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第十七章

痛みをうつす鏡

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 シアンを抱くバヤジットは自邸へと戻っていた。

 近衛隊宿舎にあるシアンの部屋は、何者かによって荒らされた状態らしい。何かを探した痕跡があると言うから、おそらくタラン侍従長の指示だったのだろうと…それを聞いたシアンには想像できた。

 バヤジットの手でそっと寝台に下ろされたシアンは、外套がいとうにくるまれたまま不可解な顔で相手を見上げる。

「また僕を部屋に閉じ込めるのですか?」

「そんな事は、もうしない」

「では……どういうおつもりでしょう。再び僕を家にいれるだなんて不用心ですよね?」

「……」

 シアンは相変わらず嫌味な言い方しかできない。

 相手の目的がわからないから警戒しているせいもある。

 そんな彼を下ろしたバヤジットは口をつぐんで…じっとこちらを見つめていた。

「……?」

 何を考えているのだろう。

 いつものように眉間にシワを寄せて強ばっている男の表情からは、何も判断できないのだ。

 その場に突っ立っているバヤジットが、やっと動いて寝台の──シアンの隣に腰をおろすまで、長い時間が必要だった。


「──…オメルの葬儀は、ちゃんと終えたぞ」

「……!」

 それから彼は脈絡なく、そんな言葉をかける。

「渡された本と一緒に供養した。これであいつは陽の国に迎えられたんだ」

「…そう、ですか」

 オメルの名を出されて一瞬 動揺したシアンだが、すぐに悲しい顔で目を細めて、すべるように寝台から降り立った。

 彼はバヤジットの足元で、額を床に擦り付ける。

 彼にできうる最大限の敬服だ。

「礼を言います…バヤジット様。僕の無礼な頼み事を叶えてくださり、感謝しています」

「…っ…頭をさげるな!」

 けれど当然、バヤジットはシアンのその行動を遮った。

 慌ててシアンの脇に両手を入れ、伏した身体を引き上げる。

「俺が…!!」

「…っ」

 引き上げられた拍子に、シアンをくるんでいた外套が床へ落ちた。

「俺がっ…オメルの話をしたのは……!! お前の為にしてやれたコトが、それしか浮かばなかったからだ。他に何もできなかったからだ…!! 」

 シアンはバヤジットと向き合うかたちで、相手の腕に支えられた。真正面に見るバヤジットの顔は…歯がゆそうに歪んでいる。

「お前を助けたかった、守りたかったんだ…。だがお前は俺を頼らない!結局ひとりでタラン侍従長に立ち向かわせてしまった」

「バヤジット様…!? 」

「ひとりで戦わせて、こんなに傷を負わせてしまった…!」

 シアンが受けた傷はなにも身体的なものだけではない。

 深い傷を負ったのは心も同じだ。それはバヤジットにも筒抜けなのだ。バヤジットは助けられなかった自分を責め、悔やんでいた。

 シアンの中で麻痺してしまった…ナニか大切な感情を、バヤジットが代わりに味わっている。


 …そうだったのかと

 シアンは理解した。

 
「……バヤジット様」


 シアンは右手を、苦しむ男の頬に添えた。





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