119 / 143
第十八章
忍び寄る思惑
しおりを挟む「私を信じん……か」
サルジェ公爵は皮肉げに笑った。
「申し訳ありません」
「よい、仕方のないことだ。私は長らくタランの暴走を止められず……国をここまで追い詰めた無能な役人だ。急には信用できんだろう」
「……」
そこまで言い切るつもりはないが、あえて否定する理由がないのでシアンは沈黙を返した。
「だが伝えておく……。私は必要以上の権力を望んでいない。私が理想とするのは、あくまで王族が力を持ち、君主制が成立している状態だ。二度と、タランのような馬鹿者を出さないためのな」
「貴方は……」
ふとシアンは、必要以上に真っ直ぐ注がれる視線を前に、この男が " どこまで " を知っているのかを勘ぐった。
公爵は、あのハナム王妃の父親である。
「貴方は先ほど、僕の素性を知らないと言った」
「…そうだったな」
「……それは本当ですか?」
「……」
今度は公爵が沈黙した。
歳を重ねて多くのシワを刻んだ顔からは、真意をくみ取り辛いが、少なくとも敵意は感じない。
試しているつもりか?
「…耳にした情報はいくつかあるが…、真実か否かは、貴公が私に打ち明ける日まで待つとする」
逆に発言をシアンにゆだねて、公爵は上手くかわしてみせた。
「まぁそれも後でよい。私を信用できたなら話したまえ」
「寛容ですね」
「当然だ。私は貴公を気に入っている」
それから公爵は、器を傾けて茶をくいと飲み干すと
「──…それは陛下も同じだ」
「……!?」
まったく茶器に手をつけようとしないシアンへ、声色を落として告げる。
「陛下が…?なんですか」
「陛下も貴公を気に入っている。ここだけの話だが、貴公の無罪放免を私に指示したのは…あの御方だ」
「なっ…!? 」
驚きと同時にシアンは席を立った。
「さすがに動揺しておるな」
公爵がその反応を笑う。
「そこでだ。貴公を呼び付けた本来の用だが──…
王室での陛下の護衛を命じれば、それを望むか?」
「王室っ…でございますか?」
「先ほども言ったがとにかく人の手が足りん。陛下の身辺を警護する重要な役目を、引き受けてくれると助かる」
「……!」
焦るシアンが机に手を突き、茶器が揺れる。
「正気とは思えません。僕のような身分の者を」
「貴公はハムクール伯爵家の養子。身分については問題ないな。剣術の心得もなかなかだと、噂に聞いておる」
「しかしっ…」
「くわえて陛下の信頼もあるゆえ適任だ」
賤人出身のシアンが王宮警備兵になったことじたい、タランの権力で強引に進めた結果だ。
なのに次は陛下の護衛を……?
シアンが耳を疑うのも無理なかった。
「どうする?引き受けてくれるか?」
「……」
「嫌なら無理にとは言わんが」
「…っ」
「…?」
「いえ、取り乱してしまい失礼しました」
異例だが、悪い話ではない。
シアンはなんとか自身を落ち着かせて…再び椅子に座った。
「陛下の御身をそばでお守りできるなど…身に余る名誉です。お引き受けします」
「そうか!よい心がけだ」
たとえどのような思惑がひそんでいようと、今さら恐れていられるか。
シアンは公爵を信用したわけではなかったが、かりそめの笑みを相手に向けて、出された茶を優雅にたしなんだ。
──
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
だからその声で抱きしめて〖完結〗
華周夏
BL
音大にて、朱鷺(トキ)は知らない男性と憧れの美人ピアノ講師の情事を目撃してしまい、その男に口止めされるが朱鷺の記憶からはその一連の事は抜け落ちる。朱鷺は強いストレスがかかると、その記憶だけを部分的に失ってしまう解離に近い性質をもっていた。そしてある日、教会で歌っているとき、その男と知らずに再会する。それぞれの過去の傷と闇、記憶が絡まった心の傷が絡みあうラブストーリー。
《深谷朱鷺》コンプレックスだらけの音大生。声楽を専攻している。珍しいカウンターテナーの歌声を持つ。巻くほどの自分の癖っ毛が嫌い。瞳は茶色で大きい。
《瀬川雅之》女たらしと、親友の鷹に言われる。眼鏡の黒髪イケメン。常に2、3人の人をキープ。新進気鋭の人気ピアニスト。鷹とは家がお隣さん。鷹と共に音楽一家。父は国際的ピアニスト。母は父の無名時代のパトロンの娘。
《芦崎鷹》瀬川の親友。幼い頃から天才バイオリニストとして有名指揮者の父と演奏旅行にまわる。朱鷺と知り合い、弟のように可愛がる。母は声楽家。
強面な将軍は花嫁を愛でる
小町もなか
BL
異世界転移ファンタジー ※ボーイズラブ小説です
国王である父は悪魔と盟約を交わし、砂漠の国には似つかわしくない白い髪、白い肌、赤い瞳をした異質な末息子ルシャナ王子は、断末魔と共に生贄として短い生涯を終えた。
死んだはずのルシャナが目を覚ましたそこは、ノースフィリアという魔法を使う異世界だった。
伝説の『白き異界人』と言われたのだが、魔力のないルシャナは戸惑うばかりだ。
二度とあちらの世界へ戻れないと知り、将軍マンフリートが世話をしてくれることになった。優しいマンフリートに惹かれていくルシャナ。
だがその思いとは裏腹に、ルシャナの置かれた状況は悪化していった――寿命が減っていくという奇妙な現象が起こり始めたのだ。このままでは命を落としてしまう。
死へのカウントダウンを止める方法はただ一つ。この世界の住人と結婚をすることだった。
マンフリートが立候補してくれたのだが、好きな人に同性結婚を強いるわけにはいかない。
だから拒んだというのに嫌がるルシャナの気持ちを無視してマンフリートは結婚の儀式である体液の交換――つまり強引に抱かれたのだ。
だが儀式が終了すると誰も予想だにしない展開となり……。
鈍感な将軍と内気な王子のピュアなラブストーリー
※すでに同人誌発行済で一冊完結しております。
一巻のみ無料全話配信。
すでに『ムーンライトノベルズ』にて公開済です。
全5巻完結済みの第一巻。カップリングとしては毎巻読み切り。根底の話は5巻で終了です。
おっさん家政夫は自警団独身寮で溺愛される
月歌(ツキウタ)
BL
妻に浮気された上、離婚宣告されたおっさんの話。ショックか何かで、異世界に転移してた。異世界の自警団で、家政夫を始めたおっさんが、色々溺愛される話。
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
愛して、許して、一緒に堕ちて・オメガバース【完結】
華周夏
BL
Ωの身体を持ち、αの力も持っている『奏』生まれた時から研究所が彼の世界。ある『特殊な』能力を持つ。
そんな彼は何より賢く、美しかった。
財閥の御曹司とは名ばかりで、その特異な身体のため『ドクター』の庇護のもと、実験体のように扱われていた。
ある『仕事』のために寮つきの高校に編入する奏を待ち受けるものは?
【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】
海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。
発情期はあるのに妊娠ができない。
番を作ることさえ叶わない。
そんなΩとして生まれた少年の生活は
荒んだものでした。
親には疎まれ味方なんて居ない。
「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」
少年達はそう言って玩具にしました。
誰も救えない
誰も救ってくれない
いっそ消えてしまった方が楽だ。
旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは
「噂の玩具君だろ?」
陽キャの三年生でした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる