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銀狼
銀狼_3
しおりを挟む──其処は確かにラインハルトの森ではなかった。
「ここは──…」
周囲を絶壁に囲まれ、円形に広がる空間。
覆う木々の無いその空間では、遥か上空まで視界が突き抜け、夜空に浮かぶ見事な月が地を照している。
ザザー……
セレナが追ってきた水音の正体は、絶壁の頂上から溢れている大量の水が滝となって落ちる音。
滝壺から広がる豊かな水は小さな湖を作りだし、白い波頭は風で穏やかに撫でられ、ゆらゆらと月の影を映している──。
「……!? 」
中央にそびえ立つ、祭壇──?
セレナが見たのは、明らかに人工的な巨大な建造物だ。
さらに高く切り立つ周囲の崖の、その頂上から突き出るように生えた木々は、葉の代わりに、セレナが見たことの無い深い赤紫色の花をつけていた。
夜の闇に浮かぶその色……口紅のように艶めいた花びらが、一枚、二枚と降ってくる。
岩壁から突き出た根や巻蔓は、身を悶えながらもの狂おしい指のように、空を捉えてうねっている。
……それ等の妖しさが、美しかった。
「──…」
この光景に見とれてしまうセレナ。
神々しい世界に心奪われていた。
──しかし、そんな時
風に舞った花びらを追った彼女の目が
あるもので止まる──。
「……お…おかみ……?」
すぐには信じられず、彼女がその顔から色を失うに数秒の間を必要とした。それからハッと我に返ったセレナが草むらに身を隠す。
「──…ッ」
彼女が目にした狼は普通ではなかった。
四メートルはあろうかという巨大な体躯。
絶壁から鋭く突き出た岩の、その先端に佇み、まっすぐと月を臨む姿はさながら一輪の白菊のようで……気品さえ漂う。
そして
そんな異質な狼の身体を覆うのは、銀色の毛皮だ。
狼狽の色がセレナの顔に走り
彼女の脳裏に──ひとつの言葉が浮かび上がる。
……銀狼
誰から聞いた話だったか。銀狼という、狼を統べる恐ろしい化け物──。
今自分が見ているのが、その生き物だとでもいうのだろうか。
おとぎ話としか思えないような話だった、筈なのに……!
でも
「……っ」
もし、もしそうだとしたら──
“ あの逸話も、……本当なの? ”
──セレナの予感を合図にしたかのように
ググッ・・・・・
佇む銀狼の身体に変化が起き始めた。
....
頭を垂れ、背中が曲がり、銀色の毛皮が徐々に黒毛に変色する──。
そして小さく丸まったかと思えば、黒くなった毛皮がいつの間にか風に翻るマントへと変わっていた。
バサッ‥‥
震えるセレナが見つめる中で
獣ではなくなった銀狼の顔が……マントの陰から現れる。
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