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血の因果
しおりを挟む銃口を向けられた状態でヒデアキが話す。
「私を撃てば、訣別できると思っているのか…」
そんな幻想にすがっている息子を、哀れむような父の眼差し。
「そんな筈がないだろう?カルロよ」
「……」
「私を殺したとて何も変わらない。お前がどれだけ逃げようと、血は、争えないのだからな……」
血は争えない──
それを聞いたミレイは、なんて残酷な言葉だろうと感じた。
それならカルロが何をしようと、彼は決して救われないじゃないか。
カルロの抱える苦しみが、血の因果であるならば……
彼は決して、逃れることができないじゃないか。
“ カルロさんは……こんなに苦しんでる ”
自分が父親と似ている事に苦しんで
同じ過ちをするのではと怯えている──。
「…カルロさん」
そんな彼がいたたまれなく、銃を構えるその横顔を見ただけで、また涙が溢れた。
「撃っては駄目…!!」
「あんたは黙ってなよ」
「撃たないでください!」
引き金をひく寸前のカルロに、大きく叫んで懇願した。
耳障りで仕方がないだろう……そう自分でもわかるほどの音量と、不細工な音程で。
本当は抱き付いて止めたい。
けれどこの状況で、こんなに苦しんでいる彼をさらに追い詰めたくはなかったのだ。
「…っ」
だからミレイは足を動かし
カルロとヒデアキを結ぶ直線上──銃弾の通り道に、自身の身を置いた。
「こんな時まで、お人好しの押し売りか…!?」
「……」
「……どきなよ」
「…っ…嫌、です」
カルロの苛立ちが伝わり、怖くないと言えば嘘になる。
ミレイは彼に背を向けて、ヒデアキに向かって話し始めた。
「警察に……っ、連絡します」
声がなるべく震えないように、深く呼吸をして。
「あなたを逮捕してもらいます……!! 14年前の罪を認め、あなたは、自首をしてください」
「……君は……それでいいのかい?」
枢木アンナを殺した罪を認めても
法にのっとれば、死罪にはならない。
それを知っているヒデアキは、ミレイの意思を賢い選択だと思わない。
「フ……、なるほど」
それでもヒデアキは納得できた。
もしアンナがここにいたならば……同じ選択をしただろうとわかるからだ。
やはり目の前の少女はアンナの娘なのだ。
だが……
「……申し訳ないが……ミレイさん」
「……っ」
「私がそれを受け入れるとでも?」
「自分の罪すらも認めない気ですか…!?」
「……そうは言っていない。
私は君に謝罪をするべきだ。そしてここで息子に殺されようと文句は言えない。……だがね」
彼はやすやすと捕まるわけにいかない。
「君にもわかるだろう。今やボディーガード連盟は警察と並ぶ影響力を持っている……が、故に敵対視されている立場だ」
そして東城ヒデアキは、ボディーガード連盟の幹部であり、国内最高峰のガードマン育成校の理事長でもある。
「こんな狂った私でも背負う物は大きいのだよ」
そんな彼が警察に捕まるとなると、その後の混乱は──言うまでもない。
「警察に出頭はできない」
「そんな…!!」
「君が秘密裏に通報すると言うなら、私はそれを……黙認しない。防ぐ手段はいくらでもある」
「確かにこの学園は生徒が外部と連絡をとれないようになっています!でもっ…他の教官に協力してもらえば通報くらいできます」
「では私は君を監禁しなければならなくなるな?」
「…!?」
すまないね、と、付け加え
ヒデアキはそこを退くようにミレイに微笑んだ。
彼女が退けないとカルロの銃が当たってしまう。
依然として銃を下ろさないカルロは、いつ引き金を引いてもおかしくない状況なのだ。
そんな緊迫した部屋の中──
「──…なら僕は、彼女を手助けするよ」
何の前触れもなく声をあげた " 彼 " は
優雅に扉をノックして、三人の前に現れた。
彼は兄の横を通りすぎてミレイの後ろまで来ると、彼女の肩を抱いて、銃弾の道筋から退けさせる。
「スミヤさん……!」
「あー…、また泣かされたんだね。可哀想に」
ミレイの顔を覗きこんで溜め息をひとつ。
すぐにヒデアキに顔を戻して、いつもの笑顔で紳士的にふるまった。
「お久しぶりですね、父さん」
「……ああ、そうだな」
「相変わらずお元気そうで何よりです」
「…フ、それは何の嫌みかね? スミヤ」
「嫌みに聞こえますか?……なら、そろそろ本題に」
他人行儀な挨拶をこなした後、スミヤは冗談なのか本気なのかわからない口調で話し出す。
「世界各国を飛び回り、あらゆる場所に赴くあなたの事だ。そろそろ……牢屋の中まで潜入するのも悪くないのではという提案ですよ」
「……」
「なんなら脱走でもして、警察の鼻をくじくというのも一興ですね。いかがですか?」
「まさか私に歯向かうと言うのか?」
「銀バッジを持つ僕たちは簡単に外部と繋がれる」
「……本気なのか?」
悪ふざけとしか思えない息子の態度に、ヒデアキは初めて顔をしかめた。
「もちろん、本気──…ですよ」
そう答えた一瞬だけ、スミヤの顔は真剣だった。
「僕はあまりこの国の未来に興味がない。ボディーガード連盟の立場なんて……どうとでもなれだ。だから冗談を言うメリットもないですし」
「そう か」
「絶賛反抗期中のハルトも、どうやらミレイにお熱みたいで……。僕と同じ選択をすると思います」
そこまで言ってスミヤは兄の方へ振り向く。
「……後は、兄さんの了承さえあれば」
「──…」
「父さんを警察に引き渡す。彼女のために協力してほしい」
カルロとスミヤの視線が合わさり、数秒の沈黙が流れる。
「……勝手に、しろ」
「ありがとう」
そして折れたカルロは銃を下ろし、安全装置を元に戻してベルトに直した。
「……!!」
ミレイが口をはさむ暇もない。
「──…と、言うわけだよ父さん」
「まさかお前が……とはな」
「…どういう訳かね」
落ち着きはらった二人の会話は、大物の幕引きの瞬間として似つかわしい──。
その手で幕を引くのは、実の息子達だ。
「これは予想以上に……」
ヒデアキは苦く笑いながら顔を下げて、床の絨毯に視線を移した。
そして歩き出す。
「いつの間にか成長していた息子が、ひとりの人間として振る舞う様は…──頼もしくもあり、予想以上に寂しいものだな」
「……老けたね、父さん」
「どうやらそのようだ」
彼はスミヤとカルロの間を縫うように進み、部屋の出口に立つ。
振り返った彼が最後に見たのは、ミレイだった。
「彼女は熱を出しているようだから、薬を運んであげなさい」
.......
全ての元凶であるこの男は、それを命じて部屋を去る。
スミヤもあっさりと部屋を出ていき……そして
しばらくそこにいたカルロも、ミレイだけを残して立ち去った。
出ていく時に、部屋の扉を閉めるのを忘れずに──。
───……
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