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第三章
優雅な花語り
しおりを挟む「…それほど私を殴りたいのですか?」
わざわざ場所を変えるほどに…──と
人の気配がなくなったのを確認してクロードがレベッカに問いかけた。
「──当然です」
レベッカは立ち止まる。
「殴るだけでは晴れないほどですもの」
「……、女性を抱いて恨まれたのは初めてだ」
「……っ」
この自信に溢れた態度──
今までどれだけ周りの女に、ちやほやされてきたかがわかる。
少し顔が綺麗だからって
伯爵という身分だからって
どんな女も自分の虜(トリコ)になると思っている。
人の気持ちは──そんなに単純じゃないのよ?
思い知ればいいのに。
「やっぱりこのままでは終われません…。というよりあなたには一度、女に殴られるという経験が必要だと思うの」
「ふふ……それはそれは」
「そうすれば、その天狗(テング)の鼻も少しは短くなるのではなくって?」
「──…クッ、なるほど天狗ですか」
彼は笑いを噛み殺す。
──かと思えば、ふっと目を細めて真剣な表情になった。
「確かに天狗かもしれない。……いや、私は天狗にならざるを得なかったのです」
「??」
「欲しいものは何であろうと手に入る。少し微笑みかければ、どんな女性も私の手に落ちる」
「……」
「私の人生は実に簡単なゲームの連続だ」
“ 勝ってばかりは、つまらない ”
“ 何かを本気で手にいれたいと…そんな強い想いは知らず知らずに消え去ってしまった ”
どこか遠くに向けられた彼の視線──
──スッ
その視線が、不意にレベッカに下りてきた。
《 だが…私はあなたを見つけた 》
「ぇ……?」
「もう少し、そのままでいて頂いて構いません。少しずつ、少しずつ私に堕ちればいい──」
その方がいい
その方が──私の欲を掻き立てる。
「どうか殴るときは私の隙を上手くついてくださいね?先程のようなわかりやすい動きでは、簡単に受け止めてしまえるので」
「……っ」
「ああ、殴るには身長差があり不利ですね。蹴飛ばす方をオススメ、しておきます」
「──なっ//」
一連のクロードの言葉に、レベッカは頭がついていかない。
呆れて声もでない。というより頭に血が上って、上りすぎて……クラクラしてきた。
「………はぁー」
もう疲れた
レベッカは片手を額にあてて俯いてしまった。
そんな彼女は、クロードが面白そうに自分を眺めているのに気が付かない。
“ この人に勝てる気がしない ”
ひっぱたくタイミングもなんだか見失っちゃったし
もう、いいわ
忘れよう、忘れよう……。
「──戻られるのですか?公爵夫人」
「……もういいです。あなたも早く帰って下さい」
「私はまだ帰りません」
「そんなにここの薔薇が好きなのですか?」
クロードに背を向けたところを呼び止められ、レベッカは刺のある言い方で彼に振り向く。
「……」
今度はクロードが身を翻( ヒルガエ)し後ろを向くと、彼はそのまま数歩進んで……そして、先に構える花壇を見下ろした。
「この花をご存知ですか?」
「…え?」
「プリムローズです」
彼がそう言って立ち止まった足元には、レモンイエローの小さな花が咲いている。
その数は、花壇に植えられた低木の根を覆ってしまうほどだった。
株を外国から取り寄せてこの城に植え直したという…ドイツには珍しい低木たち──。その根本に咲く黄色の花は反対にありふれた花であるから、誰もこの花に目を向けることはないかもしれない。
「この花は薔薇のように手入れなどしなくとも、春になればところ構わず地を覆う」
「確かに、同じローズでも真反対ですね」
「あなたはどちらが好きですか?」
「どちらがと聞かれても……」
レベッカは彼の横に立ち、同じように花壇を見下ろす。
「…両方、好きです」
「──そうですか」
当たり障りのない彼女の返事だが、それを聞いたクロードはどこか楽しそうに辺りを見渡した。
そして次はまた別の花壇に目を向けて、クロードは彼女に話しかけるのだった。
「あの白い花はクロッカス…」
花言葉は
青春の喜び
「──…」
レベッカは相づちを打つのを躊躇(タメラ)いながら、彼の行動を監視する。
───
ギリシャ神話に登場する美青年クロッカス
彼はある日、恋に落ちた
その相手は羊飼いの娘
娘の名はスミラックス──
スミラックスも、彼を愛した
二人は幸せの絶頂だった……
──しかし
しかしその結婚は、神々からの反対を受けることになる
想い合うのに、結ばれない
それに苦しみ──悩んだ二人
神々に仲を引き裂かれ
それに絶望したクロッカスは、自らの死を選んでしまった
──残されたスミラックスは悲しみに打ちひしがれ、嘆きの日々をおくる
「花の神フローラは、そんな二人を憐れみ…彼等を花に変えたのです」
そのひとつがこの花、クロッカス。
そして、羊飼いの乙女が変えられたのは…
「──サルトリイバラ、ですよね」
思わずレベッカは口を挟んだ。
「おや、ご存知でしたか」
「……ギリシャ神話は好きです、わたし」
「でしたら後日、神話の書物をあなたに贈りましょう」
「いりません!」
泥棒にもらうものなんて何もないわ。
レベッカはフイとそっぽを向く。
その時、彼女の腕をクロードが掴んだ。
「…っ…何…!?」
「後ひとつ、私の愛する春の花があるのですが…」
「……」
「……見に行きましょうか」
「見に行く…、まさか、今から…?」
「──そうです」
「うそ、あ、ちょっと待っ…ッッ」
彼女が返事をするよりも先に、その小柄な身体は男にふわりと抱き抱えられた。
──
伯爵──否、泥棒に、さらわれたレベッカ。
彼女は強く抵抗できなかった。
城門の外には白い馬が一頭、手綱でくくりつけられていた。
クロードは抱き抱えたレベッカを一度おろして馬に跨(マタ)がり……上から手を差し出した。
「──…」
レベッカはその手に
自分の手を重ねてしまった。
怖さももちろんあったけれど…
同じくらい興味を持ってしまったのだろう。クロードという人間に…。
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