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第二巻

リュウの執着

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 薄暗くなった空のもと、二人は無言で家に戻った。

 土間を横切り床に腰かけた焔来の後ろで、部屋に上がったリュウが自分の荷物をあさる。


「…どうする気なんだ」

「無論、村を出るよ」


 間を必要としない返事。当たり前の行動をリュウが告げた。


「鬼狩りの話は本当なのか?」

「確かな情報だよ」

「明治セイフってのは…そいつらの狙いは何なんだ」


 正直なところ焔来は国の情勢について無知である。

 幕府、維新、攘夷、明治政府……

 国の内情にここまで詳しいのはこの村でリュウくらいだろう。


「別に誰でもいいんだと思うよ? 軍事力と統率力を見せ付けるための、見せしめができるなら」

「見せしめだと…?」

「政府は幕府を転覆させ、年号も変えた。新しい時代の到来を…地方の百姓たちにまで知らしめなきゃいけないからね。鬼狩りはそれにもってこいだ」

「……」

「…また、泣くの?」

「泣かねぇよ」


 焔来はもう泣かない。

 だが新しい政府のすることは酷く非情理だと感じる。

 憤り、口を閉ざす焔来に対して…

 …リュウはやはり淡々としていた。


「焔来も急いで荷造りして。村の人間が眠ったら、今夜中に逃げるんだから」


 達観した性格の彼は、現実をすんなりと受け入れ、生き残るための行動を起こしている。

 リュウは家財の裏に手を入れて、そこから一本の刀を取り出した。

 黒い鞘に収まった長いそれを、腰に差す。


「まだ持ってたんだな、それ」


 焔来がその刀を見たのは実に五年ぶり。


「必要になるかもしれないだろう?」

「そうだけど」


 橋で倒れていたリュウが身に付けていた。その刀こそリュウがもともと武士の身分であったという証拠。

 幕府と政府の争いにやたらと詳しいのも、それが理由なのかもしれない。


「焔来は何を持っていくの? 米俵か押し麦? 栗?──…あ、それとも釜?」

「…っ…食いもんばっかかよ」

「釜は重いから勘弁してね」

「誰が持ってくか」


 手際のいいリュウにからかわれて、焔来も荷造りを始めてみる。

 だが改めて考えると何が必要なのかわからないものだ…。それにここにある物は全て、孤児である自分にチヨから与えられたもの。

 迷いながら家を見渡すと、釜戸の横には朝に炊いた米で作った握り飯があった。


「…これだけ…でいいか」

「やっぱり食べ物じゃないか」

「うるせぇ」


 握り飯の包みを風呂敷でくるみながら、焔来はリュウに聞いた。


「……なぁ、チヨ様にも内緒で行くのか?」

「……」


 リュウの動きが止まった。

 焔来は包みを置いて、陰鬱な表情を見せる。


「この何年間、チヨ様が俺たちに良くしてくれたのは事実だろ? なのに、こんな形で別れるなんて」

「…何がいけないのさ」

「…っ…そりゃあ、リュウがチヨ様のことを嫌ってんのは知ってる。でもそれとこれとじゃ話は違うとおも──…っ」

「──僕はチヨ様が嫌いなんじゃない」


 刀を身に付けたリュウが焔来の言葉を遮って振り向く。

 不思議だ…

 腰に刀があるだけで、普段にもましてリュウの姿勢が美しく映る。



「僕はチヨ様を嫌っているわけじゃない。
 ──…人間が、嫌いなだけだよ」



 あ、しまった


 焔来が失態に気付いた時には、もう手遅れらしい。

 土間に下りてきたリュウが瞬時に彼へと詰め寄り、腕を掴んで顔を寄せる。


「ああ…嫌いだよ。…人間なんて、さ…っ」

「リュ…」


 そしてリュウは唇を押し付けた。

 焔来の口を封じ…同時に舌を入れる。

 顎を引いた焔来を逃がさず身をのり出して、彼を台所に押し倒した。

 仰向けに押し倒された焔来は釜戸に乗り上げ、直角に近いくらいに腰が曲がる。


「ハァ、リュ…ウっ」


 口内に侵入したリュウに舌を絡められながら焔来は足掻いた。


「…ン…っ…ハァ…!」

「……っ」


 だが声は出せない。

 互いに舌と舌を擦りあい、きつく吸われる。


「…ん‥‥ふ、ッ─‥」


 長い接吻にひたる内に…焔来の肌は耳からうなじまで赤く染まっていった。

