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第六章 (レオ回想編)
湧き上がる感情
しおりを挟む──それから、三日後の夜。
「……ハァ、ハァ」
暗く長い屋敷の廊下を、息を切らし、そして潜めて…走り抜ける影があった。
その影が角を曲がったとき、さらに数人の足音が追いかける。
「──…やっぱり誰かいたよな?いま」
「あの角だな」
曲がり角を指差す。
怪しい気配を感じた彼等は、廊下の角へ向かって走る。
曲がった先は袋小路。部屋の扉が並ぶのみ。
そこに人の姿は見当たらなかった。
──気のせいか?
「──!?」
だがその瞬間、ひとつの部屋からガラスの割れる音がとどろいた。
やはり侵入者!
彼等は音のした部屋へ迷うことなく踏み込む。
「…っ、窓が割られている!」
予想通り、部屋の奥の、はめ殺し窓が割られていた。
泥棒だ。そうに違いない。金を持たない農民が…金目(カネメ)のものを目当てに侵入したに違いない。
彼等はそう思った。
しかし…
割られた窓から下を見ると、そこには彼等の予想と異なる姿があったのだ。
「よく見えないがまだ若いな?それにしても」
逃げる後ろ姿からは、侵入者の顔を見ることはできなかった。
けれどまだ少年に見えるその細身な背中…。何よりその服装は、汚ならしい農民のものとは到底思えなかったのだ。
「まずは捕らえてからだ!」
──
「…ハァ、…──ッ」
ポタッ…
逃げる男…いや、まだ少年か。
彼の着ている白い装束に赤い斑点が浮かんでいた。
どうやらガラスで腕を切ったらしい。
「…っ」
彼は一瞬、走る足を止める。
このまま逃げるべきか
いったん身を潜めるべきか──
迷っていると、人気(ヒトケ)のない林の奥から突如として馬が現れた。
「───!?」
「此のような場所で……いったい
何をされているのですか──我が主(アルジ)」
馬の背で手網を操る男はレオだった。
「何故クロード様が此処にいて…何をしているのかも知り得ませんが」
「……っ」
「……、帰りましょうか」
馬上のレオは、その後ろにもう一頭を引き連れている。
今の少年──否、クロードに迷う余裕はない。
彼はその馬に股がった。
───
翌朝のこと
「──…」
レオはクロードの腕にできた切り傷の手当てをしていた。
椅子に腰かけたクロードの前にひざまづき、差し出された腕に包帯を巻いている。
「クロード様、ご存知ですか?昨夜──レイモン伯爵の館に泥棒が入ったそうです」
「……」
「レイモン伯爵と言えば、四日前に鹿を撃ち殺した村人を捕まえ、連れ去った御方…。このような偶然もあるものですね」
「……ふん」
手当ての合間に、感情のこもっていない声で話しかける。今日レオはいつもより口数が多かった。
クロードは目を静かに閉じ、背もたれに寄りかかっていた。
「その泥棒はレイモン家の家宝である金の腕輪を持ち去ったと…伯爵が血眼(チマナコ)で捜索中です」
「そうですか」
一見、興味のなさそうな反応をクロードは返していたが、そんな彼の表情をちらりと確かめたレオは溜め息をついた。
犯人の狙いはなんだったのか
金? それとも…
「──同情ゆえの憎しみか」
声色を低くしたレオが、下から見上げながら問いかける。
…パチリ
「──…」
それを聞いたクロードは目を開けて、相手を見つめ返すと口を開いた。
「──同情?そんなくだらぬ理由で伯爵家に忍び込むとでも?」
「……」
「あの農民たちへの同情が理由ならば、もっと別の方法で行動を起こしていますよ」
簡単なことだ。
食糧でも衣服でも…金のままでも構わない。農民に渡してやれば解決する話。
わざわざ貴族の館に忍び込む?
そんな回りくどい同情があるはずもない。
ただ
侵入者を捕らえそこない、あげく家宝まで奪われたレイモン伯爵の悔やしむ表情を想像したとき……今まで感じたことのない感覚が沸き起こる。
──四日前の、明け方のあの光景を思い出しながらクロードはそう考えた。
畑を荒らす鹿を撃ち殺した村人が、現れた役人たちに有無を言わせず連行される…。
『 これから彼はどのような罰を受けるのです? 』
『 レイモン伯爵家で、暫く労働に従事することになりそうですね 』
『 …つまり、奴隷か 』
食糧を、金を、生活を奪い、そして、人すらも搾取する──
《 その欲に底はない 》
甘い菓子を頬張る手が休まることはない。
むしろ食べれば食べるだけ…さらに食欲は増すばかり。
『 …醜いな 』
──このとき彼に舞い降りたのは感情は、憎しみでも同情でもない。
強いて言うなら、イラつき、だった。
搾取の連鎖に…
抵抗できない農民に…
《 イラついた 》彼は、伯爵の館に入り込み家宝を奪って逃げていた。
奪い慣れた貴族たちの、誰かもわからぬ相手に与えられた突然の敗北感。その怒りと焦り……。
「……っ」
ゾクッ..
それらを想像したとき、全てが退屈でしかなかったクロードに得たいの知れない感覚が沸き起こったのだ。
そして彼を見ていたレオは感じた。
とても、危険な表情だと…。
「…大変なきっかけを与えてしまった」
レオが後悔しようとも、既に手遅れだったのだ。
包帯を巻き終わりクロードをベッドに横にならせた後、食べ終わった朝食の食器をひくためにレオは部屋を後にした。
パタリと扉を閉める。
「──…!」
閉まった扉を背にしてしばらく立ち止まったまま、彼は廊下の様子をぐるりと見渡す。
それから、溜め息をついて立ち去っていった──。
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