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第三章

外界へのエスコート

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 城の外だ。

 クロードは、彼女が落ちてしまわないようにゆったりとした速さで馬を走らせた。

 レベッカは彼の腕に包まれたまま無言で馬に揺られる。

「あ…っ」

 顔をあげると彼と目が合い、レベッカは目をそらすために俯いて、その胸に頬を預けた。

 あの夜と同じ…品のいい香水の香りがする。

 どうしても彼を意識してしまう自分がいて、レベッカは胸の奥が熱くなるのを否定できずにいた。

 少しずつ城から遠ざかる白馬。

 ところどころに建ち並ぶ豪商や貴族の館の前を通りすぎて、下街へと続く道に入った。

 一度狭まった道幅はまたすぐに広がって、ひとり、ふたりと、すれ違う人が増えてゆく。

 道の両端には店が並び、気づけばその人混みが馬の進行の邪魔をするまでになった。

 客引きの声が飛び交い、辺りからお腹の減りそうな匂いが漂う。

 駆け回る子供の集団とすれ違ったところで、クロードは自分だけ馬から降りると、手綱を引いて歩きだした。

ガヤ ガヤ ガヤ ……

 こんな賑やかな場所は久しぶりだ。

「……すごい活気」

 オイレンブルクの街の人々は、その日の生活に必死という感じで…こんな綺麗な街並みではそもそもなかった気がする。

 このような人混みも初めてだ。

 トコトコと馬の背に揺られながら、レベッカは横を慌ただしくすり抜けて行く人々を見下ろしていた。

「あら貴族様!ここの靴、見ていかれない?」

「素敵な旦那様!ぜひ店にお立ち寄りをー!」

 売り子たちの声が馬を引くクロードに向けられる。

 彼はそれらの呼び声に簡単な反応を示しながら、人混みをぬうように歩き続けた。

「この街の人々はとても活気がある。モンジェラ公の統治が成功している証ですね」

「そう…ですね」

「人混みは苦手でしょうか?」

「そんなことはありません」

 人が元気な町は、いるだけで気持ちがいい。そう思えばこの騒がしさも苦ではなかった。

「──それなら良かった。では私も少し買い物を」

「……?」

 クロードは顔を横に向けると、その先にある店に近づいていく。

「ここは果物屋?」

「朝食の途中で脱け出しましたからね。お腹をすかせているのではと」

「…っ」

 鋭い…!

 実は、空腹

 彼はそこでリンゴを紙袋で受けとると、ひとつをレベッカに手渡し、再び馬を歩かせた。

「それに──…銀食器で出されるコース料理より、こちらの方があなたの好みに合うのでは?」

 この人は…いちいち鋭い

「い、いただきます…」

「クスッ……。ええ、どうぞ」

 不満げに頬をふくらませてリンゴに口を付けたレベッカを、下から楽しそうに見上げる彼はやっぱり意地悪だ。

 悔しいけれど食べ物に罪はないから、小さな歯型を付けて食べ進める。

「あ、なたは、食べないのですか?」

「私は後で頂きますよ。あなたの食べかけをもらえるのであれば、今すぐ噛じってみたいですがね」

「…// 駄目です、これはあげられません」

「残念です。では気にせずゆっくり召し上がりください。馬はこのまま歩かせますから、気になる店があれば声をかけてもらえますか?」

「…………、ふぁい」

 リンゴを噛じりながらだったから、淑女(シュクジョ)にあるまじき気の抜けた返事が出てしまう。

 それが、彼に対して気を許し始めた表れのようで……ますますレベッカは不服に思った。

“ ああ…でも、少し楽しいわ ”

「……あそこのお店が気になります。近くに寄ってもよろしくて?」

「異国の織物が並んでいますね。見てみましょう」

「面白い…」

「……」

 不服に思いつつ、同時に彼女は笑っていた。

 少しばかり歯を見せるこの笑い方は、本当なら人前でしてはいけないものだ。貴族の女として…夫人として。

 そういうものなのだが、今だけは、彼の前においては、許される気がした。

 クロードは一瞬だけ驚いた目をしていたけれど、すぐに余裕たっぷりの微笑みに変わる。ふっと口端をあげるその表情には、やはり太刀打ちできそうになかった。



 賑やかな通りをゆっくり進み、街の風景を満喫(マンキツ)する。

 そのうちに、今度は道行く人の数が減っていった。

「そろそろいいか──」

 人混みをぬけると、クロードは再び馬に跨がり、街から離れて山道へと駆けて行った──。

 道の周りを木々が囲う。

 山道はしだいに上り坂となる──。 

 レベッカが落ちてしまわないように、クロードは片腕で彼女をさりげなく包む。

 そしてレベッカは…

...トクン

 胸の奥が不用意に、音をたてるのを感じていた。



 地面の起伏がでこぼこと激しくなる。

 しばらく行くと坂道が終わり、道からそれて、茂(シゲ)る木の蔦(ツタ)をくぐり抜けた。



「ここ、ですか…?」


「ここです」


 馬が止まったので顔をあげた彼女が見たのは、円形の原っぱに咲きわたる…


「……紫色の花」


 レベッカは目を細めた。


“ このお花は…… ”


「──スミレ、です」


 クロードは馬から降りて彼女の手を引く。


「…っ…わ」


 ぐらりと前にバランスを崩したレベッカを、彼が自身の胸で受け止めた。


 そのまま彼女の身体を抱えたクロードは、菫(スミレ)の中へ足を進め、そっとレベッカを座らせたのだ。







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