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掲げた使命
掲げた使命_1
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ラインハルトの森。
背の高い木々が密に生えるこの森で──街中から集まった数えきれない人数の兵士達が隊を組んで進んでいた。
武装した彼等は各々の手に銃を持ち、いつでも撃てるよう構えている。
うっそうと茂る草々をかき分けながら歩く列の中には、馬に乗った上官もいた。
そのひとり、前列の隊を指揮する壮年の男。
彼こそがこの銃士隊の長官であり、街の統治者。アルフォード侯爵である。
列の後方から別の馬が彼に近付いてきた。
「……どうした。何か怪しい場所が見つかったのか」
「いえっ、それがまだ……!! 」
馬に乗った指揮官は首を横に振った。
「先程から犬たちは怯えています。やはりこの周辺、狼の匂いが濃いのは確かなようですが……」
それは実に妙であった。
連れてきた数匹の猟犬は狼の匂いを既に嗅ぎ付けている様子だ。近くにいる筈なのに……その姿はいっこうに見えない。
「……弱ったな。聖地と呼べるような場所が、本当に近くに存在するのかどうか」
アルフォード侯は懐から地図を出す。
彼等が探しているのは、銀狼が潜むと言い伝えられている狼の「聖地」。
だが未だに聖地はおろか、狼の一匹にさえ遭遇しない。
この先は崖が立ちはだかるだけで行き止まりだ。
「これだけ捜索を続けたにも関わらず、収穫は無しか…」
「こうも視界が悪いため、部下達の手際も悪くなります」
うっそうと茂る草花と隙間なく伸びた樹木。木々から垂れ下がるトゲ付きの蔦が兵士の捜索の邪魔をしていた。
朝から行っているにも関わらず、何の成果も無いまま数時間が経とうとしている。
もう日もとっくに折り返した。
「このままでは巣を見つけることが出来ません。…長官、どうでしょう、此処一帯に火をつけて邪魔な木を焼き払っては」
「……、それは…好ましくないな」
アルフォード侯はそれを許可しない。
彼は眉を曇らせた。
......
「───お父様!!」
「……っ…!? 」
その時、耳を疑うことになった。
それはここ数日の間に幾度となく求め続けてきた声。
部下と話していたアルフォード侯は咄嗟に声の方へ顔を向けた。
「──セレナ!」
樹木の影から姿を現し此方へ駆け寄る女性は、まぎれもなく愛する娘。
馬から飛び降りてよろけた彼が立ち上がるのと、セレナが父親の胸に飛び込むのとはほぼ同時であった。
「お父様!」
「…本当に…っ…良かった…!! 」
何度も諦めかけた娘の生存。
嬉しさが半分、信じられない思いが半分といったところであろうか。
彼は無事に戻ってきたセレナをこれでもかというほどに強く抱き締めていた。
「あの女性は…」
「お嬢様だ、セレナお嬢様が戻ってきたぞ!」
「…よく…無事だったなぁ…」
周囲の兵達も驚きを隠せない様子だ。
セレナを拐った盗賊は狼に喰い殺され、それから何日も消息が途絶えたままだったというのに……。
セレナの帰還は彼等の心持ちを僅かだが軽くした。
そして
「……お父様…っ」
幼い頃に母を亡くした自分を、寂しい思いをさせまいと懸命に育ててくれた優しい父親……
その姿を数日ぶりに見て心の底からホッとしたのは彼女も同じだ。
「…セレナ、悪かった…!! 私を許してくれ」
「どうしてお父様が謝るの?」
「怖い思いをさせてしまった。あの賊達がお前を狙うと予測できなかったばかりに…!! 」
アルフォード侯は彼女を抱き締めたままそう謝っていた。
明らかに痩せ細った腕の中の娘に、胸が痛む。
そっと身体を離すと……
「怪我をしているのか?その腕…」
「ああ…これ…っ」
ドレスを破りとられた彼女の左腕の、まだ微かに残った傷痕が侯爵の目にはいる。
セレナはそれまで意識していなかったのか、父に聞かれて思い出したように傷を確認した。
「大した怪我ではないわ、こんなの……。蔓のトゲで切っただけ」
セレナは小さく微笑んだ。
そんな彼女の目元は柔らかで、傷痕に向けられた視線は愛おしそうにすら見える。
ローの処置のお陰か膿むこともなく、傷はすでに直りかけていた。
「…セレナ?」
「とにかくっ、わたしは戻ってこれたの。ね、帰りましょう……お父様」
ここ十数日の荒波のような日々が、腕の傷と一緒に過去の物へと変わっていく──。
自分は未来を……前を向いて、ちゃんと街に戻れる。
そんな錯覚をこの瞬間、セレナは抱いたのかもしれない。
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