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第五章
人相書き
しおりを挟むモンジェラ家の当主
ベノルト・ヘルツォーク・フォン・モンジェラ
──レベッカの夫である彼が城に帰ってきたのはそれから三日後のことだった。
宮廷会議に出席するために城を留守にしていた公爵は、王室顔負けの豪華な馬車に乗って彼女の前に再び姿を見せた。
『 ベノルト様、おかえりなさいませ 』
『 私の留守中、何か変わったことはなかったかい?』
『 …っ…はい 』
レベッカはどきりとした。
城の者たちの中には、彼女についての悪い噂話を広めようとする人がいる。
彼女とクロードの関係を怪しむ声が…
もし、公爵に届いているとしたら…
“ しかも、その噂話はウソじゃない ”
不安に襲われるレベッカは、帰ってきた公爵の顔を見ることができずにいた。
自分の夫である御方を裏切っている。公爵に嫁いだ身でありながら…他の男に心を奪われてしまったのだ。
レベッカは整理のつかない想いを抱えたまま、今、公爵家の朝食の席についていた。
「結局、宮殿からの呼び出しというのは何だったのです?父上」
「国庫の金を不正に着服する者がいたらしく…それの調査協力についてだ」
「そんなことが??まったく強欲なやつは駄目ですね」
公爵と話しているのは長子のエドガーだった。
他にも第一夫人と第二夫人の2人と、息子が2人、席についている。
「強欲といえば……父上もご存じですか?4日前、バイエル伯爵の城に現れた怪盗の話を」
エドガーが、唐突にそんな話を切り出した。
朝食のスープを飲んでいたレベッカは動揺して、スプーンを床に落としてしまう。
“ 怪盗…?それってクロードのこと…!? ”
「おやレベッカ殿、なにをそんなに慌ててるんだい?」
「…っ…いえ…申し訳ありません…!手がすべって」
「そうか」
食卓テーブルの対角線上に座る彼女の異変に目ざとく気付いて、エドガーが声をかける。レベッカは必死に平静をよそおった。
公爵がエドガーに返答する。
「ああ、伯爵邸の舞踏会での騒ぎは、噂に聞いている。衛兵が捕らえようとしたが逃走したようだな」
「そうなのです!奴のおかげで舞踏会はめちゃくちゃになりました。実はその夜、バイエル伯爵に誘われて俺も城にいたのですよ」
エドガーの視線がレベッカに流れる。
「……!!」
レベッカは今度こそ困惑を隠せない。
「エドガー様が、舞踏会に……?」
「そうさ。都合が悪いことでもあったかい?」
「いいえ…っ」
“ こんな身近な人まで会場にいたなんて……!そんな…わたしも行ったとバレている?…でも仮面をつけていたし、ドレスも化粧もいつものわたしと違ったもの ”
「問題ありだエドガー。領主である私が城をあけていたのだから、その間、長子のお前は我が城を守る立場だろう。遊びに出歩いていい立場ではない」
「ごめんよ父上。だってバイエル伯爵がどうしてもと誘うんだ。断れなかったんだよ」
「そんなものは言い訳にもならん」
「悪かったって。でもお陰で俺は怪盗の正体を見れたんだ。役に立てるよ」
「?」
勝手な外出を公爵に咎められたエドガーは、軽薄に笑って誤魔化し、壁際のメイドに合図を出した。
合図されたメイドはいちど部屋を出たが、すぐに、何かをかかえて戻ってくる。
それをエドガーの席まで運んだ。
「──…さっそく描かせたんですよ。宮廷画家の名作です」
「それは…!?」
レベッカだけでなく、他の夫人や子供たちにもどよめきが広がった。
「人相(ニンソウ)書きさ」
人の胴体ほどの絵画を自慢げにひろうする。
「あの夜見た怪盗の顔を、すぐに絵におこさせました。これが近ごろ辺りを騒がせている盗っ人の正体です、父上」
「しかし、あの夜は仮面舞踏会だったと聞いたぞ?怪盗は仮面を付けていたのではないのか?」
「まぁ、多少の想像ははいっていますが」
多少の想像?でもこの顔は──
「…ふむ、ところで見覚えのある顔だ。何処で会ったか…。このように目立つ容姿であれば忘れないように思えるが」
ウェーブがかかったブロンドの髪。
エメラルドグリーンの瞳。
金色がまざった長いまつ毛。
上品に整えられた細い眉。
鼻筋のとおった小鼻と、緩やかに微笑む唇。
「……!」
想像なんてものじゃない。
エドガーが画家に描かせたこの人相書きは、間違いなくクロード。クロード・ミシェル・ジョフロワ・ド・ブルジェ伯爵の顔だった。
レベッカの他にも誰か気付いただろうか。
「父上の他にも、見覚えのある人はいるかな」
食卓を囲む面々を、エドガーが順番に見ていく。
…その最後、レベッカと目を合わせてニヤリとした。
“ ……駄目だわ ”
レベッカは目眩(メマイ)がするほど追い詰められ、今すぐ部屋から飛び出したかった。
“ エドガー様は気付いている。怪盗の正体も、わたし達の関係すらも…….! ”
気付いたうえで楽しんでいるのだ。
落とした物の代わりに新しく渡されたスプーンを持つ手が震えて、カタカタと音がなってしまった。
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