3 / 48
第一巻
やっと逢えたね
しおりを挟む“ こっちの方から聞こえるんだよな~ ”
遠く小さな仔犬の鳴き声だが、耳をすませた焔来にはその方向がわかってしまう。
村の東を流れる小川に出ると、案の定、川沿いに走る犬の汚れた尻を見付けた。
「あんなとこまで…っ」
仔犬はキャンキャン鳴きながら、後ろの焔来に見向きもせず進んでいく。
そして──川にかかる小さな橋の上で止まったのだった。
「…!?…何だ?…人か?」
不自然なくらい騒がしくなる仔犬。
見付けてくれと言わんばかりに飛び跳ねるそいつの足元には、なんと、ピクリとも動かない人間がうつ伏せの状態で倒れていた。
「……!」
倒れているのは少年。…正確には、男女の判別はつかないけれど男の服装(ナリ)をしている。
“ あの服装…っ…武士だよな? それに…腰に刀? ”
駆け寄った焔来が橋まで追い付くと、仔犬はこちらに戻ってきた。
百姓が着るような麻の着物ではない。袴(ハカマ)姿のその子供は、腕と背中から血を流して動かない。
腰にさげた黒い鞘(サヤ)は、彼が帯刀(タイトウ)を許された身分であると示していた。
“ 生きてるのか? でも…あの傷じゃあ…! ”
負傷した浪人というのは珍しい光景ではない。
このご時世だ。
そう言えば十日ほど前にも、京の池田屋という店で殺傷事件が起きたらしい。
……と、呑気に観察している場合か!
「おい、お前!」
戻ってきた仔犬を飛び越え、焔来は倒れた少年のもとへ走った。
草履をはいた足が橋の上を蹴飛ばし、木材がギシギシときしむ。
「…………」
その振動が伝わったのか、頭の横に投げ出された少年の指が僅かに反応した。
“ 良かった、生きてるのか ”
安堵した焔来に応えるように、血を流す彼は拳を握り、肘で支えて……なんとか顔を上げる。
「───な…!?」
「ハァ…‥ハァ、‥‥ッ─‥‥」
互いの視線が、ピタリと合わさる。
その刹那──橋を支配する空気が一変した。
焔来は跳ね返るように立ち止まった。
急に止まったせいで、尻もちをついて転ける。
その間も…目は少年から背けられない。
そして相手もまた、目の前で無様に転げた焔来の姿を焼き付けるかのように凝視していた。
「…ハァ‥ッ‥…ハァ…──きみ…は…」
「──…?」
女人のような高い声。
それは透き通った──川のせせらぎ。
切れた唇を、明け方の三日月のような形にして……彼は弱々しく微笑んだ。
「…ッ‥ハハ…、なん だ‥‥仲間じゃ…ないか…」
薄茶の瞳を囲む、緑っぽい虹彩(コウサイ)が、潤んでいる。
自らの血がこびり付いた手を伸ばし、彼は焔来に手招いた。
“ こいつ、同じだ…… ”
しかし焔来は動けない。
“ 俺と同じだ ”
何を見て気付いたわけでもない。
ただ、二人は互いに直感したのだ。
やっと会えたね──。
少年の唇が無音でそれを告げ、限界に達したのか……伸ばした手から力を失い意識を手放した。
同時に、呼吸を忘れるほど驚いていた焔来も、硬直状態から我に返った。
「…ハァ…っ」
深く息を吸う。
「お前も…──鬼、なの、か…!?」
文久四年。旧暦の六月。
暮れかけというのに強い日射し──夏を感じるあの季節に、お前は橋の上で倒れていた。
思えば出会いの瞬間から、お前の身体には血の匂いがたっぷりと染み付いていた。
なのに、お前は笑うんだよ。
こんな傷、気にしないって。自分の目には、俺しか映っていないんだって。
俺の事しか頭にないって……笑うんだ。
───…
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
俺と父さんの話
五味ほたる
BL
「あ、ぁ、っ……、っ……」
父さんの体液が染み付いたものを捨てるなんてもったいない。俺の一部にしたくて、ゴクンと飲み込んだ瞬間に射精した。
「はあっ……はー……は……」
手のひらの残滓をぼんやり見つめる。セックスしたい。セックスしたい。裸の父さんに触りたい。入れたい。ひとつになりたい。
■エロしかない話、トモとトモの話(https://www.alphapolis.co.jp/novel/828143553/192619023)のオメガバース派生。だいたい「父さん、父さん……っ」な感じです。前作を読んでなくても読めます。
■2022.04.16
全10話を収録したものがKindle Unlimited読み放題で配信中です!全部エロです。ボリュームあります。
攻め×攻め(樹生×トモ兄)、3P、鼻血、不倫プレイ、ananの例の企画の話などなど。
Amazonで「五味ほたる」で検索すると出てきます。
購入していただけたら、私が日高屋の野菜炒め定食(600円)を食べられます。レビュー、★評価など大変励みになります!
「どスケベ変態おじさま(40↑)専用ボーイ♂ハメハメ店『あましじょ♡』へようこそっ♪」~あやくん(22)とたつみパパ(56)の場合~
そらも
BL
四十歳以上の性欲満タンどスケベ変態おじさまであれば誰でも入店でき、おじさま好きの男の子とえっちなことがた~っぷりとできちゃうお店『あましじょ♡』にて日々行われている、お客とボーイのイチャラブハメハメ物語♡
一度は書いてみたかったえっちなお店モノ♪ と言いつつ、お客とボーイという関係ですがぶっちゃけめっちゃ両想い状態な二人だったりもしますです笑♡
ただ、いつにも増して攻めさんが制御の効かない受けくん大好きど変態発情お猿さんで気持ち悪くなっている他、潮吹きプレイや受けくんがビッチではないけど非処女設定とかにもなっておりますので、読む際にはどうぞご注意を!
※ R-18エロもので、♡(ハート)喘ぎ満載です。
※ 素敵な表紙は、pixiv小説用フリー素材にて、『やまなし』様からお借りしました。ありがとうございます!
【※R-18】αXΩ 懐妊特別対策室
aika
BL
αXΩ 懐妊特別対策室
【※閲覧注意 マニアックな性的描写など多数出てくる予定です。男性しか存在しない世界。BL、複数プレイ、乱交、陵辱、治療行為など】独自設定多めです。
宇宙空間で起きた謎の大爆発の影響で、人類は滅亡の危機を迎えていた。
高度な文明を保持することに成功したコミュニティ「エピゾシティ」では、人類存続をかけて懐妊のための治療行為が日夜行われている。
大爆発の影響か人々は子孫を残すのが難しくなっていた。
人類滅亡の危機が訪れるまではひっそりと身を隠すように暮らしてきた特殊能力を持つラムダとミュー。
ラムダとは、アルファの生殖能力を高める能力を持ち、ミューはオメガの生殖能力を高める能力を持っている。
エピゾジティを運営する特別機関より、人類存続をかけて懐妊のための特別対策室が設置されることになった。
番であるαとΩを対象に、懐妊のための治療が開始される。
身体検査が恥ずかしすぎる
Sion ショタもの書きさん
BL
桜の咲く季節。4月となり、陽物男子中学校は盛大な入学式を行った。俺はクラスの振り分けも終わり、このまま何事もなく学校生活が始まるのだと思っていた。
しかし入学式の一週間後、この学校では新入生の身体検査を行う。内容はとてもじゃないけど言うことはできない。俺はその検査で、とんでもない目にあった。
※注意:エロです
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる