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儚き運命
儚き運命_2
しおりを挟む疲労と困憊の溜まる長期戦。
辺りには夥しい数の死体。
まさに戦場の光景。
複数の爆発音が轟き、またひとつと轟くと
次の瞬刻には──命がモノへと変わって転がる。
そのすぐ隣では肉を破る残虐な音が、惨烈な悲鳴と重なり曲を奏でる。
聖地に描かれた地獄絵図は、憎しみが支配した殺し合いだ。
……だが戦いが長引けば長引くだけ、その戦局にも変化が現れた。
森の獣が長年恐れてきた物……鉄と火の力。
さらに頭数の違いから、分があるのはやはり人間達の方であった。
銀狼に手こずる兵士だが、一方で狼の数は確実に減っていく。
動きの鈍った狼から銃弾の餌食となる。
至近距離でなければ噛み付けない彼等は、兵士に辿り着くまでに次々と殺されていった。
・・・ガルルッッ!
「うわっ!! コイツ…!! 」
──キャンっ
茂みから現れたまだ子供の狼が固いブーツに歯を立てて、驚いた兵士が銃を両手で掴み殴り飛ばした。
「このぉ!」
飛ばされた狼がよろけて立ち上がり、此方を向いて背を縮め低く唸る。
すぐさま弾射しようと真正面に銃を構えた瞬間
「……ッッ!! ‥ぅ゙‥っ」
横から強く、別の何かに頭突きをくらい兵士は突き飛ばされた。
「また!…化け物が…っ」
グルッ
「撃てええ!」
仔狼を助けようと跳び込んできた銀狼は、周りを囲まれて一斉射撃を受ける。
紙一重で飛び上がるも腹と腕を銃弾が掠めた。
傷だらけの彼の毛皮は──深い朱色に染まっていた。
「──…逃げたかッ」
飛び上がった狼の影が、暗がりの空に浮かぶ丸い月と重なる。
彼を見上げた兵士達は満月の眩さに目を細めた。
降りたところを狙ってやる…!!
彼等は着地点に狙いを定めた。
──スタン…ッ…
「・・・・・・」
いったい、どういう事であろうか。
銀狼が地に降り立ったにも関わらず、彼に向けられた銃口はひとつとして火を吹かない。
兵士達が満月に目を眩ませた一瞬の間に、何か……不可解な事が起こったのだ。
「‥‥な‥何だアイツは‥‥!! 」
何が起こったのだ
「‥‥あの " 男 " が、‥っ‥あれが銀狼の正体なのか‥‥!? 」
聖地の中央。
祭壇の前に軽やかに降り立ったのは、鈎爪の付いた白い足──。
それは獣ではない、紛れもなく人間の足だった。
「──…」
返り血を浴び血濡れた頬。
月光で煌めく銀髪が、其処に張りついている。
大きく開いた胸元から見えるは、真珠を思わせる乳白色の肌に刻まれた、朱い傷。
戦闘によって傷付きながらも、一切の乱れを見せぬその佇まい。
男でありながらの何とも艶美な雰囲気に、兵士はただ息を呑むしかなかった。
どこか冷めた男の瞳が人間達をぐるりと見渡す中で、それに相対するかのように、目の下に刻まれた暗紅色の刺青が怒光する。
彼が見た光景は、間抜けた表情で自分を見つめる人間と……その足元に横たわる、無数の狼達だった。
「あの逸話は本当だったのか」
「あんな化け物が……本当に存在するなんて……!」
「──…クッ」
「‥‥!? 」
目を丸くし、たどたどしく呟く兵達に向けて、銀狼の顔に不気味な笑みが浮かんだ。
牙を覗かせ、整った口角がつり上がる──。
たったそれだけで凍り付く人間達。
「くく……、生きているのは私だけか……。無様なものだ」
「……っ」
「やってくれたものだな人間よ。どこまでも醜く愚かしいお前達が、よもやここまでできるとは思いもしなかった」
そう言った銀狼は唇の血を舌で拭った。
人間達を見渡す中で、彼はひとりの男に目を止める。
「……貴様が人間の王か? 挨拶が遅れたな」
「……」
「いや、人間の王はこの様な戦地には来ぬか……。お前達が崇拝する者は、今頃何処でふんぞり返っているのだ」
「……私は王ではない。王は民を治める尊い御方。こんな所に足を運ばせるわけにいかぬ」
銀狼が語りかけた相手は銃士隊の長官、アルフォード侯爵であった。
侯爵もまた、目の前で人へと変わった狼の姿に動揺していた。
「貴様がその姿でセレナを惑わせたか……!! 」
「──…」
侯爵の声は怒りに震えていた。
何故か憎き狼を庇う娘……
この化け物が何か吹き込んだに違いないのだ。
「卑しい獣が……!! よくも、私の娘の純真な心を惑わせたな」
「……ふん、卑しい、か」
セレナという名が出てきたことで、銀狼の表情に僅かな変化が起こった。
細まった目が記憶の糸を辿りながら……
瞳には幽かに熱が籠る。
だが其れすらも、すぐに消えて。
「甞て此の地に住み着いた人間達は、我等を神と崇めていたものだ。狼を『繁栄』の象徴とし……我等にすがることで自らの豊かさを得ようなどとしていた」
「──…あのような遅れた先住民と、我々を一緒にされては困る」
「……そう、思うのか?」
血生臭く生ぬるい大気が草を揺らす。
「我等からすれば、その愚かさにさして違いは見当たらぬ…。──在るとすれば、肌の色か」
「…っ…なんだと…!? 」
「……フっ」
毛色で分けられる、支配する者とされるモノ。──つくづく私には理解できぬ。
「貴様らは理解しがたい低俗な生き物だった」
銀狼は目を伏せた。
人間への蔑みを込めて、そして……
「自然の摂理に逆らわずにはいられない……神をも欺く愚行の数々」
「……っ」
「──…しかし負けたのは私だ」
……哀切を漂わせて、瞼を下ろす。
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何故、貴方は我等を見棄てられた
「──…!? 」
「……全ては天の御言葉のままに」
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