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epilogue
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しおりを挟む森の中の獣道を白い馬が歩いている。
その背に股がり手綱を操る女性はセレナであった。
月明かりが届かないほど密生した木々──。
だが彼女の胸にさげられたペンダントが、いつまでも辺りを優しく照らしていた。
「……少しだけここで待っていて」
白馬の背を降りた彼女は、手綱を樹木の幹に括り付けてその場を離れた。
そしてセレナは洞窟へと姿を隠す。
入り口は相変わらず小さくて、新たに伸びた蔓が、蓋をするように穴を隠し始めていた。
洞窟を抜けた先にある物……
それは一見、あの時と全く変わりない。
......
変わったとすれば、踏みしめる者がいなくなったことで背丈の僅かに伸びた草花だろうか。
あれからの一年
此処で起きた惨劇など忘れてしまったかのように続く自然の営みと巡る四季は、実に無情なものであった。
セレナは静かにその光景を抜け歩く。
歴史を感じる古びた祭壇……その手前の岩場の上に、跪いた彼女は手にした花をそっと置いた。
美しい百合の花──
山吹色の花粉の粒が、彼女の指に零れ散る。
戦の夜、この場所に横たわる彼の身体は失われてしまった。
渦巻くセリュスの花びらに包まれた後、泣き崩れるセレナを残して彼は消えた。
それは最後の力を使って自らを人間達に渡すまいとする彼の意思か、それとも彼の天の御行なのか……。
どちらにせよ、失われた亡骸が残された者から墓という場所を奪ったのだ。
「……あなたは何処にいるのかしらね」
セレナはぼそりと語りかける。
森を彷徨っているの?
それとも……あの月からわたしを見ているの?
ぽっかりと円状に空いた夜の空に彼女は目を遣った。
煌めく星々を圧倒する満ちた月の存在が、彼女の心を僅かに和らげる。
《 ……月になど居るものか 》
「──…」
そうして和らいだ心の隙間に、低く艶のある声が入り込んでくるのだ。
その声はセレナの頭に直接響いてくる。まるで……
すぐ傍らにいるかのように。
──彼がセレナに残した物は二つあった。
ひとつは、彼女の胸元で輝く紺青の宝石。
それは単なるペンダントではなく、此の森を治め支配する " 王 " の証。身に付ける者に森の忠誠と加護を与える神秘の魔石である。
……だが彼女に残されていたのはそれだけではなかったのだった。
──もうひとつ、それは彼の名。
「不思議よね……」
言葉にはならない、文字では表せない。
ただ……感じる。
満ちた月が上空に君臨する此の聖地で、こうして思いを馳せていると……いっそう輝きを増す胸の宝石から彼の名前が溢れてくる。
『 我等にとって " 名 " とは、" 存在 " の象徴──。其処に在る事を示す物 』
『 ……名さえ知れば、其の者の全てを支配する事が可能だ 』
泡沫の日々が瞼の裏に滲んでいく──。
其処で話す嘗ての彼の言葉を、セレナは懐かしんだ。
支配とはどういうことだろうか。
存在を表すという意味も理解できない。
ただこれだけはセレナにも分かった。
彼が宝石に籠めたこの " 名 " は、遠く離れた二人を引き合わせる。
『 忘れるな、此処に在る…── 』
それは何人たりとも邪魔できない。彼女だけが授けられた力──。
「……でもわたし、あなたのことはやっぱりローって呼ぶわね」
だってお互いを呼び合うときに言葉に表せられないと不便でしょう?
セレナは心の声に語りかける。
これこそが満月の夜にだけ赦された二人の逢瀬。
ローは彼女の身体を抱く変わりに
その声で……包み込む。
頬を濡らす彼女の涙を拭うことはできないが──彼に包まれたセレナの身体が熱を持った。
“ ロー… ”
目を閉じたセレナは
左手をかかげて、手首に口元を寄せる。
其処に在るのは二つの牙の痕──。
ありありと残る傷痕に、彼女は口付けた。
舌を出して──下から、上へと。
“ やっぱり……なんだか、違うのね ”
記憶と違う感触に、戸惑うふりをする。
彼の声に包まれたまま熱くなる身体を、背中を震わせた甘だるい快感へと投げ出して──。
「──‥‥」
ねぇ……ほら、これ
あなたがわたしに付けた傷よ
《 ああ、……よく似合っている。
お前が私のものである証 》
そんなことを言うのなら
ちゃんと……わたしを捕まえていてよ
《 当然だ。現に今も……
お前は私の腕の中…── 》
でも見えないじゃない?
《 私には見える 》
わたしには、見えないわ
あなただけなんて……やっぱり卑怯よね
《 ──…今は待つ時だ 》
…いつまで待つの?
《 ほんの数十年、私にしてみれば一瞬だ。
其れまでは……焦らず生きろ 》
そんなこと言ったって───
「──…わたしにとっては、長いわ…!! 」
また、セレナは涙を溢す。
そうしてローを困らせる……。
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