銀狼【R18】

弓月

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掲げた使命

掲げた使命_3

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「やはりお前は、銀狼に囚われていたのだね」

「…ち、違うの」

「嘘はやめなさいセレナ」

 侯爵はセレナの頭に手を置く。

 そしてじわじわと赤くなっていく彼女の目を覗き込んだ。

「なら銀狼の居場所も知っているだろう。我々に教えてくれ」

「……嫌です」

「何故だい?」

 不可解な娘の返事を受けてなお、彼は柔らかく尋ねた。

「心配しなくていい。知っている事を何でもいいから話してくれ」

「……殺さないで」

「…ッ…自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「彼を殺してはいけないわ……っ」

「……セレナ」

 侯爵は溜め息をついた。

 いつになく強情なセレナを不審に思う。

 まるで今の彼女は幼い頃に戻ってしまったようだ…。


『 殺さないで!ラーイを殺さないで!』


 あの日の幼きセレナの姿が侯爵の脳裏に浮かぶ。

「──…」

 もう何を言っても説得は難しい。この子はそういう子だ…。

 アルフォード侯は、列の後方にいる二人の部下の名を大声で叫び呼び寄せた。

 恐らくまだ二十歳未満……セレナより年下だと思われる若い二人は、いきなり上官に呼ばれたことで慌てて駆け寄ってきた。

「な、なんでしょうか長官!」

「……君達二人にはセレナを任せる」

 駆けつけた彼等に向かって、掴んだセレナの肩をぐっと押す。

「そんなっ…約束が違います、長官!僕も討伐に」

 二人の内、ひとりの部下が侯爵の命令に反抗した。

 見ればその青年は他の兵士と違い、まだ銃を持っていないようだ。

 不満を上げる彼を侯爵が静かに諭した。

「……君達はまだ若い。焦らなくていいのだ。何事にも、受け継ぐ者が必要なのだからな」

「しかし…っ」

「その覚悟は我々が無駄にしない。どうか……セレナを任されてくれないか」

「長官殿……!! 」

 上官としてのアルフォード侯の言葉が、部下である青年の不満の口を塞ぐ。



 ……しかし、何も皆が納得したわけではない。



「娘を無事に送り届けてくれ」

「…っ…嫌よわたしは帰らないわ!お父様聞いて! 狼たちは──ッ」

「セレナ!狼を野放しにするという選択肢は我々に無いのだ」

「……っ」

 依然として、隊を止めようと叫ぶセレナ。

 侯爵は彼女に背を向けて、再び馬の背に跨がる。

 もう……その顔を振り向かせることはない。


「狼を野放しにするとは即ち…──苦しむ街の人々を見棄てるという事だ」


 そんな事はできない。

 その為に、我が命を危険に晒す覚悟もできている。


「──隊を止めて悪かった!今となっては日も折り返し……早くしなければ夜になると分が悪い。急いで捜索を続ける──セレナの来た道をたどれ!」


 長官の掛け声に従い列は進む。

 その向きをセレナが現れた方向に変え、何事もなかったかのように捜索を再開する。

 猟犬がセレナの匂いを覚えたのか、地面に鼻を付けながら隊を先導し始めた。



 ──叫ぶ彼女の声は無視された。

 制止の声に耳を貸す者はいなかった。



 兵達にも……とっくに覚悟はできていたのだ。



 それぞれの家で彼等の帰りを待っている、愛する者を守るために───。











───…



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