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還るべき地
還るべき地_5
しおりを挟む二人がいるのは崖の頂上だった。
「桃色の森…──」
ピンク色の不思議な花をつけた木々が生い茂り、一風変わった雰囲気が漂っている。
あの夜、崖の下から見た時は深い赤紫に見えた筈だが、昼と夜では様を変えるのだろうか。
花の強い香りが、森の空気を染めている。
けれど気分を害するような香りではなかった。
「変わった森……」
「……此処からでは見えにくいか」
ここではまだ不十分らしく、彼は高くそびえる一本の樹木を見付けてその枝に乗り移った。
彼は樹木の先端に器用に留まる。
その場所からは遥か遠くまでをも見渡せた。
「──…!」
突き抜けた爽やかさが一陣の風となり、息を呑んだセレナの心を撃ち抜いた。
地球の割れ目、切り立つ崖の上には
当然ながら大地があり、森があり……生命の息吹きがあったのだ。
足元に広がる一面の桃色。
遠く目を向ければ動物たちの息づく草原
耳をくすぐる鳥々の鳴き声。
そして恵みの湖──。
自然の営みが其処にあった。
「お前が知らぬ世の姿だ」
「……」
「……天は慈悲深い御方だ。還る地を持たない憐れな魂を此処へ導いて下さる」
鳥籠の中──飛べない鳥のような魂を、此の地に受け入れて下さる。
「お前が殺した猟犬は此の地へ還ったことだろう」
「ラーイが……?」
「──そうだ」
「……ッ」
──広い草原で、仲間達と共に。
ラーイの魂は救われただろうか。
セレナは今の景色を目に焼き付けた。
こんな世界があったなんて知らなかった。
此処には人がいない。
木も動物も…何もかもが伸びやかだ。
「──…此の地は美しい」
彼が口にしたこの言葉は鏡のように、セレナの心境を正直に映し出していた。
銀狼はセレナの視線に寄り添い、彼女と同じ様に眩しそうに目を細める。
此の地は美しい──
「だが、此処は私が還る地ではない」
「……え?」
「私が天から任されたのは此処ではない……」
銀狼は後ろに振り返った。
二人がいる場所からは彼等……狼の聖地が見下ろせ、さらにそこから分厚い絶壁を挟んだ向こうに森が見える。
ラインハルトの森だ。
遥か遠くにセレナの住む街もあった。
「木々が焼かれ、水は穢れ、獣達は逃げ出す──。……あの森こそが、私の治めるべき地か」
銀狼は皮肉をこめ笑みを浮かべる。
腕の中のセレナはそんな彼の横顔を黙って見上げた。
「──…ふっ、…嘆かわしいことだな」
「──…」
まばたきする程の僅かな時間の筈が
長い時が無音の中に流れ続けたような気がした。
《 此処は私が還る地ではない…… 》
あなたは確かにそう言った。
でも、わたしには──
「……ならあなたの魂は、どこに還るの?」
「──…何処であろうな」
此処に還ることは許されない
本当は此処に還りたいのに……って
そう言ったように、聞こえたの──。
──…
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