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気になる人
しおりを挟むところ変わって
LGA学園のいつもの学生食堂で、ミレイは落ち着かない時間を過ごしていた。
「また、上の空じゃん」
「久保山くん…っ」
そんな彼女を朝から心配していたナツは、とうとう声をかけてみる事にした。
いつもはきちんと定食を食べているミレイが、夕食だと言うのに今日はサンドイッチひとつ。
「食欲もないわけ?」
「……しかたないの。だってニュースを見ても、昨日から事件に進展がないみたいだし」
「DK-mind社の事か……。確かに外じゃあ大騒ぎになってるよな」
昨夜から、現場の緊迫した状況がリアルタイムで報道されている。
しかし依然として、中に残された人達の救出はできていないままだ。
殺害予告は別に珍しいことでもないがDK-mind社のケースはかなり特殊だった。
「対テロ用に作られたご自慢の防御システムが、逆に利用されるなんてさ……。中からコンピューターを操作しない限り、安全には開けられないよな」
「久保山くんも詳しいのね」
「あそこの社長の警護はLGAが担当してんだろ?それはやっぱり気になる!」
「実は…──」
事件の深刻さを知っているナツを前にして、ミレイの口が無意識に開いた。
「……実は、カルロさんがあの中に」
「カルロ…?って、東城カルロ?」
「そう」
心配で仕方がない。
ニュースによれば、あのビルには爆破がしかけられているという情報すらある。
中の様子も知ることができない。
そもそも学園の外に出られない彼女にとっては、遠い異国で起こった事件にも変わりないのだ。
情報が少なすぎる──。
“ もっとわたしに実力があれば助けに行けたかもしれないのに ”
この閉ざされた敷地の中で、ただ待つことしかできないなんて……。
「枢木さん……」
テーブルに両手をのせてじっとしたまま、夕食のサンドイッチにも手をつけないミレイ。
「思った通りだったなー」
そんな彼女に向かって、隣のナツは苦く笑いながら呟くのだった。
「……思った通り?」
「枢木さんが悩んでる時って、東城三兄弟が関係してることが多いからさ」
「ええ…ッ?そう、かな」
「朝の授業からずっと、心ここに在らず、って状態だったし?なんか予想はついてたんだよね」
「す……すごいね、久保山くん」
それはナツが凄いのではなくて、ミレイがあまりにわかりやすいのかもしれない。
「東城カルロとは仲が良いのか?」
「別にそういうわけじゃあ…っ」
むしろ、彼女はカルロに避けられてる。
「でも心配なんだ?」
「うん、だって……」
だって、カルロさんは
「──…?」
次の言葉を探しながら、ミレイは自分に疑問を抱いた。
だってカルロさんは……恩人だから
だから、こんなに心配なの?
こんなに彼のことが気になって仕方がないの?
でもそれだけでは、無い気がする……。
「なんかさ」
言葉につまったミレイの横顔を見つめながら、ナツはしみじみと思い知った。
「恋人みたいだよな、枢木さん」
そして思わず、口走っていた──。
《 恋人 》
片耳から飛び込んできたその言葉は、一度周りの空気に混じりあって、呼吸と一緒に頭の中にようやく入ってきた……それくらいに
ミレイにとって、予想だにしない言葉だった。
「…ッ…ぇ」
「恋人の帰りを待ってる顔だよなー…って、思ったんだけど」
「そんな…っ…そんなんじゃないよ!」
ガタッ!
立ち上がる一歩手前。
動揺しすぎた彼女の、座っている椅子が大きな音をたてる。
「カルロさんとはそんな関係じゃないよ……!!」
「うっそ、俺の勘違い?」
「勘違いよ!もう…っ…//」
怒っているふうなミレイだが、顔をこちらに向けてはくれない。
赤くなった彼女の横顔を見ながら、ナツはいたずら心をくすぐられた。
「それなら片想いとか」
「……!!」
「図星?」
「……違うわ」
小動物みたく あわあわしていたミレイが、彼の一言で今度は大人しくなった。
“ やっぱ図星じゃんか…… ”
その反応に、ナツは若干、ジェラシーではある。
“ 俺だって…っ ”
ジェラシーついでに悔しさに埋もれるナツ。
自分だって、そこそこ優しく彼女に接してきたつもりなのに。
高校まではそれで簡単に女の子はおちてた。
だがこの場所──LGAには、自分など足元にもおよばないスペックの高い男達がいたというわけ。
「あのさ…っ、枢木さん」
ナツは腹をくくってみた。
東城三兄弟に比べれば、自分なんてそこそこイケメンなチワワだろう。(あっちはシェパードとドーベルマン)
それなら、チワワの男気を見せて積極的にアピールしていかないと勝負にならない……!
「なに…?」
「この際だから言っちゃうけどさ、……俺」
ポンッ
「──…邪魔するよ、悪いねナツくん」
「…ぁ…スミヤ、さん」
「えーーっ」
チワワが男気を見せようと意気込んだその直後
背後から彼の肩に手を置いてきたのは、色気たっぷりのダルメシアンだった。
何故かドーベルマンと兄弟な彼である。雰囲気こそ兄と違うもののハイスペックなのに変わりない。
「ななな…なんすかっ…」
「とくに用はないけれどね」
ナツは一瞬で顔をひきつらせ、そして反射的に身を引いた。
椅子から立ち上がり、現れたスミヤと距離をとる。
「久保山くん?大丈夫?なんだか様子が…!?」
「…だッ…いじょうぶに決まって──」
その反応の速さといったら、ミレイが心配するほどだ。
そういえばナツは、自室にミレイを保護したあの日を境に、スミヤの話題になるだけで途端にびくびくしている……。
やっぱりスミヤに何かされたのでは……
そう思って聞いてみても、ナツは何もなかったと言い張るのだ。
“ 苦手…なのかなッ? ”
この二人の間にいったい何が?
怯えているように見えるナツ。
ミレイは彼を庇うために、代わりにスミヤに話しかけた。
「あの……どうか、しましたか?」
「君に会いに来ただけと言ったら?」
スミヤは椅子の背もたれに手を置くと、顔を近付けてミレイに迫る。
“ 顔…っ 近い! ”
ミレイは椅子を引いて立ち上がりそうになった。しかし──背もたれに置かれた手がそれを防ぐ。
困惑した表情の彼女に、スミヤは紳士的な笑みを浮かべた。
「……ナツくん」
「は、はい!」
ミレイに目を向けたままで、ナツの名を呼ぶ。
それだけでナツは飛び上がりそうなほどに怯えていた。
「喉が渇いたんだ。申し訳ないんだけれど飲み物を調達してきてもらえないかい?」
「の……飲み物っすか……!? お茶ですか?それともっ珈琲とかが……」
「君にまかせようかな」
スミヤは依然として、ミレイから視線をそらさない。
「僕好みの飲み物を、期待してるよ」
「じ、じゃあ……!しっかり悩んできます……!!」
「──…うん、しっかりね」
ナツはこの時、覚悟した。
スミヤの好みでちゃんと選ばないと、また押し倒されるかもしれない。
「行ってきます!」
一目散に食堂から出ていった彼は、自販機の前で長々と悩み続けることになるのだろう──。
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