 これがもし、どこの誰ともわからぬ破落戸(ゴロツキ)相手だったなら、意地でも押し退けて突き返してやるところ…。

 しかしその相手がリュウだというのが、いけない。

 焔来は強く拒めない。リュウに口内を奪われることはどこか歪んだ歓喜を身の内に引き起こし、抵抗の力を奪ってしまう。


 ハァ…っ


「…好きだよ…──焔来」


 やっと唇を解放したリュウが耳許で囁く。

 そんなの…何度も何度も言われてきたんだ。

 今になって改めて言われなくてもわかってる。


「焔来は…っ…チヨ様が好きなのかい?」


 リュウの片手が下に伸びて

 焔来の着物の合わせを割った。


「あっ…そっちはっ!」

「焔来は僕よりも人間が好きなの?」

「やめっ…触るなっ」


 まだ勃ちきっていない男根をぎゅっと握られ、不意討ちのそれに焔来は短い悲鳴をあげた。

 反射的に起き上がろうとした上半身を、またもやリュウに押し返される。

 普段は穏やかで冷静なリュウなのに

 焔来のことで何かきっかけがあると、突然彼は熱情的になってしまう。


「うッ…アっ、やめっ…」

「どうして? 焔来…気持ち良さそう」


 首筋に舌を這わせながら、リュウは焔来の弱みを執拗に扱いた。

 焔来は呻き、四肢を強ばらせる。

 すぐに硬さは増していきリュウの手の内で膨れ始めた。


「ぁぁ…ッ‥ま、‥待てっ…リュ…」

「…っ…ほむ、ら…」

「…や…めろ…ぉ」


 焔来は興奮していく自身の身体をいさめながら、拒絶まではできないにしろリュウの肩を軽く押した。

 むくむくと膨れていく欲望を下腹部に感じ、焦燥の汗を滲ませる。


「……リュウっ‥違う、俺は別に‥‥!チヨ様のことが好きなわけじゃあ…‥‥ぁ‥‥‥ッッ」

「……」

「そーいう感情は、ない…本当っだ…!」

「なら誰が好きなの…!?」

「…ッ─ぅ…!」


 あやすように吐き出した言葉も、そう簡単にリュウを納得させるわけじゃない。

 先端の鈴口から滲んだ液を逃さず塗り込み、絶妙な強さで扱かれる。

 いよいよ否定できない昂りに翻弄されながら、焔来は眉を寄せ…喉の奥で唸った。

 リュウも同じく余裕のない表情で彼を追いつめていく。

 あまりに強い執着は、彼が言い逃れるのを許さなかった。


「僕は…焔来が好き。ねぇ、君は…──?」

「…ハァっ…ハァっ…!」


 欲望よりも情を感じるリュウの艶めいた声が、鼓膜に届いて背筋をぞくりと震わす。

 そうだ…ここまで身体が反応するのは

 相手がリュウだからだ。他の誰かじゃこんな醜態をさらさない。

 そんなのとっくに知っている…!

 ──だが、自分のこれは「好き」なんていう感情で合っているのか?

 焔来にはそれがわからなかった。


「…ぁっ‥‥ぁっ‥‥ぅ…‥!」

「君は?……ねぇ、君は違うの?」

「リュウは、特別、だ……!」

「…っ…焔来…」

「好きとか…ッ…よくわかんねぇ! けどっ!…お前は俺にとって特別だ」


 精一杯の声量で返してやる。

 嘘は無い。

 だがリュウの責めが止まるわけではなかった。

 それでも…焔来を見つめる美しい緑色の虹彩が、よけいに潤んだ気がした。

 不安げだった薄茶の瞳が──嬉しそうに輝いた気がした。


「特別…か、いい響きだね……っ」

「うあ!‥ちょッ─‥…も、でる…‥!」

「いいよ……我慢しなくて……可愛い焔来の顔、見せてよ、ほら」

「はぁ…っ、ぁっ、ぁっ、よくねぇ…!」


 グチュッ、グチュッ、グチュッ、グチュッ!


「人間のことなんて忘れて僕だけ信じてよ…!焔来っ…焔来っ…!」

「‥ああっ‥…//‥‥リュウッ‥‥やめろぉ…‥!」


 限界を訴える焔来だが、リュウに届く気配がない。 

 擽るように先を親指で回し、ビクビクと痙攣する裏筋を素早く擦られる。

「はぁぁ…ぅ、…アッ!アッ…!」

 爪先までのぼせた焔来は、ついに堪えきれず身体の芯を弾けさせた。

 押し流される欲情がリュウの手の内で迸る。

 ……そして隙間からドクドクと滴った。





「……気持ち良かった?」

「ハァ‥‥!ハァ‥…!馬鹿‥‥やろっ…!」


 いくら焔来にとってリュウが「特別」な相手でも、羞恥心くらいは抱(イダ)くのだ。

 焔来が真っ赤な顔で睨む。

 リュウは悪びれもせずに手に付いた欲情を舐めとって、ようやく彼を解放した。







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