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第七章

脅迫

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 ……



「ぅ……?」



 その夜レベッカは、異変とともに目を覚ました。



 いつものベッド
 夜の静寂──

 仰向けで眠っていたのは違いない。しかし、何かが頬に触れてとっさに目を覚ました筈なのに、彼女の視界には何も映らなかったのだ。

 “ 目隠しされてる……? ”

 それは彼女の目元を布が覆っているからだった。

 柔らかい布の感触がある。

 だがその布を取り去ろうとした手は止まってしまう。

 誰か……

 近くに誰かがいて

 自分を見下ろしているような気がしたから。

 “ …っ…誰かいるの? ”

 耳をすますが物音は無い。

 緊張した自分の呼吸音が、少しずつ大きくなって聞こえるだけだ。

「そこにいるのは、誰ですか……?」

 少し怯えた声が、暗闇に問う。

「……」

 問いかけは霧散して、返事はこない。

 レベッカの胸の内がふと騒いだ。

「……もしかしてクロード、あなたなの?」

「──…」

 なんの確証もないのにそう思うのは、期待している自分がいたからだろう…。

 レベッカが答えを待っていると、その " 誰か " が、敷布に広がる彼女の髪をひとふさ掬った。

「……!?」

 その指が、顎から頬を撫であげる。

「クロー…ッ」

 この触れ方…

 “ ち、違う ”

 違う、クロードじゃない

 それを直感した瞬間、気味悪さがいっきに加速したレベッカは慌てて目隠しを取った。

「──誰ですか!?」

「……ちっ、このまま勘違いしておけば面白かったのに」

「…!?あなたは…エドガー様?」

 真夜中の寝室に侵入しレベッカを見下ろしていたのは、なんとエドガー公爵子爵だったのだ。



 それに気付いたレベッカから最初にもれたのは悲鳴だった。

「ひっ…」

「その反応は傷付くなぁ」

「な、なにを…!ここで何をしているのですか!?」

「シッ、声をおさえろ」

「んぐぅ…!」

 口を抑えられて声がこもる。

“ 怖い……! ”

「……ん、んんっ」

「……ふふ、はは、でもこの顔はいいね、ありだ。男を煽るのが上手いね?レベッカ」

 声を封じられ、のしかかられているから身動きもできず……、怯えの色を浮かべるレベッカに、興奮した様子でエドガーが笑う。

 何がそれほど面白いのか理解できない。

 エドガーの片手が彼女から布団を剥ぎ取り、這い回ってくる……。恐怖と嫌悪が同時に膨れあがったレベッカは、両手をがむしゃらに使って抵抗した。

「…っ…おいおい、歯向かうなんて流石だな。初夜で父上に爪を立てたときから成長してないみたいだ。──でも、いいのかい?」

「…んくっ…ゃ…!…ゃめ、ん、んん…!」

「俺に逆らわないほうがいいんじゃないか?自分自身と……大好きな " 恋人 " を守る為にも」

「……!?」

「お、静かになったね」

 硬直したレベッカが押し黙ると、男は満足そうだった。

 彼女の弱点を的確についたこのやりとりは…卑怯すぎる。

「大きな声はあげないね?約束できるなら口を解放してやれるよ?」

「……っ」

 こんな脅しをかけてくるなんて

 信じられない。悔しい。

 …でも逆らえなかった。レベッカはじわりと涙を滲ませて、諦めたようにゆっくりと頷いた。

「よしよし、あんたが馬鹿じゃなくてやりやすいよ」

 レベッカの従順な姿に気を良くしたエドガーが、言ったとおりに口から手を離す。

 本当は助けを求めて叫びたい。

 しかしレベッカは唇を噛んだ。

「くく…あの舞踏会では本当に驚かされた。ずいぶん雰囲気は変わってたけど、あそこで踊っていたのはレベッカだった。駄目じゃないか?あんなふうに注目の的になったらさぁ」

