと告げられて、彼は眉をひそめる。

「東城ヒデアキの件なら私は管轄外だ。それは刑事局の仕事だからね。

 私は警察庁警備局長、石頭白 ジン と言う」

「いとしろ、ジン…?」

 ジン──ミレイの父である彼は、ハルトにも挨拶をすませた。

 ハルトはその名に聞き覚えがある。

 少し考えた後、両側から腕を捕まれた状態でニヤリと黒笑した。

「かの有名な警備局長サマか…。─…ハっ、何だよ?親父が捕まったことを笑いに来たんなら間違ってるぜ?あの件を警察にリークしたのは俺ら兄弟だ」

「……それは、誤解だが」

「SPまで引き連れて用心深いな。ま、わざわざこんな敵地まで足運んでんだから当然だけどよ」

 ハルトの言葉には、露骨なトゲがある。

 そもそも警察とボディーガードは良い関係を築いていると言い難い。なかでも警備局(SP)ともなれば犬猿の仲だ。

 今や国民の安全はボディーガードが保証する時代。そのせいで警備局の威厳は無くなり、ボディーガードを邪魔者扱いしている。

 反対にボディーガードは警備局の人間を、形式ばっただけの役立たずだと嫌っている。

 彼がこの家を " 敵地 " と言ったのには、そんな理由があるのだった。

「ケンカ、売りに来たんなら相手するけど?」

「待って!ハルトくん、違うの」

 ますます喧嘩腰のハルトをミレイが止めにはいる。

「……何がだよ」

「この人は、わたしのお父さんで…──」

 ハルトは誤解している。

 ミレイは慌てて、石頭白ジンが自分の父親であることを伝えた。

「…!? 父親…?」

 それを聞いたハルトも、ミレイと同じような反応だった。

 ジンに顔を向けた後、ミレイと彼を交互に見比べる。

「へぇ……?」

「…っ」

「女の癖にこの学園を選ぶとは、変なヤツだと思ってたけどよ。ただの世間知らずなお嬢さんの、暇潰しだったってわけか?」

「え…!?」

「自分が警備局長の娘ってこと、隠してたのかよ」

「違う!わたしも、知らなかったの。たった今 聞かされたばかりよ」

「本当かよ」

「そうよ!」

 ハルトに皮肉を言われて、何故か罪悪感に似たものをミレイは覚えた。

 …というより、心外だった。

 LGAに入学するために自分がしてきた努力は生半可なものじゃない。お金も、時間も後ろ楯もない、そんな中で努力してきたのだから。

「彼女の言う通りだ」

 ジンはハルトに顔を向けた。

「私の妻──アンナが、彼女を連れて消息をたって以来、一度も会っていなかった。…だが」

 そして、嫌悪を含んだ目で彼を見る。

「──…彼女がこの学園に入学した事、さらにはヒデアキの家に住まわされている事実を知って、飛んできたのだよ」

「……」

「こんな所に、たったひとりの娘を預ける訳にいかないからね」

「こんなトコロで悪かったな」

 凶暴な野犬でも見るような

 そんな表情でジンはハルトに語りかける。

 そして、これ以上ハルトと話すのも時間の無駄と考えた。

「この家を出て私の所に来なさい。ミレイさん」

「でも…!!」

 ジンは彼女を " ミレイさん " と呼ぶ。娘だからといって、急に馴れ馴れしくはしないらしい。

 ミレイの方は彼にどう接するべきかわからず、丁寧な言葉遣いで話し出した。

「わたしはLGAに通っています。卒業するまで、この学園から出るわけには…──」

「何のために?ガードマンになるためかね?」

「…っ、そうです」 

 ミレイもすぐに受け入れられる事ではない。

 今の彼女の生活はLGA( ココ )が全てなのだ。ここから出るという事は、その全てを捨ててしまうという事だ。

「わたしはまだ、ここにいます」

 それに…ここを離れたくない理由は、他にもある。

 けれどその理由を彼に話すわけにはいかないから、それについては口を閉ざした。

「母のような人になりたいんです。それがわたしの夢で…─そのために、たくさん努力もしてきたし」

「……」

「…だから、ごめんなさい」

「──…だが、アンナは殺されてしまった」

「……!!」

 LGAを出たくないというミレイの話を父親は静かな声でさえぎった。 

「アンナは任務中に殺されてしまったではないか」

「それは…そう、だけど…!」

「ガードマンは常に、死と隣り合わせだ。そんな世界に娘を差し出す真似はできない」

 たとえそれが、娘の夢を阻む行為でも──

 そう付け加えた彼が、ミレイの腕を掴もうと手を伸ばした。

「それが父親というものなのだよ」

「待って…っ、待ってください」

「来なさい、ミレイさん」

 彼女を連れて帰ろうとするジンに…──

 一番に早く反抗したのは、横で見ていたハルトだった。


 ハルトは無言で、ジンに掴みかかろうとする。


「…ッッ!──‥カ‥ハ‥っ‥‥!!」


 しかし掴みかかろうと前に出た瞬間を両側のガードマンに見切られ、僅かに動いたところで腹に一撃を喰らわされた。

 ハルトと言えども、大人の男三人が相手ではが悪い。

 彼は三人がかりで床に押さえ付けられた。

「ハルトくん!?」

「‥ッ‥勝手なコトしてんじゃねえ!」

 押さえつけられたままハルトはジンに向けて怒鳴った。

「乱暴な事はしないで!」

「こちらも好きでするわけではない」

 ジンは捕らえられたハルトを見下ろし、冷たく溜め息をつく。

「手が早いのは君の方だ。さすが奴の息子だな」

「……っ」

 何か言い返そうとしたハルトだが、叫ばないように口も塞がれた。

「では、行こうか」

「…わたし…っ…行きません!」

「……ハァ」

 ハルトが動けない間に帰ろうとするジンだが、ミレイは首を縦に振らない。

 強情さは母親ゆずりか……。

 それを納得しながらも、ジンは彼女を連れ帰るために手段を選ばなかった。

「君が嫌がったとしても、親権は私にあるのだよ。法律的な手続きをふめば……無理やりにでもできるのだから」

「…そんな…!!」

「だが、それはしたくない。君の意思で来てくれないと悲しいだろう?だから我が儘はやめなさい」

 優しい声でミレイを諭す。

「でも…っ、…でもまだ、ここにいたい…!」

 それでも言うことを聞かない彼女に、やれやれと首を振ると、ひとりで応接室を出ていった。


「急すぎたのは、悪かったね」

 玄関側から、ミレイに振り返る。

「君にも準備があるだろうから、今日は一旦、帰らせてもらうとしよう。明日の昼刻に迎えの人間を送るから、どうか大人しく来てほしい」

「明日に…?」

「──…父を恨んでくれて構わない。大事な家族を守るためだ」

 背を向けた彼が玄関で靴を手に取ると、外で待機していた数人の男が入って来た。

 ハルトを取り押さえていた男達も手を離し、ジンの後に続く。

 ミレイの返事を聞かないまま、彼等は東城家を去り、真夜中の学園へと消えていった。





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