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討伐
討伐_3
しおりを挟む雷に撃たれたような衝撃。
「どうして…なの…?」
次の瞬間には──心の壁に大きな風穴が開く。その穴を通るのは、あまりに切ないすきま風だ。
「お前を解放してやる」
「解放……」
解放ということは見逃してもらえるのか。
街に帰れる──本当なら、それはとても喜ぶべき事だ。
「…本当、に…?…っ…わたしを解放するの」
「そうだ」
「でもこんな突然…っ」
顔を上げたセレナは興奮したせいで軽い目眩に襲われた。
自分を抱く彼の腕を掴み、体勢を立て直す。
“ わたしは街に、帰るの……!? ”
家に帰れる。
お父様に、街のみんなに会える。
“ もとの生活に……戻れる ”
もとの生活に。今まで通りの、毎日に。
「……っ」
──わたし自身は
こんなに変わっておきながら……!?
「いきなり解放なんて……理由を教えてほしいわ……!! 」
「不服なのか」
「──あなたのせいでしょう!? 」
セレナは腕にいっぱいの力をこめて、ローの胸を叩いた。
ローはそれを止めない。
微動だにせず……睫毛だけを伏せる。
そんな彼を何度も何度も叩き続けて、セレナは喉の奥で呻いた。
「…ハァっ…ハァっ、…あなたのせいです」
「……」
「こんなわたしがもとの生活に戻れるわけ…──!! 」
純潔もとうに失い──
彼女はもう……人でない男と繋がった身だ。
「…う…ッ─、……ロー…」
「やつれた餌に興味はない」
「どうしてっ……なの?……何が、理由で……」
「……セレナ」
突き放すようなローの言葉に、出会ってすぐの彼女なら納得したのだろう。
だが今の彼女は……その場しのぎの安易な嘘など受け付けない。
騙される事すらできなくなった彼女へ、ローは同情をこめた溜め息をついた。
「じきに、此の地は…───いや」
彼は何か言いかけた後、口を閉ざし、セレナの肩から手を離した。
ゆっくりと優雅な所作で首に下げた宝石を掴むと、紐を引き千切り外してしまう。
「──?」
その宝石は、セレナにそっと差し出された。
「これを持って行くがいい」
「……、わたしに……?」
目の前に差し出された物をセレナは見つめる。
紺青に鈍く光る小さな石──
いつも彼の白い胸元を魅惑的に飾っていた宝石を、ローは彼女に渡したのだ。
しかしセレナは受け取ろうとしなかった。
顔を背けて、俯いた。
「いらないっ…そんなの…渡さないで……!! 」
当然だ。これではまるで形見のよう……
「……フっ」
そんな彼女にローはほくそ笑む。
「…お前はこれが何かわかるか?」
「何って…!! ペンダントでしょう?」
「──…そうでもある」
俯いたまま受け取る気配のないセレナの首に手を回し、彼は紐を結んでしまう。
...キュッ
──彼女の胸元に、ローの宝石が収まった。
セレナが涙をこらえた刹那……それは柔らかく煌めいたように見えた。
ローは静かになった彼女を抱えて地上へと飛び降りる。
飛び降りた場所は聖地の外へと続く洞窟の入り口。
着地したローは彼女を地上に立たせると、その背中を優しく押した。
「──…!」
暗闇の広がる洞窟に目をやり、セレナは不安を胸に振り返った。
スッ──
ローは彼女の胸で光る石を指し示す。
「これを、肌身離さず身に付けておけ。そうすれば……無事に森を抜ける事ができる」
「……」
「早く行け…──」
そしてセレナを安心させるように、震える彼女の頬を手の甲で数回、叩いた。
頬の体温を確かめるように……叩いた後の手を、触れたまま動かさない。
──行けと言っておきながら彼の手は動かない。
セレナはそこに自分の手を重ねた。
二人の指は自然に絡まり力がこもる……そして、ローが手を引き、互いの指は離れた。
「ロー…」
戻ってくるから
セレナの目がそう語る。
後ろへ向き直り……歩き出した彼女の後ろ姿は直ぐ様、洞窟の闇に呑み込まれた。
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