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第九章

Epilogue──1

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──…


 午前の賑かな繁華街。

 商店や飲食店が立ち並ぶこの通りを、息を切らして走り抜ける女性がいた。

 彼女の目的地までもう少し──。道行く人にぶつかっては、何度も丁寧な謝罪を繰り返している。

 早く、早く知らせないと…!

 とにかく急ぐ彼女は、目的の店の前で立ち止まった。

 手前の壁には商品がいくつか掛かっているが、そこに人影は見当たらない。

「…ハァ…ハァ…ハ…」

 乱れた呼吸で店内を見渡し、奥へと続く扉を見つけた彼女は、迷わずそこへ踏み込んだ。


バタンッ


「──アドルフ様!!!」


「…っ…!?は? …──って、あちっ!」


 扉の奥は本格的な鍛冶場だった。

 パチパチと火花を散らす釜戸の横で、真っ赤な鉄を叩いていたのはアドルフである。

 突然大声をあげて部屋に入ってきた彼女に驚き、油断したアドルフは熱くなった金具を焦って手放した。

「──ッてぇ…!たしかお前は…レベッカのとこのメイドだったか…!?」

「ハァッ…ハァッ、はい、そうです。エマと申します」

 人の顔を覚えるのが苦手なアドルフだが、彼女の服装を見てすぐに思い出すことができた。

「何しにお前はっ………また、ここへ来た?」

 彼はいったん作業を中断させ、火傷した手を水桶の冷水に浸した。

 エマがこうして彼を訪ねたのは二度目だ。

 アドルフは口許を覆っていた白い布を外しながら、近づいてくるエマに向きなおる。

「釜戸には近づくな。直接触れなくても熱気だけでお前たちは肌を焼くぞ」

「えっ? …あ、か、かしこまりました」

 走ってきた勢いで疲れはてた彼女を、アドルフは部屋から押し出す。

「…ったく、ここは暑いだろう?さっさと部屋から出ろよ…!」

 火傷した彼は多少のイラつきを見せながらそう言った。

 確かに…釜戸の上には煙突がついているものの、換気しきれない部屋の中は異常な暑さであった。

 軽装のアドルフは身体から男らしい汗を流しながら、首にかけたタオルで額を拭く。


「──で今度は何のようだ。また……
 レベッカ様を拐(サラ)ってほしい、とか言い出すなよ」


「そ!それが…っ、実はレベッカ様が──」


 店前の椅子に座らされた彼女は、レベッカの名に反応して声を張り上げた。


「明朝に…レベッカ様が城から姿を消されました…」

「──…」

「捜索は始まっていますが見つかっていません…!」

「ハッ、上手く逃げたみたいだな……」

 あの夜、レベッカはアドルフに言った。

『 公爵家を裏切るわたしにここへとどまる権利はありません。いつか…この城を出るつもりよ 』

 ──城を出ると。

 首飾りが怪盗に盗まれたという一件は昨日のうちには街中に広がっていたので、アドルフの耳にも入っている。

 …つまりそれは、伯爵がレベッカを裏切ったことを示していた。

 予想はとっくにしていたことだ。

“ あいつは伯爵を信じると言っていたがな ”

 裏切られたレベッカは城を出たのか…。

 彼女の心中を想うと、騙した伯爵への怒りが込み上げて止まらない。


「なら公爵は、家宝の首飾りと…そして夫人。たったの二日でその両方を失ったわけか。災難だな」

「…あ…それが…」

「……何だ?」

「首飾りは戻ってきたのです…!」

「──!どういう…ことだ」

 盗まれた首飾りが戻ってきた?

「今朝、みなでレベッカ様を探したのです。そうしたら城の屋上庭園で…首飾りが見つかりました」

「何故、盗られた筈のものが…!?」

「そして、残された首飾りにはこれが添えられていて……!」

 エマはスカートのポケットから、手のひらほどの小さな紙を持ち出した。

 その羊皮紙には文字が書かれている。

 アドルフはそれを奪うように取った。



 ──




《 宝は確かに、頂きました 》




 そこに刻まれた筆跡を
 アドルフは確かに知っていた。




「…アドルフ様」

「──…っ」

「レベッカ様は…おひとりで城を出たのではありません…っ」

「あの男…!」

 アドルフはもうエマの顔を見る気にもなれず、激しくとり乱した。

 彼は店先に置かれた箱の鍵を開け、中から細身の剣を取り、剣帯を腰にさげる。

 その剣は、本来は依頼主である伯爵に渡すためのものだった。

 そしてアドルフは隣の酒屋に繋がれた馬の手綱をとる。

「おいっ鍛冶屋の兄ちゃん、それはオレんだ!」

「悪い…必ず返す…っ、金も払う!」

 馬の持ち主が現れたが彼は迷うことなく馬の背に股がった。

 そして馬の腹を強く蹴る──

 人混みにかまわず走らせた。

「道をあけろ、馬が通るぞ! 」

「きゃあっ」

 買い物に夢中になっていた街人たちは、暴走馬に悲鳴をあげて端に寄る。




 店に残されたエマが

 遠退く彼の背を、祈るように見つめていた。










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