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第四章

再会

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 そして、カミルの帰りの荷車を待つまでの時間、カミルと遊んであげることにしたレベッカは…

「一緒にかくれんぼしよう!」

 という彼の提案にのることになった。

「かくれ…え?なに?」

「レベッカさま、もしかしてかくれんぼ知らないの?う~ん、なら僕が鬼になってあげるから、急いで隠れて!」

「わかったけど…っ」

 あまりにも急な展開。

 でもレベッカに戸惑っている時間はないらしい。

「30秒数えるからね。
 いーち! にーい! さー…」

「カミルっ、静かにしなきゃ」

「そっ…そっか、
 いーち…、にー…、さーん、…よーん」

 数える声が小さくなったところで

 かくれんぼのルールもよく理解していないレベッカは、言われるままに急いで隠れ場所を探した。


ガサッ   ガサッ


「んっと…」

“ この辺りでいいのかしら ”

 中庭は隠れるには狭すぎる。

 渡り廊下をひとつ隔てた、前庭の方向にレベッカは足音をたてないように移動した。

 途中の木の影に身を潜め、背中越しにカミルの様子を伺う。

「……」

にじゅういーち

にじゅうにーい

「……」

にじゅうさーん、にじゅうし

「──…」

にじゅうご~




──その時だ




「──!!…っんんッッ」 

 木に背をつけて背後のカミルを見ていた彼女は、前方から現れた何者かに、口を塞がれて木に身体を押さえつけられた。

 それは突然すぎる出来事で

「……んッ…っ…んんんー!」

 驚きと恐怖に縮こまったレベッカは、目をかたく閉じて、塞がれた口で精一杯、助けを求める声をあげた。

「……んっ、んんー!」

こもった悲鳴

「──…静かにしろよ」

「……っ」

「見つかったら不味いんだろ?…あのガキに」

「………!?」
 

 この、声は──?


 その言葉遣いはクロードではなかった。

 その声は、鼓膜を震わす低音で──。 

 恐る恐る、目を開けるレベッカ。


パチッ.....!


「──…!」


 目の前の彼は近すぎて、その顔をよく見ることができない。

 見えるのは、彼の着ている白地のシャツと、ざっくりとあいた衿(エリ)からのぞく厚い胸板…。


「…口塞いでる手、どかして欲しいか?」


「……コクリ」


 懐かしくてしかたない──幽かな鉄の匂いがその男から香った。





「──…久しぶりだな」

「……」

 アドルフ…!

「なんで…あなたがここに…」

「静かにしろ…。簡単に見つかって、あいつをがっかりさせたいのかよ」

「……っ」

 解放された口でレベッカが言葉を発すると、有無を言わさず遮られる。

 その高圧的な態度はまぎれもなくアドルフ…彼女の幼馴染みに間違いなかった。

 レベッカは

「ね、ねぇ…ちょっと…!」

 彼の身体によって木の幹に押し付けられている。

「──どうかしたか」

「どいてよ…苦しいわ…」

「しかたねぇな」

 レベッカに胸を叩かれたアドルフは、しばらくした後やっと身体を引いた

 艶のある黒髪も、臙脂(エンジ)色の瞳も…。身体をかがめてこちらを覗きこむ彼の顔は、やっぱりアドルフに違いない。

「…悪いな…ドレスを汚したかもしれない」

 アドルフは所々にすすの付いた彼のシャツを気にしている素振りだった。

「そんなことどうでもいいけれど……」

「──…しっ、来たぞ、座れレベッカ」

「…ん…っと」

 カミルが三十秒を数え終わった。

 その声が途絶えたのを察知したアドルフはその場にしゃがみこむと、レベッカの腕を引く。

 レベッカも半ば無理やりに、花壇のすみに隠れる形となった。

 スカートの裾(スソ)に土が付く

 ──ついさっき、ドレスの汚れを気にしてくれたんじゃなかったの?

