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銀狼
銀狼_4
しおりを挟むその男は確かに
人の形をしてはいた。
「──…!! 」
だが……人と呼ぶにはあまりに、あまりに人外の美しさを放っていたのだ。
切れ長の双眸。
大きめな尖った耳。
左目の下には暗紅色の刺青が…獣の爪痕の形に彫られていた。
漆黒の長毛の衣を風になびかせ、そこから僅かに見える白く長い指が彫刻のような曲線美を描き
大胆にひらいた胸元では、首からさげられた紺青色の宝石が妖しく光りを放つ──。
喜びも悲しみも凍り付いてしまったかのような無の表情が、嫌みなく整った男の美貌を引き立てる。
果たして本当に男は其処に存在しているのか……それすら疑いたくなる異質な空気をまとっているのだ。
そして何より
その見事な銀髪がセレナの目を釘付けにした。
足までつきそうなほどの長い髪はひとつに結われ、それはまるで鬣のごとく……
狼のしなやかな尾のごとく
月に照らされながらバサリと大きくなびいていた。
“ これが……銀狼の正体……? ”
セレナは自分が見ているその光景に圧倒され、少しも動けずただ息を呑んだ。
人の姿に化けるという話は覚えていた。でもまさか……その変化の一部始終を見守る日が来ようとは夢にも思っていなかった。
それは誰ひとり入れない開かずの間の鍵穴から、中をこっそりと覗き見る感覚に近い。
見ることは許されない……だからこその眩しさと魅力が此処にある。
スッ───…
「──…!! 」
フイに伏し目がちの男の顔が下がり、その瞳が暗闇に隠れた彼女を捕らえた。
長い睫毛に半分を遮られた瞳は、まるで雪深い山の泉のように、底が知れない……吸い込まれそうなグレーだった。
「‥‥ぁ‥ッ‥!! 」
「いつまで其処に身を潜めるつもりだ。
───…人間の娘よ」
囁くような低い声は、小さい筈なのに……彼女の所まで真っ直ぐ届く。
もう、逃げ道は存在しない。
その声はセレナの本能にそう伝えてきた──。
銀狼に見付かった瞬間、セレナは体重が軽くなり、周りの音がうつろになったような錯覚に陥る。
そんな彼女の目に更に追い討ちをかけるように見えてきたのは……崖に空いた穴々からギラリと光る対の目。
その凶暴な視線はあらゆる穴から次々に現れると、草むらに隠れるセレナ一身に注がれていた。
「…こ…、ここは…っ」
なんてこと…
わたしが来たのはよりによって、狼の巣窟。
「──…さてどうする?」
銀狼は狼達にではなくセレナに問い掛ける。
「今から必死に此の場から逃げ出してみるか……?
逃がす気はないが」
「…っ…!! 」
「……それとも私に命乞いでもしてみるか」
「い…命乞い…!? 」
……フッ
「許す気も無いがな……」
男の表情は今、まさに
獲物をいたぶる無慈悲な狼であった。
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