銀狼【R18】

弓月

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還るべき地

還るべき地_4

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 セレナの顔は不機嫌なままで、頬を膨らませたまま毛皮に顔をうずめる。

 獣なのに愛だなんておかしい。


“ ああ、……でも、懐かしい ”


 毛皮から伝わる、動物の温もり。

 そう──かつての自分は確かにこの温かさを知っていたんだ。

 温もりを教えてくれた大切な友達。

 わたしはちゃんと、彼を愛していた──。



「──…わたしが、五歳の頃ね」

 セレナは目を閉じて……気付けば銀狼に話しかけていた。

「屋敷の庭にラーイという名前の猟犬がいたの。…親犬は大きくて怖かったけどその子はまだ仔犬でね、とても可愛らしかったわ…」

 特に反応もないので彼が話を聞いているのかどうかは定かでない。

「お父様には駄目だと言われていたけれど、わたしはずっとラーイと遊んでいたの。隠れて、ひっそりと」

 大人たちにばれないように気を付けて

 柵を乗り越え彼がいるもとへ──。

 そんな秘密の友達は、彼女にとって特別で、少しずつ成長し大きくなっていくラーイを見るのがとにかく幸せだった。

 幸せで、そして彼女は無知だった。


「わたし、知らなかったの…!」


 普段はいくら大人しくとも、猟犬であるラーイは……凶暴な犬種であることにかわりない。

 そんな彼等にとって人間は絶対的な主人でなくてはならず決して  ではいけないのだ。


『 セレナ!? そこで何をしているんだ!! 』


 ある日、隠れてラーイと遊んでいたところを親に見つかった。

 セレナの父は彼女を連れ戻そうと、嫌がる彼女の腕を掴んで引っ張った。──その時だ。

 大人しかったラーイが牙を向き、彼に襲いかかったのは。

 ……深刻なのはこの時、ラーイは父親はおろかセレナの制止の命令にすら耳を貸さなかったということ。

 それは猟犬にとって最も犯してはならないタブーである。

 それからラーイは変わってしまった。

 一度人間に噛みつくことを覚えた彼は、ふとした瞬間に野生の本能を剥き出した。

 鎖に繋がれたラーイは柵の向こうのセレナを威嚇し、興奮して毛を逆立てながら、恐ろしい唸り声をあげる──。

 そんな姿を彼女の前でたびたび見せた。



──



 それからすぐの事だった。

 ラーイが銃を持った部下達に連れていかれ、二度と帰ってこなかったのは。


『 殺さないで…──ッッ 』 


 これはつい先日、セレナが銀狼に向けた言葉。

 彼に囚われた夜……命を乞うために跪き、喉を震わせながら告げた懇願。 

 けれどそれだけではない……。

 セレナはもっと、ずっと昔に、壊れんばかりに、同じ言葉で泣き叫んでいたのだ。

 辛すぎて、思い出さないようにしてきた悲しい記憶。

 引き離された大切な友達。

「……死なないでって…祈ってた」

 どうか殺さないで、生きていてほしいって、あるはずもない希望にしがみついて。そうしていないと、どうにかなってしまいそうだったから。



《 ──殺したのは…お前だ、セレナ 》



 すると、ポツリポツリと話し終えたセレナに、耳からではなく頭の中に直接響いてきた声……。

 その声は、セレナの話に対して欠片の動揺も同情も見せなかった。



“ そんなことぐらい… ”


 慰めより、ずっと正しいと思える。


「…そんなことぐらい…わかってる…!!」


 セレナは頬を銀狼の背に擦り付け、気付かれぬように溜まった雫を拭った。

“ せめて自由に…駆け回らせてあげたかった ”

 ──広い草原を、沢山の仲間たちと一緒に。

 そんな場所が本当にあるのなら。

 せめて、生まれ変わった先が、あるのなら…。


「…わたしに…、願う権利なんて…ないけれど…」


 喋るセレナの声量が小さくなる。

 日の光を浴びた狼の毛皮に身体を包まれて心地よいからだ。

 もう十分に眠った筈なのに、セレナはさらなる眠りに誘われてしまう。



──・・・フワッ


「──…?」


 しかし眠りの世界へ身を任せようとした彼女がそっと目を開けると、そこに狼の姿はなく

 人型の彼に横抱きに抱えられていた。


「……っ」

「……お前に見せてやろう」


 銀狼はそう言うと、上空へと飛び上がった。

絶壁の窪みを経由しながら上へ上へと跳び移っていく。

「…危ないッ!! …きゃっ…」

「掴まっていろ」

「……ッ…もし落ちたら…!! 」

「落ちれば死ぬだけだ」

 気が飛んでしまいそうなほどの高さに、セレナは身体を小さく縮こまらせて、大人しく彼の胸にしがみついているしかなかった。

 飛び上がるたびに肌を叩く強い風を感じながら、彼女は固く目を閉じた。



──


 そして漸く……銀狼の動きが止まった時。


「…目を開けろセレナ」

「……?」


 耳元で静かに囁かれ

 セレナは恐る恐る瞼を上げた。







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