 いきなり現れた彼に振り回されるレベッカだった。

「…浮かない顔してんな」

 アドルフが声を潜めて囁いた。

「だって、あまりにも急だったから」

「──だから?」

「…驚いたの」

「なら作戦通りだ」

 ニヤリと笑う。

 レベッカは逆に、不機嫌な表情で眉を潜めた。

「──あまりにも急だし、唐突だし」

「まぁな」

「それに言葉もなしにいきなり口を塞がれて…やり方が強引だし、乱暴だし」

「……」

「せっかくの再会なのに、何の感動もできなかったから……」

「・・・・・」

 こうして少し落ち着いた今、久しぶりのアドルフを目の前にして…

「──なんだかイラっとしてきたわ。わたし」

「……………」

 冷静さを取り戻し、不満を並べるレベッカの言葉を聞いて

「ちっ、面白くないな…っ」

 少し反省するアドルフ…。

「──きちんと、謝ってよ」

「…面倒くさい」

 これら一連の流れもまた、懐かしい二人のやり取りではある。

 アドルフは面白くなさげにそっぽを向いた。

「…ったく、こんな所までわざわざ来てやったってのによ」

「そう、それです!それについて一番聞きたいわ。…なんでここに?仕事は?オイレンブルクは?」

「質問攻めはよせ」

 そして溜め息をついた。

「嫁いで少しは淑やかになってるのかと思ったら……はぁ、何も変わってないなお前──…、…お」

 不平を言うアドルフ。

 しかしレベッカの顔に視線を戻したとき、彼は言葉を不意に途切れさせた。

「──…」

「……、…なに?」

「へぇ…、なるほどな」

「……っ」

 ぐいと顔を近づける。

「顔つきが変わったな、レベッカ」

「…顔つき?」

「大人らしく…いや…女、らしく…変わったように見える」

「なに、それ……//」

「何かあったか?」

「…なにって…例えば?」

「例えばそうだな……」


《 恋でも、したとか 》


「……っ」

 レベッカはゴクリと唾を呑んだ。動揺を隠せない。

「なんだ図星か?」

 形勢、再逆転。アドルフの口許に黒い笑みが浮かんだ。




「ゴホンっ」

「──…?」

 その時、二人の頭上に影が被さった。

「レベッカさま、みっけ。ついでに…そっちの怖い目付きの…おじ、…っ、お、兄さんも」

 《 おじさん 》と言おうとしたカミルは慌ててお兄さんと言い直す。

 だってこの兄ちゃん

 僕を見上げたときに、むちゃくちゃ鋭い目で睨み付けてきたんだぜ。

「お話の声が聞こえるんだもん!すぐに隠れ場所がわかっちゃったじゃないか」

「うるさい、そもそもこのガキは何だ?レベッカ。見たところ貴族のガキではなさそうだな…」

 いいところで?邪魔が入ったアドルフは機嫌を損ねてしまった様子だ。

 レベッカの腕を掴むと、先程とは反対に今度はぐいと引き上げる。自分の腕で抱き留めるように彼女を立たせた。

「子供のお遊びに付き合う時間は終わりだ。ここからは…レベッカと大人の話があるんだ、じゃあな」

 アドルフはそう言うと、掌を下にして、カミルに向かって追っ払うように左右に手を振ってみせる。

 カミルはムッとした表情をした。

「ちょっと、アドルフ…っ」

「僕は!もう子供じゃないもんね!なんてったって倒れた父ちゃんのためにお医者さんを連れてきたりしたのは僕なんだから…っ」

「あ?医者?」

「そのお金だって自分で用意したんだからね!」

「…ちょ、ちょっとちょっと!カミル!?」

 きゃー!
 何言ってるのよカミル

 お金の調達って…つまりは盗んだのでしょ!?

 アドルフに勘付かれるわよ!!

「……」

 焦って遮る彼女の様子に首をかしげるアドルフは、草むらから彼女を連れ出して石畳に出た。

「……で、だから何が言いたい」

「僕は子供じゃないから、のけ者にしたらダメですっていうこと」

「……はぁ、かまってほしいだけならママのいるところに行けばいいだろ?見送りはしてやらねぇから安心しな」

「…ムスッ」

「さっさと帰れ」

「アドルフ!その言い方は酷いと思うわ」

「はぁ……!?」

 カミルを追い払おうとする彼だったが、横からレベッカに怒られてしまった。

「謝りなさい」

「謝らねーよ!というか何なんだよお前達のその良好な関係は」

「それは…──」 

 レベッカとカミルの関係…

 それは…彼女が、カミル達が泥棒をしてるのを偶然見つけてしまったことから始まっているのだが。──ってそんなの言えるわけがない。

「…たまたま、さっき会ったばかりで」

「怪しいな。お前の恋の相手…まさかこのガキじゃないだろうな?笑えねぇ」

“ なんの冗談…っ ”

「………、恋?」

 キラーン

 二人の言い合いを聞いていたカミルの目が再び光る。 

「──恋??レベッカさまは恋をしているの??」

「…ん?ああそうらしい」

「へぇぇ…」

 子供はこういう話題が大好きだ。

「ふっ、お前に相手の心当たりはないのかよ」

「僕に心当り?誰かいたかなー、うーん…」

 レベッカさまの恋の相手か…

 カミルは考え込む。

「……!」

 あ~~~!!!

 わかったかも!

「わかったかも!もしかしてー」

「カミル……?何を言い出すつもり……?」

 にんまり笑ったカミルはいたずらっぽく彼女を見上げる。

「…な、なにを考えてるのよカミル…!」

 レベッカとカミルの共通の知り合い…なんて、ひとりしかいない。

 レベッカは慌てて、カミルの言葉を遮った。





──



 物心ついた時には孤児院で生活しており、その後、六歳で鍛冶屋の親方に引き取られたアドルフ。

 小さなころから刀や鎧に囲まれて…そして自らも鍛冶職人を目指した。

 彼の入った工房では、多くの仲間が同じ親方の元で自分の腕を磨きながら働いている。そこで彼も職人としての技術を身に付けたのだ。

 そして

 レベッカが公爵家に嫁いでからしばらくして、アドルフは親方に一人前の判を押されるまでになった。

「──…それで親方の工房を離れてこの街へ?」

「……そうだ」

 食料を城に運び終えた荷車が帰る頃合いに、カミルは二人に別れを言って村に帰った。

 静かになった中庭で、噴水を前に二人は語り合う。

「もともと俺はいつまでも親方の元で世話になる気はなかった。…勿論、縁を切るつもりはさらさらないけどな」

「怖くはないの?」

「俺一人でも生きていけると親方が認めてくれたんだ、怖くねぇよ」

「寂しくはないの?」

「──バカだな…お前」

「?」

 レベッカは、何故自分がバカと言われたのかわからなかった。

 しかし彼女は確かに…この時のアドルフの真意を上手く汲み取れてはいなかったろう。

 職人として一人立ちした彼がこの街へ来た理由は、他ならぬレベッカだ。

 ひとり異郷に旅だった彼女への心配が、そこにあるというのに…。レベッカはそれに気がつかない。

「どうしてこの街を選んだの?」

 だからこんなわかりきった事を聞いてしまう。

「──依頼人がここによく集まるからだ」

 そして素直になれない彼もまた…、こんな返答しかできないでいたのだ。






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