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第四章
二人の男
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急がなければ
もうじき月が眠り、太陽が目を覚まし
此の地が朝を迎えてしまう。
その前に、この腕の中で眠る我が姫を、公爵夫人へと戻してやらなければ──。
……
数刻後
暗闇の中、クロードがその腕に眠るレベッカを抱えて馬車から姿を現した。
馬車には二頭の馬が先頭に繋がれており、そして御者台では、付き人のレオが手綱を引いていた。
彼等が今いるのはバイエル伯の城ではなく、モンジェラ公爵領の敷地である。
「クロード様、また…後ほど」
「──そうですね」
大きくて目立つ馬車はいったんこの場を立ち去る。
残されたクロードは山道を歩いて抜け出ると、荘厳なシルエットの公爵邸へ近付いた。
城の門を超えて、庭に入る。
バラ園の間を通り抜けレベッカの寝室へつながるバルコニーを見上げる。
....ザッ
「…?」
「……」
その時、右手の植木が揺れて音を立てたかと思えば、そこから何者かが姿を現した。
「こんな時間まで散歩とは、ふざけてるな」
「──…おや、あなたでしたか」
クロードの前に現れた青年は、肩についた木の葉を手で払いながらそう言った。
「レベッカをどこに連れ出していた?」
「……、舞踏会です」
「……」
クロードの返事を聞いて青年は眉を潜めた。
そして彼の臙脂(エンジ)の瞳が、レベッカの乱れたドレスに向けられた瞬間、その表情がさらに険しくなったように見えた。
──クロードの前に現れたその男はアドルフ。レベッカの幼馴染みだったのだ。
「舞踏会だと?ハッ」
口の端では笑っているが、その瞳は笑っていない。
「貴族どもの遊びなんて俺にはわからないが……、なんだ? 舞踏会ってのはそんなに激しいダンスでもするのかよ」
「……」
「──…まぁ、どうでもいい」
彼は自分の頭に手をやり、溜め息をついて髪を掻きむしった。
「──…」
スッ──
そして顔をあげクロードを正面から睨み付けると、アドルフは腰にさげていた剣を抜き取り、クロードに剣先を突きつけた。
無言で向けられた剣先に、クロードもその口許から笑みを消した。
「…何のつもりですか?生憎、舞踏会に出たのは彼女自身の意思です。私が無理矢理 連れ出したわけではない」
「……ああ、そうだろうな」
アドルフは素直に頷いてみせた。
「レベッカはあんたに惚れてる」
「…っ」
「…本気で惚れてる」
彼はレベッカと長い時間をともにしてきた。だから、たとえ言葉に出さなくともわかってしまう。
「いつも意地はって強がってるが、わかりやすすぎるんだよ…そいつは」
アドルフは、眠るレベッカを顎で指し示した。
「あんたほどの男なら惚れちまうのも無理ないな?伯爵」
「…それは嬉しいことを言ってくれますが」
クロードには本題が見えなかった。
「──何故…剣を突きつけられているのか、その説明をしていただけるだろうか。こちらとしてもあまり愉快な気分ではいられないので」
「……」
「答えて下さいますか?」
クロードが聞き返した。
『 きっと伯爵も…レベッカ様に想いを寄せておられる筈です 』
『 違うわ!伯爵がわたしに関わるのは…っ
わたしが、彼の正体を知っているからなの…! 』
『 どういうことですか? 』
『 伯爵はただの貴族ではなくて── 』
──
レベッカとメイドの、この不可解な会話。
あの時レベッカはいったい何を伝えようとしたのか…。それが気になったアドルフは、城や街の人間たちに話を聞いて回ったのだ。
…そして彼は気付いたのだった。
「──…近ごろ、この辺りである怪盗の被害が立て続けに起こっているらしい」
「……ほぉ」
「怪盗の特徴は、ブロンドの長髪、白いマスケラに丈の長いマント……。そして、仮面越しでもわかる絶世の美男子……か」
アドルフは馬鹿にした調子で笑った。
「それ、あんただよな」
「…ご名答です」
対するクロードは悪びれる様子もない。だからアドルフは不機嫌だった。
「レベッカを巻き込んでどういうつもりだ?言えよ…何が目的だ」
「──…」
「…っ…言え!」
問いただすようにアドルフに詰め寄られ、目をそらしたクロード
──かと思えば
彼は一瞬で腰の剣帯に下がった剣を構え、アドルフの剣先を横に弾いた。
「なっ!?」
...ピタッ
形成が逆転し
今度はアドルフの鼻の先に、研磨のゆきとどいた細い剣先が向けられる──。
アドルフは舌打ちとともに一歩後退する。
クロードは、レベッカが落ちないようにその身体を支えながら、鋭い視線を目の前のアドルフに向けていた。
「……。まだまだ子供だ」
「くそ…っ」
「悔しいですか?」
「──!」
キンッ!
突然、クロードの剣先が素早く動く。
中途半端に構えていたアドルフは慌てて剣を振った。
ガキンッ!──カッ
カン───!
白刃の打ち合う音が四回、五回と、響いたのち、音がやむ。
──するとその場所には、勝者であるクロードのみが立っていた。
「はぁ…、はぁ…、ちっ」
尻餅をついて地面に倒れたアドルフは、頭上から見下ろすクロードを歯を食い縛り睨んでいる。
クロードが冷たい声色で言った。
「それでは姫を守れない」
「……ッッ」
「…自身の無力さを知るがよい青年よ。
私もかつて、無力さ故に大切な女(ヒト)を失った」
「なん…だと……!?」
悔しければ、私から奪い返すことです
そなたの大切な姫君を──
──
「………」
気を失っているレベッカ。
彼女はクロードの腕の中で…今のこの状況を知るよしもない。
しかし不思議なことに
《 大切な女を失った 》
彼のこの言葉だけが、眠るレベッカの耳にこびり付き、働かない思考の中で永遠と繰り返されていた──。
──
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