19 / 105
紅茶の時間
しおりを挟む
そしてスミヤに連れられて、彼女は東城家のダイニングに来た。
「そこに座って。今紅茶を淹れてあげよう」
昨日、ちらりと中を見たが、相変わらず変わった雰囲気のダイニングだった。
畳の上にテーブルや椅子が並び、食器棚の横にはティーセットまである。
ミレイの部屋とは違う落ち着いた照明だ。
けれど今の彼女にはそんな事を考える余裕などなくて、うながされるままに椅子に座って俯いている。
紅茶を淹れるスミヤも何も喋らなかったので、その間──ひとときの沈黙が流れた。
き、気まずい…
でもスミヤさんはもっと気まずい筈よ
だって弟のあんな現場に立ち会わせてしまったんだから……
「…あの!」
「すまなかったね」
黙るのも一緒なら、話し出すのも二人は同時だった。
「…っ どうしてスミヤさんが謝るんですか?」
「──…だって驚かせただろう?これからはリビングでは控えるようにハルトには注意しておくよ」
「‥‥‥。えーと」
あ、なるほど。
どうやらあの光景は、東城家では非日常ではないらしい。
「ちょうど帰ってきた時に君を見かけてね。ずいぶん見入っていたから声をかけるか迷ったけれど」
「……み// ……見入ってましたか?どれくらい……?」
「僕が来てから5分40秒かな」
そんな正確な時間までミレイは求めていなかったのだが、スミヤは律儀に教えてくれる。
「ハルトも君が見ていることに気付いていたし、そろそろ危ないかなーと思って」
「……あ……ありがとうございます……」
こっそり覗いていた筈なのに二人の兄弟には筒抜けだったようだ。
真っ昼間からリビングで女の人と……。
とがめるべきはハルトの方なのに、それを目撃したミレイが罪悪感を覚えてしまう。
コトン...
「飲みなよ」
そんな彼女の前にスミヤは二人分の紅茶を置いた。
「僕の好きな紅茶なんだ。原産地から直接仕入れているから、市販の物とは香りが違う」
「……たしかにいい匂い」
まだコップを近づけてもいないのに、とびきり上品な香りが紅茶から届いた。
スッと口許に運ぶと、何かに似た…
紅茶らしからぬ香りが…
「何だろう……これ、バラみたいな……」
「よく気付いたね」
奥の台所に向かったスミヤは、ミレイの呟きに嬉しそうに返した。
「薔薇や蘭に似た芳香がするだろう?これはキームンという紅茶で、《 東洋の神秘 》を思わせる香りが特徴なんだ」
それに彼女が気付いたのが嬉しいようだ。
「ちょうど香りの強い時期だからね」
「飲んでいいですか?」
「もちろんだよ」
スミヤに了解を得てからミレイは紅茶を一口。
敢えてだろうか、紅茶は少し冷ましてあった。
ゴクっ
「美味しい……!」
特徴的なその香りが鼻に抜けた。
「僕は新茶を仕入れて、それを少しずつ熟成させながら飲む。キームンは熟成すると味わいに深みが増していくから……その違いが楽しいよ」
台所の冷蔵庫から、スミヤはチョコレートを皿に移して持ってきた。
「お勧めのマリアージュはチョコレートだ。あ、あとチーズケーキもよく合うかな」
“ マリアージュってなんだろ ”
紅茶をたしなむような事をしてこなかったミレイは、彼の言うことがよくわからない。わからないからこそ感心してしまう。
優雅だなぁ……
こんなふうにこだわりを持って……
「あの……スミヤさんっておいくつですか?」
「僕?──22歳だよ。もしかして老けて見える?」
「そっ…そんなわけじゃ…っ」
皿にのった生のチョコレートをナイフで切り分け、彼女の向かいに腰を下ろしたスミヤ。
老けては見えないが、大人びて見える。
“ あのハルトと兄弟なのも驚き ”
自分と比べてもずっと落ち着いているが、あの我が儘で身勝手なハルトと比べたら一目瞭然。
「……ただ、優雅だなぁって思ってしまって」
「クスッ……ありがとう」
カップを口に運ぶスミヤ。
外から帰ったばかりだと言う彼は、朝とは違い和装ではない。
春物のジャケットの──その衿元には、翼を模した銀色のバッジが光っていた。
「そこに座って。今紅茶を淹れてあげよう」
