銀狼【R18】

弓月

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雨の鎮魂歌

雨の鎮魂歌_1

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「……あの」

「──…?」

 実の毒がまだ残っているのか、手足に軽い痺れを感じるセレナは、銀狼に抱きかかえられて移動していた。

「どうしてあなた…わたしの名を知っているの?」

 その道中、当然のように沈黙が流れる最中サナカ、セレナは意を決して口を開いた。

 事あるごとに語尾に付けられる自分の名前──。

 疑問に思いつつずっと口には出さなかったが、気付いていないわけではない。

「覚えがないのか」

「?」

「私に伝えたのはお前だろう……」

「…えっ、わたしが言ったの?」

「そうだ」

 道に現れるウサギ達は、銀狼の姿を目に止めると逃げようとはせずに少し道を譲る。

 そして彼が腕に抱くセレナを不思議気に見上げるのだった──。

” 名前なんて、教えた記憶はないのだけれど…… “

 空は暮色が迫る中

 周りの木々の、ピンク色に見えた花が今は赤紫に近い色に変わりだしている。

「──なら、あなたの名前も知りたいです」

「私の名を…?」

 セレナの言葉を聞いた銀狼は歩みを進めつつ首をカシいだ。

「私に名など無い。いや、名はあるが……お前たち人間の持つ名とは意味が異なる」

 人間は、互いを呼び合うのに名を用いる

「我等にとっての " 名 " とは、 " 存在 " の象徴──。其処に在る事を示す物。……言葉や文字におこす必要はない」

「そういう……ものなの……?」

「それ故に名を奪われる事は存在を消されるに等しい……。逆に、名さえ知れば、其の者の全てを支配することが可能だ」

「言葉におこせないのに、どうやって知るの?」

「人間にはわからんか……」


 ──人間には知りようもない

 言葉を使い、文字を作り

 どのような記憶も感情も、言葉無しに成立しないお前達では


「…だったら…っ、お互いを呼びあう時に、不便でしょう」

 彼の言葉は、お前に理解は不可能だと言われたも同然で。納得できないセレナは小腹を立たせて食い下がった。

 しかし銀狼には響かない。

「そのような相手などいるものか。私が生きた齢 二千年、……ただのひとりとして」

「…っ…、今はわたしがいるもの!」

「──…?」



 だが──…この時、彼の足が初めて止まった。



 それは驚きとは違う……強いて言うなら違和感、か。

 セレナの言葉を反芻するも、雲を掴むかのようにしっくりこない。

 銀狼は数秒の間を置いて、腕の中のセレナを見下ろした。

「──今…何と言った」 

 銀狼はその顔を彼女に近付ける。

 セレナは目をそらした。

「…要するに…っ、不便なの、あなたに名前がないと。わたしばかり一方的に名前で呼ばれてっ……変な気分だわ」

「それは……どうにもしようがない事だ」

 狼達は彼の意思に従い、その命令を実行する。

 だが話しかけてはこない。

 彼にはいなかった。自らと対等に名前を呼びあうような者など……。

 セレナがその相手──?

 そんな事も、頭をよぎりはしなかったのだ。

 では何故──…彼はセレナに名を尋ねたのか。

 それは支配する為だった。

 彼女の全てを支配して、我が物にせんが為。



 だが……他にも理由があったと思う。



 彼女を " 名で " 呼びたいと、そんな欲求が果たして無かったと言えるだろうか──?




「……お前の好きなように呼べばいい」

「え…? わたしが勝手に決めていいの?」

「構わない」

 銀狼はそう言って黙ってしまった。

 その目は彼女の唇の動きを追うために、真っ直ぐ向けられたままだ。

「ン──っ…と」

 彼は待っているのだろうか。セレナは焦って考えを巡らす。


“ 名前を考えるなんて難しいわ ”


 銀狼──

 これは名ではない。

 これでは彼を呼べない。


“ 彼は狼…… ”


 銀狼、……ロウ……。


「──…ロウ、……『 ロー 』というのはどう、かしら」

「ロー……」

 彼には聞き慣れない発音だった。

 その響きの意味するところもわからないが……

「駄目?」

「……。呼ぶのはお前だ。それが良いならそう呼ベ」

 どのように呼ばれようと、銀狼に──

 ローには余り興味がなかった。

 再び歩き出した彼の腕の中で、セレナがもう一度小さく呟く。


「…ロー」

「……」


 興味はないが、彼女のその声がローの鼓膜を心地よく揺さぶった。

 未だに違和感が拭えずとも、理解してみるのも悪くないと、そんなふうに感じたのかもしれない。





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