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第二十一章
春待つ砂丘の花々よ
しおりを挟むそれから数日のうちに、バヤジットの身柄は祖国キサラジャに引き渡される。
国境の関所では、元部下だった騎兵師団の男がバヤジットを迎えに来ていた。
挨拶と一緒に渡された、近衛隊の階級を示す頭巾留め。
とっくに剥奪されたと思っていたバヤジットは、奇妙な心境でそれを受け取った。
そして彼はすぐには王都に向かわず、部下とともにいくつかの街を転々とした。
二年という、長いようで短い間にも、キサラジャは国の在り方を変えていた。
砂漠に点在する街や村は、主要な街道ぞいにまとめられ、大がかりな移築工事の最中だ。
街には、貴族の寄付による複合施設が建造されている。
キュリエとは、商店や浴場といった営利施設の売り上げで、学校や病院を運営する建築物だ。
建て主である貴族は、望んだ平民に《手形》を無償で渡すことができた。手形を持った平民は、利益の一部を払うかわりにそこで自由に商売をおこなえる。
誰でも商いを始められる仕組みとなったのだが
さらにこれを可能にしたのは、身分制度の改革。
身分制度における階級と職分──このふたつを無関係にしたことだ。
もともとキサラジャにある身分制度は、その者の仕事を決めるものだった。
政治と国防に関わる「貴族」
それ以外の仕事を家名とともに引き継ぐ「平民」
宗教上タブーとされる職に従事する「賤人」
その概念が撤廃され、商業や医療といった分野に貴族階級が関わり、平民も仕事を選び選ばれるようになり、賤人という概念は…結果として失われていく。
あと十年もすれば、変化も目に見えてくるだろう。
──…
「一晩の宿を借りる。いくらだ?」
二十日あまりの旅を終え、王都ジエルに近付いた。
とある宿屋に立ち寄ったバヤジットが亭主に聞くと、首を振って断られる。
「悪いが旦那様、四日後の朝まで、街の宿はぜんぶ埋まっておりますよ」
「全部?何かあったのか?」
「陛下一行が街にいらっしゃっているからですよ。役人やら護衛やら使節団だかを引き連れて、それはもう沢山でございます」
「……!」
バヤジットが言葉を呑むと、隣の部下が説明を加える。
「果樹園の件ですね。最近、西の同盟国から乾燥地帯で栽培可能な作物や果物、肥料、技術者を取り入れましたから。開拓地の選定で巡行されているのです」
「そうそうそれです!本っ当に立派な王様だ。意地悪いアシュラフ王に嘘っぱちの罪をきせられて追放された後、自力で復讐をなしとげたって聞くが…、王宮に戻ってくださったことに感謝しなくちゃな」
気のいい宿屋の亭主がペラペラと話すが、それを聞くバヤジットの表情が固くなっていると気付いていない。
史実というのは、勝手なものだ。
生き残った者の都合でしか語られない。
かつての王弟を追放したのは、貴族の全員──王宮のすべてだ。みなで彼を貶めた。
そんな腐敗した王宮に囚われたアシュラフ王も、他ならぬ犠牲者だったのに……。
“ …陛下。貴方の心を疑心に歪めた者どもにこそ、天罰がくだるべきでしたのに ”
罰を受けるべきは自身も同じ。
己の信念を捧げ、守ると誓った君主が死に……おめおめと生きている自分が許せない。
忠義に厚いバヤジットは、本来、君主を殺されたあの日に命を絶ってしかるべきだった。
……それができなかったのは
彼には別に、償うべき罪があったからだ。
「おうおう、ウワサをすれば来ましたよ」
「……!」
その時 宿の外が騒がしくなる。
ぞくぞくと家から出てくる人々が、広場に現れた行列のほうへ歓声をあげたからだ。
「国王陛下、万歳!」
「国王陛下、万歳!」
彼らの声は宿の中にもはっきりと届く。
それを耳にしたバヤジットも、すぐさま宿を飛び出した。
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