「…っ…ぅ、…うう」

「一緒にいるのはブルジェ伯爵だとすぐにわかった。レベッカと恋仲だと…城で噂になってたからね。そしたらあの騒ぎだ!まさかあいつが怪盗だったなんてな」

 エドガーが彼女の上に馬乗りになり、薄い夜着ごしに胸をまさぐる。

 柔らかな膨らみが無遠慮に形を歪められて、その感触で男を興奮させた。

「はぁ…はぁ…はは、特大スキャンダルをありがとう、レベッカ」

「…うう…っ…ん、ぁ…」

 レベッカの身体は震えていたが、抵抗できない。

 美しいレベッカを犯そうと願望をいだいていたエドガーにとって、おあつらえ向きの状況だ。

 男は彼女の肩紐を引きちぎって、片方の胸を露出させた。

「……ゃ……やめて……!」

「やめるわけないだろ……はぁ」

 ぷるんとまろび出たそれを欲情の目で見つめ、弄ぶ。

「…ッ…ゃぁ…!…ぁ、ぁ……!」

 レベッカは……羞恥に顔を歪め、ぽろぽろと涙を零した。

“ こんな辱めを受けるだなんて…っ ”

 なんて悪夢だろう。

 だが、これを招いたのは他ならぬ自分なのだ。

 公爵家に嫁いだ身でありながら他の男に恋をして、身体を捧げた。舞踏会という社交場で、己の立場を忘れて振る舞った。

 …自分が悪い。

 罪を犯した自分だから、これが、その罰なのか。

“ 罰を受けるのはっ……当然 ”

 受けてしかるべきだ。でも──



 ここでエドガー様の言いなりになるのが
 本当に、わたしが負うべき罰なの??



「──…ッ、ちがぅ」

「……ん?」

 こうやって抵抗せずに……身体を好きに弄ばれて……それで、罰を受けた気になるなんておかしい。

 こんな事でクロードを守った気になるなんて、おかしい。

 彼は絶対に、絶対に喜ばない。



『 主(アルジ)が城に来れないと言うことは、あなたはひとりこの城で戦わなければならないということです 』



 戦わなかったわたしに
 彼を待つ資格なんて無い──!



「おやめ下さいエドガー様…!」

 レベッカは晒された肌を腕で隠した。

 身体をひねって、上にまたがる男を退かそうと足掻く。

「…っ…なに、そういうプレイがいいのかい?優しくしてやろうとしたのに…!力づくで押さえ付けて、ねじ込まれたいか?」

「わたしの身体はあなたの好きにさせません!」

「はぁー…、だったら良いのか?伯爵との事を父上にバラすぞ?」

「どうぞ、そうして下さい」

「なんだって…!?」

「不貞を働いたわたしが悪いのです。──ですがご覚悟を!あなたがベノルト様に話すというなら、わたしもっ…今夜のことを告発します」

「あ、あんた馬鹿か?不貞のうえに、家族に犯されたなんて恥の上塗りだ。そんな娘…っ、父上に見放されるばかりか、次のもらい手もいなくなるぞ?」

「ええ、わかっています」

 顎を引いたレベッカは上目遣いで、相手を睨んだ。

「わたしの価値は地に落ちる──…。それでも、あなただって無傷ではいられませんよ?エドガー様」

「レベッカ…ッッ」

 腹をすえたレベッカの瞳に、静かな光が宿る。

 その美貌に気圧されそうになるエドガーは、赤くした顔を震わせて悔しがった。

 次の言葉が見つからず、反射的に手が上がる。

「……ッ(ギュッ)」

 殴られるとわかったレベッカは両目を閉じた。

 歯も食いしばる。

 ただ自分が言った事に、後悔はなかった。




「…ッ──…ぅお…!?」


「……!?」



 ところがその瞬間、レベッカを殴ろうとしたエドガーの身体が横に倒れた。

 彼はベッドから転げ落ちて、床に倒れる。

「…いっ…てぇ……誰だ……!?」

 突然そんなことになったエドガーは、打ち付けた身体を痛がって呻いている。

 何者かに、引きずり下ろされたのだ。

「誰だお前!」

「──…お前こそ誰だ」

「……っ」

 エドガーが顔を上げると、暗がりに立つひとりの足と、鬼の形相(ギョウソウ)でこちらを見下ろす…その青年の顔があった。



「あなた、アドルフ…───?」



 ベッドで身体を起こしたレベッカは、部屋に現れたアドルフの姿を見る。

 驚きのあまり、流していた涙も止まってしまった。






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