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第一章
春を待つ乙女
しおりを挟む森の香りを運ぶ風が、木上の乙女の顔を撫でる。
そして彼女のピンクベージュのドレスをふわりと巻き上げた。
「……まだ、まだね」
しかし乙女は顔をしかめた。
…この国の冬は長くて暗い。だからこその待ち遠しい春の訪れ。
その春に先立ちいち早く咲くのが、サンザシという白い花だ。
そんなサンザシの漸(ヨウヤ)く咲きだした控えめな花びらが、ある種のじれったさを含んで、彼女の目には映っていた。
「レベッカ様ー!」
「……」
何処からともない呼び掛けに振り返ると、メイドが走ってくる。
「…ハァ…こんなところにいらっしゃったのですね」
「──どうしたの?」
彼女がいそうな場所を探して走ってきたのだろう。息を切らしたメイドが慌てて此方に駆け寄るのを
──それを、彼女は制した。
「ダメですよ、踏んだら」
「え?あ、花でございますか?」
「そうです。やっと咲いたんだから…」
やっと咲いたサンザシ。
それは、やっと訪れる冬の終わり。
…それは単なる花ではない。
“ 台無しにされてはたまらないわ ”
幹(ミキ)に手をつきバランスを取り直すと、彼女は軽やかに地面に飛び降りた。
彼女の名はレベッカ。
Rebecca zo Eulenburc
レベッカ・ツー・オイレンブルク。
オイレンブルク家の令嬢のひとりである彼女は、先日に十九の誕生日を向かえた乙女で
その折に催された会食でも…父や母、三人の姉達によって盛大に祝われたばかりだ。
…しかしレベッカに本当の姉妹はひとりもいない。
彼女の実の両親は七年前に他界し、遠い親戚であったこの家に養子としてもらわれたのだ。
オイレンブルク家の義父母は、養子であるレベッカを実の娘のように大切に育てた。
そしてそれが──
単なる良心によるものでは無いことを、レベッカは当たり前のように理解していた。
この家に引き取られた自分に周囲が何を期待しているのか…。レベッカは常に、それを念頭においた上で生きてきたのだから。
「…それで? そんなに急いでどうしたの?」
「奥様がレベッカ様をお呼びです。──…ある殿方が此方を訪ねていらっしゃるとの伝達が入りましたので」
「……ある殿方?」
「とにかく支度をするようにと仰せつかりました。どうぞお急ぎ下さい」
「──…」
だからこの時も、彼女はただ素直に…この行く末を受け入れた。
───
屋敷に戻ったレベッカを待ち受ける数人のメイド。
彼女達は、レベッカの土で汚れたドレスをさっさと脱がせるとバスルームへ突っ込み、湯をはったバスタブの中でくまなく全身を洗う。
そうしてぴかぴかに磨きあげた後で真新しいドレスを着付け始めた。
「…っ…ちょっ、ちょっと、締めすぎじゃない?」
下着の上にシュミーズを着た彼女に二人がかりでコルセットがはめられる。
──まるで鎧。
“ 何度着ても慣れない…っ ”
「苦しッ…」
ギュウウ…ッ
レベッカの顔がひきつる。
だがメイド達は容赦なかった。
ドレスの着付けが終わり髪を丁寧に結われた後、彼女は夫人の前に付き出された。
「まぁまぁ実に美しく…」
「……」
「これなら相手が誰であろうと恥ずかしくありませんね」
「…御義母さま? これから訪ねてくる殿方とはいったい──」
「身分も高貴な大切なお客様です。しくじるのではありませんよ」
「……、はい」
《 しくじるのではありませんよ 》
義母の言った最後の言葉が、レベッカの頭の中で何度も反芻(ハンスウ)される。
そんな彼女は、栗色の長髪を編み込むように結い、その瞳と同じバイオレットカラーのドレスを身に纏い……、まるで何処かのパーティーにお呼ばれしたかのような装いだった。
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