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歪んだ愛

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.....



「──…目が覚めたかい?」

「……」


 気付けばそこは自分の部屋。

 布団をかけられ、ベッドの上──。


「スミヤさん…っ」

「おはよう」

 薄レモン色のレースカーテンを背景に、ベッドの横に座っていたのは次男のスミヤ。

 外出着でないスミヤは、亜麻色アマイロの和服を着た姿で、手には果物を持っていた。

 どうして彼が自分の部屋に…?

 疑問に思いつつ枕元の時計を見ると、もうお昼過ぎだった。 

「あっ!学校が…」

「今日はお休みでいいんじゃない?」

 起きたばかりで重たかった瞼も一瞬で開く。

「そういう訳にはいかな…──!? きゃあ!」

 まさに飛び跳ねるように起きたミレイだったが、自分の格好を認識して慌てて布団に戻った。

 下半身は丸裸。

 というよりブラも付けていないので、身に付けているのは薄紫のシャツが一枚だけ。

「……なんで僕を睨むの」

 布団を胸までたくしあげて非難めいた目を向けるミレイに、スミヤは不服そうに溜め息をついた。

「君をここまで運んだのは僕なのに」

「運んだ…?」

「覚えていないのかい?君はあのまま気を失っていたんだよ。…二人に責められてね」

「──…//」

 瞬間的に、昨夜の記憶が彼女の中に舞い戻った。

 淫らで滅茶苦茶な、縁側の夜──。

「…っ…スミヤさんは、見てたん、ですか?」

「まぁ途中からだけれど」

「そんな…っ」

「──…今さら恥じらうの?」

 廊下を歩いていたスミヤが、障子の向こうの異変に気付くのは簡単だった。

 複数でするのは彼のシュミでなかったから、交ざらずに見ていただけ。

“ 今さら… ”

「わたし……あの時、は」

「…フフ、いいんじゃない?欲望に忠実な君はとても綺麗だったよ」

「……っ」

 ミレイは俯いて黙ってしまった。

 スミヤは棚に置いた皿の上のナイフを取って、果物の皮を剥いていく。

「ちょうど果物を切っていたところなんだ」

 皮を剥き終わり、ひとくちサイズに切り分けたそれを皿に盛る。

 ひとつにフォークを突き刺して彼女に差し出した。

「お食べ」

「…ッ…いいです。食欲がないから」

 ミレイは食べるのを断った。

 どういうわけか、食欲がないのは本当だった。


“ あれ…?わたしって、まさか ”


「……?」

「自覚ないの?微熱だよ」

「え…っ…熱?」

 スミヤに言われて自らの額に触れてみるけれど、自分では熱いのかどうかわからない。

 でも確かに、頭がボーッとしているような……。どことなく全身の怠さも感じる。

「昨夜の風は冷たかったからね。裸の君には毒だったわけだ」

「……//」

「いいからお食べよ。何か口にいれないと治るものも治らない」

 目の前まで押し付けるように差し出されて、断りきれないミレイはしぶしぶ果物を口にした。

シャク...

「美味しい?」

「は い…」

「──そう」

 こうしていると本当に、スミヤは優しい彼氏のようだった。

 食欲がないであろうことを先読みして、果物を用意するところも抜け目ない。

 でも……

「あの…っ。こんな事してもらっても、わたしはスミヤさんを好きになったりしませんよ…!?」

 この姿は真の彼じゃない。

 これは周りを騙すための仮の皮──。この果物と同じようにひと皮剥いてしまえば、狂気さえ感じる彼の本性が隠れている。

 それを、ミレイは知っているから。

「だからわざわざ看病してくれなくても」

「──…フ、フフッ…。好きになるって?いつ誰が、君にそんなことを頼んだのかな」

 はっきりと断りをいれた彼女に対して

 スミヤは余裕のある笑みを浮かべて、次のひとつにフォークを刺しながら言葉を返した。

「僕が欲しいのは《愛》だけだよ。
 ──…好き、だなんて甘酸っぱいのはお断り」

 甘酸っぱい…

 まるでこの果物のような味

「僕に執着する人間が欲しい。僕への熱に浮かされて……夢中になる人間が……」

「……っ」

「なるべく、沢山ね」

「何故、ですか……!?」

 ほら、彼の目の色が変わった

 彼の本性が……ちらついている

「……君はそうやって怯える時、とても良い表情をしてくれるよね。そういうところも可愛いよ」

 この瞬間

 彼は、ミレイというひとりの女を支配している。

 ミレイの目には彼だけが映っていて……

 あとは……

 彼のこと " だけ " を思って、その思考をいっぱいに支配できれば……


「──…」


「…っ…スミヤさん?」


「どうやら今は……無理そうだね」


 しかしスミヤは、それをあっさりと諦めた。


「だって今の君の中には、兄さんがいるから」


 これでは愛と呼べない。

 僕だけに夢中にならないと、愛とは呼べない。


「僕はちゃんと、君に愛をあげるからさ。──ね、君も僕に、愛をちょうだい……」


「……」


“ なんだろう、この違和感── ”


 僕を愛してというスミヤから愛情を感じない。

 彼はミレイを愛していない。

 むしろ見下している。

 なのに…どうして彼は「愛して」と言うのだろう?


「……スミヤさんは、今まで何人の人に、同じことを言ってきたんですか」

「……数えきれない」

「軽蔑、します…!」

「それは残念だ」

 ふたきれ目の果実をなかなか食べようとしないミレイ。

 スミヤは棚に皿を置くと、ベッドに片手をのせて身を乗り出した。

「大概の人間は、一度 抱いてあげれば僕の虜になったのにね。君は変わっているよ」

「…!!」

 ミレイは警戒して身を引いた。

 自分は今、裸も同然なのだから。

 しかしその心配は杞憂なようだ。

「顔をこわばらせてどうしたの?そんなに警戒しなくても、今の君を抱く気はないさ」

 スミヤはミレイの髪を撫でながら、身体を丸めて怯える彼女を可笑しそうに笑った。


「抱いている最中に……もし君が、間違って兄さんの名前でも呟こうものなら…──」


...フフ


「怒りにまかせて、君を殺してしまいそうだし?」


 ミレイの顔がさらにこわばる。

 髪を撫でている彼の手の体温が、ありえないほど冷たく感じた。




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