昨日、ちらりと中を見たが、相変わらず変わった雰囲気のダイニングだった。
畳の上にテーブルや椅子が並び、食器棚の横にはティーセットまである。
ミレイの部屋とは違う落ち着いた照明だ。
けれど今の彼女にはそんな事を考える余裕などなくて、うながされるままに椅子に座って俯いている。
紅茶を淹れるスミヤも何も喋らなかったので、その間──ひとときの沈黙が流れた。
き、気まずい…
でもスミヤさんはもっと気まずい筈よ
だって弟のあんな現場に立ち会わせてしまったんだから……
「…あの!」
「すまなかったね」
黙るのも一緒なら、話し出すのも二人は同時だった。
「…っ どうしてスミヤさんが謝るんですか?」
「──…だって驚かせただろう?これからはリビングでは控えるようにハルトには注意しておくよ」
「‥‥‥。えーと」
あ、なるほど。
どうやらあの光景は、東城家では非日常ではないらしい。
「ちょうど帰ってきた時に君を見かけてね。ずいぶん見入っていたから声をかけるか迷ったけれど」
「……み// ……見入ってましたか?どれくらい……?」
「僕が来てから5分40秒かな」
そんな正確な時間までミレイは求めていなかったのだが、スミヤは律儀に教えてくれる。
「ハルトも君が見ていることに気付いていたし、そろそろ危ないかなーと思って」
「……あ……ありがとうございます……」
こっそり覗いていた筈なのに二人の兄弟には筒抜けだったようだ。
真っ昼間からリビングで女の人と……。
とがめるべきはハルトの方なのに、それを目撃したミレイが罪悪感を覚えてしまう。
コトン...
「飲みなよ」
そんな彼女の前にスミヤは二人分の紅茶を置いた。
「僕の好きな紅茶なんだ。原産地から直接仕入れているから、市販の物とは香りが違う」
「……たしかにいい匂い」
まだコップを近づけてもいないのに、とびきり上品な香りが紅茶から届いた。
スッと口許に運ぶと、何かに似た…
紅茶らしからぬ香りが…
「何だろう……これ、バラみたいな……」
「よく気付いたね」
奥の台所に向かったスミヤは、ミレイの呟きに嬉しそうに返した。
「薔薇や蘭に似た芳香がするだろう?これはキームンという紅茶で、《 東洋の神秘 》を思わせる香りが特徴なんだ」
それに彼女が気付いたのが嬉しいようだ。
「ちょうど香りの強い時期だからね」
「飲んでいいですか?」
「もちろんだよ」
スミヤに了解を得てからミレイは紅茶を一口。
敢えてだろうか、紅茶は少し冷ましてあった。
ゴクっ
「美味しい……!」
特徴的なその香りが鼻に抜けた。
「僕は新茶を仕入れて、それを少しずつ熟成させながら飲む。キームンは熟成すると味わいに深みが増していくから……その違いが楽しいよ」
台所の冷蔵庫から、スミヤはチョコレートを皿に移して持ってきた。
「お勧めのマリアージュはチョコレートだ。あ、あとチーズケーキもよく合うかな」
“ マリアージュってなんだろ ”
紅茶をたしなむような事をしてこなかったミレイは、彼の言うことがよくわからない。わからないからこそ感心してしまう。
優雅だなぁ……
こんなふうにこだわりを持って……
「あの……スミヤさんっておいくつですか?」
「僕?──22歳だよ。もしかして老けて見える?」
「そっ…そんなわけじゃ…っ」
皿にのった生のチョコレートをナイフで切り分け、彼女の向かいに腰を下ろしたスミヤ。
老けては見えないが、大人びて見える。
“ あのハルトと兄弟なのも驚き ”
自分と比べてもずっと落ち着いているが、あの我が儘で身勝手なハルトと比べたら一目瞭然。
「……ただ、優雅だなぁって思ってしまって」
「クスッ……ありがとう」
カップを口に運ぶスミヤ。
外から帰ったばかりだと言う彼は、朝とは違い和装ではない。
春物のジャケットの──その衿元には、翼を模した銀色のバッジが光っていた。
0
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説


【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる