銀狼【R18】

弓月

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雨の鎮魂歌

雨の鎮魂歌_2

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───


─ザッ


 その後森を抜け出た二人の前に円形状の断崖絶壁が現れたのは、ちょうど夜の涼しさが顔を覗かせた頃合いだった。

 見下ろした其処では、数多の狼達が各々の寝床から抜け出してうごめいていた。

「──?」

「様子が、変ね……?」

 下で異変が起きた事はセレナの目にもわかる。
 
 焦げ茶、灰、白、黒…

 色を問わない様々な狼が歩き回り、一様に何かを探しているようであった。

 時おり小さく鳴いている…。

 セレナの位置からは豆粒のような大きさの彼等だが、そんな狼達から張られた弦のような緊迫感が伝わるのも確かだ。

「何かあったのかしら……」

「此処からでは知りえん」

 いったい何が起こっているのか、降りなければわからない。

「目を閉じろ」

「えっ…」

「それから、歯を食い縛れ」

 彼の身体がフワリと傾く。

「──舌を噛み切らぬようにな」

「わか…っ…!!」

 その声を合図に、セレナは彼の首に腕を回した。

 ローは彼女を庇いマントで包み、崖の凹凸を経由しながら

「…ッ──…!! 」

 最後に、祭壇の頂上へ降り立った。




「……ハァ……ハァ」

 恐る恐る目を開けたセレナは唇を震わせながら息を吐く。

 ローが彼女を抱えたまま祭壇を降りると、下段にたどり着いた彼の周囲に狼が集まりだした。

グルルッ、グル・・・・

「……」

「何?何か言っているの?」

 ローは狼達の唸り声に耳を傾ける。

 やはりセレナには信じ難いが、彼は獣の声を聞き取り、意思の疎通ができるのだ。


 そして狼達がローに告げる。


「ロー……?」

「──子供が消えた」


 彼等はそう言っていた。


「……」

 ローは眉を潜めた。

「こ、子供って…っ、狼……の?」

 ローの言葉を受けて問いかけたセレナを、彼は腕から下ろして立たせる。

 無対流の空気の重さ──。

 彼の横顔は喜怒哀楽を殺していた。

「母親が寝ている隙に巣から抜け出したか…」

「それで……皆で、探しているの……?」

「我等は子供を群れ全体で育てる。狩りに向かう親と、巣に残る親とに分かれてな…。
 
 居なくなれば群れで捜すのも当然の───…ッッ」

「──?」



 ここで唐突に、彼の言葉が途切れた。



 ほぼ同時に狼達の動きも止まった。

 その異様な光景は、ただならぬ状況であることをセレナに突き付ける。

“ どうした…の… ”

 彼女は止まったローの腕を掴んで、声には出さず目だけで問いかけた。

 しかし彼はスッとその視線をかわし、聖地の出口である洞窟を見つめる──。

「……音がした」

「音って……?」

「お前達が好んで使う、火を吹く武器だ」

 彼の尖った耳が動いていた。

 周囲の草木の全てが此の瞬刻だけざわめき、闇を裂いた爆発音に動揺している。

「火を吹く武器、それ…っ、まさか銃のこと……!?」

 意味を理解したセレナは青ざめた。

 対するローは変わらずの無の表情でただ……音のした方向を見据えていた。

 そして彼女の問いに答えることなくその方向へと足を向けた。


 ローの身体が離れていく。


「──あっ…待って、行かないで!」

「……」


 セレナは、彼の腕を持つ手に力をこめた。

 この状況での銃声が意味するもの……。彼女にもわかっている。

 その場にローが行けば何が起こるのかという事も。

「…だ…だって…ッ、行ったらあなたは…!!」

「──私が何をすると言うのだ」

「誤魔化さないでっ…」

 声を張り上げたセレナ。

 不意に冷たい、湿った風が吹き込み、辺りの草と一緒にローの銀髪を巻き上げた。

「行っては駄目……!!」

 セレナは彼を止めねばならない。切迫した彼女のこの衝動は、もしかしたら、自分が人間である故の義務かもしれない。



 ……だが



「……離すがいい」



 どうしても、どうしても……

 ローの顔を見てしまえば、その衝動すら灰になる。




 すがり付く彼女の手は、呆気なく振り払われた。







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