35 / 63
雨の鎮魂歌
雨の鎮魂歌_2
しおりを挟む───
─ザッ
その後森を抜け出た二人の前に円形状の断崖絶壁が現れたのは、ちょうど夜の涼しさが顔を覗かせた頃合いだった。
見下ろした其処では、数多の狼達が各々の寝床から抜け出してうごめいていた。
「──?」
「様子が、変ね……?」
下で異変が起きた事はセレナの目にもわかる。
焦げ茶、灰、白、黒…
色を問わない様々な狼が歩き回り、一様に何かを探しているようであった。
時おり小さく鳴いている…。
セレナの位置からは豆粒のような大きさの彼等だが、そんな狼達から張られた弦のような緊迫感が伝わるのも確かだ。
「何かあったのかしら……」
「此処からでは知りえん」
いったい何が起こっているのか、降りなければわからない。
「目を閉じろ」
「えっ…」
「それから、歯を食い縛れ」
彼の身体がフワリと傾く。
「──舌を噛み切らぬようにな」
「わか…っ…!!」
その声を合図に、セレナは彼の首に腕を回した。
ローは彼女を庇いマントで包み、崖の凹凸を経由しながら
「…ッ──…!! 」
最後に、祭壇の頂上へ降り立った。
「……ハァ……ハァ」
恐る恐る目を開けたセレナは唇を震わせながら息を吐く。
ローが彼女を抱えたまま祭壇を降りると、下段にたどり着いた彼の周囲に狼が集まりだした。
グルルッ、グル・・・・
「……」
「何?何か言っているの?」
ローは狼達の唸り声に耳を傾ける。
やはりセレナには信じ難いが、彼は獣の声を聞き取り、意思の疎通ができるのだ。
そして狼達がローに告げる。
「ロー……?」
「──子供が消えた」
彼等はそう言っていた。
「……」
ローは眉を潜めた。
「こ、子供って…っ、狼……の?」
ローの言葉を受けて問いかけたセレナを、彼は腕から下ろして立たせる。
無対流の空気の重さ──。
彼の横顔は喜怒哀楽を殺していた。
「母親が寝ている隙に巣から抜け出したか…」
「それで……皆で、探しているの……?」
「我等は子供を群れ全体で育てる。狩りに向かう親と、巣に残る親とに分かれてな…。
居なくなれば群れで捜すのも当然の───…ッッ」
「──?」
ここで唐突に、彼の言葉が途切れた。
ほぼ同時に狼達の動きも止まった。
その異様な光景は、ただならぬ状況であることをセレナに突き付ける。
“ どうした…の… ”
彼女は止まったローの腕を掴んで、声には出さず目だけで問いかけた。
しかし彼はスッとその視線をかわし、聖地の出口である洞窟を見つめる──。
「……音がした」
「音って……?」
「お前達が好んで使う、火を吹く武器だ」
彼の尖った耳が動いていた。
周囲の草木の全てが此の瞬刻だけざわめき、闇を裂いた爆発音に動揺している。
「火を吹く武器、それ…っ、まさか銃のこと……!?」
意味を理解したセレナは青ざめた。
対するローは変わらずの無の表情でただ……音のした方向を見据えていた。
そして彼女の問いに答えることなくその方向へと足を向けた。
ローの身体が離れていく。
「──あっ…待って、行かないで!」
「……」
セレナは、彼の腕を持つ手に力をこめた。
この状況での銃声が意味するもの……。彼女にもわかっている。
その場にローが行けば何が起こるのかという事も。
「…だ…だって…ッ、行ったらあなたは…!!」
「──私が何をすると言うのだ」
「誤魔化さないでっ…」
声を張り上げたセレナ。
不意に冷たい、湿った風が吹き込み、辺りの草と一緒にローの銀髪を巻き上げた。
「行っては駄目……!!」
セレナは彼を止めねばならない。切迫した彼女のこの衝動は、もしかしたら、自分が人間である故の義務かもしれない。
……だが
「……離すがいい」
どうしても、どうしても……
ローの顔を見てしまえば、その衝動すら灰になる。
すがり付く彼女の手は、呆気なく振り払われた。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。




今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる