銀狼【R18】

弓月

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還るべき地

還るべき地_5

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 二人がいるのは崖の頂上だった。

「桃色の森…──」

 ピンク色の不思議な花をつけた木々が生い茂り、一風変わった雰囲気が漂っている。

 あの夜、崖の下から見た時は深い赤紫に見えた筈だが、昼と夜では様を変えるのだろうか。

 花の強い香りが、森の空気を染めている。

 けれど気分を害するような香りではなかった。

「変わった森……」

「……此処からでは見えにくいか」

 ここではまだ不十分らしく、彼は高くそびえる一本の樹木を見付けてその枝に乗り移った。

 彼は樹木の先端に器用に留まる。

 その場所からは遥か遠くまでをも見渡せた。


「──…!」


 突き抜けた爽やかさが一陣の風となり、息を呑んだセレナの心を撃ち抜いた。


 地球の割れ目、切り立つ崖の上には

 当然ながら大地があり、森があり……生命の息吹きがあったのだ。


 足元に広がる一面の桃色。

 遠く目を向ければ動物たちの息づく草原

 耳をくすぐる鳥々の鳴き声。

 そして恵みの湖──。

 自然の営みが其処にあった。


「お前が知らぬ世の姿だ」

「……」

「……天は慈悲深い御方だ。還る地を持たない憐れな魂を此処へ導いて下さる」


 鳥籠の中──飛べない鳥のような魂を、此の地に受け入れて下さる。


「お前が殺した猟犬は此の地へ還ったことだろう」

「ラーイが……?」

「──そうだ」

「……ッ」


 ──広い草原で、仲間達と共に。

 ラーイの魂は救われただろうか。

 セレナは今の景色を目に焼き付けた。

 こんな世界があったなんて知らなかった。

 此処には人がいない。

 木も動物も…何もかもが伸びやかだ。


「──…此の地は美しい」


 彼が口にしたこの言葉は鏡のように、セレナの心境を正直に映し出していた。

 銀狼はセレナの視線に寄り添い、彼女と同じ様に眩しそうに目を細める。


 此の地は美しい──


「だが、此処は私が還る地ではない」

「……え?」

「私が天から任されたのは此処ではない……」


 銀狼は後ろに振り返った。

 二人がいる場所からは彼等……狼の聖地が見下ろせ、さらにそこから分厚い絶壁を挟んだ向こうに森が見える。

 ラインハルトの森だ。

 遥か遠くにセレナの住む街もあった。


「木々が焼かれ、水は穢れ、獣達は逃げ出す──。……あの森こそが、私の治めるべき地か」


 銀狼は皮肉をこめ笑みを浮かべる。

 腕の中のセレナはそんな彼の横顔を黙って見上げた。


「──…ふっ、…嘆かわしいことだな」

「──…」


 まばたきする程の僅かな時間の筈が

 長い時が無音の中に流れ続けたような気がした。





《 此処は私が還る地ではない…… 》




 あなたは確かにそう言った。

 でも、わたしには──




「……ならあなたの魂は、どこに還るの?」


「──…何処であろうな」




 此処に還ることは許されない


 本当は此処に還りたいのに……って


 そう言ったように、聞こえたの──。










──…




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