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第十七章
痛みをうつす鏡
しおりを挟む「……僕は貴方を苦しめたい」
「シアッ…!?」
頬においた手を追って、シアンの唇がバヤジットのそれと重なった。
「貴方はもう…僕を映す鏡だ。僕が穢れれば、痛めつけられれば、代わりに貴方が苦しめられる」
「…っ」
「捨てた感情も…失った感覚もっ……貴方によって初めて完結する。貴方は囚われた、奴隷だ。僕に心を操られている奴隷だ」
口付けをしたシアンの目は潤んでいた。
興奮しているとわかる息遣いが、バヤジットを唖然とさせる。
「やっと…わかりました…貴方に感じる可笑しな感覚の正体が…っ」
ふとした時にバヤジットに抱く心地良さ。
その感覚にシアンは何度も戸惑い、乱されてきた。そんな気持ちは自分に無縁の筈だと否定してきた。
だがどうだ?理由さえわかってしまえばこんなに愉快じゃないか。
「貴方は僕の卑怯さも醜さもぜんぶ知っています。でも止められない、僕を殺せない。歯がゆいでしょう?苦しい…です よね?」
シアンは片膝を寝台にのせ、バヤジットの足の間に乗り上げた。
「シアン…」
誘惑の双眸が迫る。
美しい顔で煽られて、カッと目頭が熱くなるのをバヤジットは感じた。
“ やはりお前は恐ろしいな…っ ”
こちらを見下す表情が…バヤジットの心を掻き乱す。
自分の想いはまったく届いていないのだと、ああ、よくわかるシアンの態度だった。
これは報いなのだ。
9年前、自分は彼を裏切ったのだ。味方を奪われ逃げるしかなかった彼を──守るどころか、傷付けた。
そんな自分が今さら " 頼れ " と言ったところで
…自分勝手に吐き出す言葉が、シアンに響くはずもない。
“ 手遅れなんだ、この俺が、信頼を得ようなどと。願っても叶うわけがない…!! ”
だったら今の自分には何ができる?
苦悩するバヤジットは──身体を擦り付けてくるシアンの背に腕を回して、抱き締めていた。
ギュッ...!
「──…」
「俺はもう 貴方 の臣下には戻れない…!」
寝台に座ったまま、自身を挑発してくる細く傷だらけの身体を包み込む。
抱きしめられたシアンの動きが止まった。
シアンはこの腕が嫌いだった。
「過去に戻り貴方を救えたなら…どんなにいいだろうか。だが戻れない!俺は貴方を裏切った " 指切り将軍 " だ。今は、シアン、お前 の上官でしかない…」
「…っ…それなら、この腕はなんですか?まさか上官として部下である僕を守るとでも?」
「そうだっ…、──…いや
それすら今の俺には許されていないだろうな…」
「ッ…!?」
今度はシアンが、バヤジットに唇を奪われた。
驚く間もなくざらついた舌が割ってはいる。噛み付くように強く吸い付かれ、思わず喉で鳴った声はシアンの口内にとどまった。
右手は二人の身体に挟まれて、抵抗できない。
バヤジットの口淫は、呼吸さえ許さないような荒々しさでシアンを支配する。性技もクソも無い──受け止めるだけでぎりぎりだ。
「…ン‥‥ッ‥//‥…ァッ‥‥‥は‥‥!?」
それは王都の地下通路でバヤジットがシアンに返した口付けと同じだった。けれど意識朦朧としていたシアンにはその時の記憶がなかった。
こんなに……熱くて
重たい……口付けは
シアンにとって、生まれて初めて与えられたもの。
「ん‥ん…!!‥‥ぁ、ぁ‥‥‥ッッ」
「はぁ、はぁ、シアン、俺……は……!」
シアンの瞼が下りていく。
そんな彼の様子に気付かず、不器用な想いの丈をぶつけるバヤジットは、熱い声でシアンを呼んだ。
「シアン…!シ アン…!」
「‥‥…ン‥//‥‥んん‥!!」
「俺は──…お前に惚れたんだ…!
…っ…シアン……!」
「──…!!」
臣下としてではない
上官としてではない
ひとりの男として…バヤジットは、彼への想いを誤魔化せられない状態でいるのだ。
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