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無償の愛

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 立ち向かっている……

 いったい、何に?


《 俺が勝手に覚えている。
 ……ナメられないために 》


 いったい誰に……?


「──…」

 きっと彼の周りには彼を認めてくれる人がいなくて

 でも彼にできることは、実力をつけることしかなくて。

「……なんて顔してんだ」

 静かに口を閉ざしたミレイを、ハルトが横目で見やる。

 彼女の真剣な表情を小バカにしつつ、手元の辞書を開いた。

「先に言っとくが、同情だけはするなよ」

 彼は知らない単語を調べて、ノートに記していく。

「俺にとって、同情は最大の侮辱だからな」

「同情……じゃないけど」

「……」

「ただ、寂しかったんだなって、思って…──」

 実力主義のLGAでは、ハルトに逆らう生徒はほとんどいない。

 愛人の息子だろうが関係ない。皆が、ハルトを認めているのだ。

 でも

 一番近くで支えてくれる筈の家族が、彼にはずっといなかったんだ。

 母親も、兄弟も。

「──…わたしと似てるなって、思って」

 お母さんが死んでしまってから……わたしだって寂しかった。

 目標をつくって、それに向かって努力する日々。

 評価してくれる人だっていたし、そのたびに嬉しかった。


 それでも……結局
 わたし達は寂しかったんだ──。


 ふと、ミレイの頭に浮かんだのは

 彼はもしかすると……天才ではなくて、秀才なんじゃないのかって。

 でもそれを言うと彼は怒ると知っているからミレイは口に出さなかった。だから──

「カルロさんもスミヤさんも、お母さんが違うからってハルトくんを軽視するような人じゃない気がする……。たぶん。わたしの想像だけど」

 誤魔化したみたいになったかもしれないけれど、変わりにそんな言葉をかけた。

「──…」

 ハルトはそれについて、彼女に何も返してこなかった。

 先程まで機嫌よく笑っていたハルトは、今だって怒っている様子はない。

 ただ、ミレイの言葉に嫌味を返さないところを見るに、そんな余裕がないように思える。

「…あと、一年だ」

「……?」

「一年後に俺は銃の所持を容認される。そして依頼を引き受けて " 外 " に出る…──」

「外に出て何かしたいことが?」

「別に、ないけどな」

「ふぅん」

 ハルトとのやり取りを続ける内に、この広いリビングルームが何故か窮屈に感じてきた。

 その理由は、この部屋に窓がないからだと……ミレイはこの時、気付かない。

 彼に必要なのは、きっと母親のような愛なのだ。

 実力も才能も関係ない無償の愛──。

 だが彼には母親との記憶がない。

 そんな愛……、知るすべもないのだ。

「さっさと専属ガードマンの契約を勝ち取って、この学園から飛び出してやる」

「ふぅん」

「ふ~ん…ってお前さっきから…!! 上の空で聞いてんじゃねぇ!」

「ちゃんと聞いてるよ?」

「……チッ」

 なんにせよ

 ハルトが胸の内を話してくれたことは、ミレイにとって嬉しくないわけではない。

 何がきっかけだったのかは……知らないけれど。




.......



─ピピッ



「今、音が……?」

「テレビだ」

 だしぬけに耳に届いた電子音。

 ミレイが顔を上げて部屋の様子をうかがうと、何も操作していないテレビが突然動き出した。

 画面が明るくなり、映像をそこに映し出す。

“ いきなり点くからビックリした…っ ”

「どうしたのかな…、これ、ニュース?」

「映像が送られてきた。リアルタイムの事件……か」

 映し出されたのはニュース番組だった。記者の声が何かの実況を伝えている。

 そこには立派なガラス張りのオフィスビルと、下に集まる警察と野次馬の面々。

 ハルトもミレイも記者の声に耳を傾けた。


──


「株式会社 DK-mind の本社ビルに来ています。

 ご覧のように、警察による市民と社員の避難が行われていますが……いぜん、ビル内部の様子は不明のままです。

 ──…はい、あ!ただいま、情報が入りました!

 ビルにはまだ、〇〇取締役会長をはじめとした数人の社員が閉じ込められているようです。

 怪我人はいないもよう──

 しかし、脱出は不可能かと思われます。

 警察も強行突破を考えているようですが……社員の安否を優先させるため……」



──


「どこのビル?すごい騒ぎ…っ」

 記者の話を聞きながら、ミレイはテレビ画面に注目していた。

「DK-mind…──金融系のベンチャー企業か。会長の名前にも聞き覚えがある」

 ハルトも彼女と同じく、その事件に関心を示した。

 彼には企業の名に覚えがあったからだ。その会長の名前にも。

「……ああ、なるほどな」

「何か知ってるの?」

「あのビルの中…──、カルロがいる筈だ」

「カルロさんが!?」

 どうしてそんな事になっているんだろう

 ミレイは意味がわからなかったが、ハルトがニヤリと浮かべた黒い笑みに、嫌な予感しかしなかった。

「カルロさんが中にいるってどういう意味?」

「ビルの中に閉じ込められてる会長様は、殺害予告を受けてたらしいぜ?」

 ハルトはペンを指で回し始めた。

 その態度たるや……会話内容の深刻さに、てんで合っていない。

「……ンで、命ほしさにボディーガードをLGAに依頼したわけだ。──で」

「で……?」

「その依頼、カルロが担当ってわけ」

「それって……!!」

 ミレイは再び画面を見る。

 オフィスビルのエントランスには何故かシャッターが下りており、出入り口が見当たらない。

 逃がされた社員達は混乱し、警官は野次馬を道の外に押し出していた。

“ あの中にいるってこと…!? ”

 テレビの向こうの混乱が彼女にまで伝染する。

 ニュースはその後もしばらく続き、……だが、新しい情報は結局入ってこなかった。






───…




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