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第十六章

復讐者の記録──伍

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────……

──…

……


『 やってくれたもんだなシアン──…憎たらしい可愛いコマが、ついに俺を裏切るか? 』

『 ……何の話ですか 』

 帝国の朱禁城、仁武殿。

 いつもは多くの臣下が集まり政論をおこなうその場所に、今は皇帝であるヤンと、数人の重臣がいるだけだ。

 玉座に鎮座ちんざするヤンの御前に引っ立てられた罪人が、その真ん中に座っている。

『 お前はこの一年…じつに使える駒だった。なにせ先帝の代の重臣はほとんど粛清したからな…人手不足もはなはだしい。お前の有能さは役にたった 』

『 ええ…お陰様で。昼となく夜となく働かせて頂けております 』

『 そこの承相どもの嫌がらせにも堪えながらな 』

『 …っ…気付いているなら対処して頂きたいですね 』

『 まぁそう言うな、それはそれで楽しめたさ 』

 罪人として武官におさえられているのはまだ若い青年で、しかも周りの帝国人とは似つかぬ容姿であった。

 その青年を見下ろし冷嘲れいちょうするヤンが、ふいに声色を落とす。

『 ……さて有能なる太袍官たいほうかんよ。
 そろそろわけを聞いてやろうか 』

『 …… 』

『 お前……火槍シャルク・パトの機密をキサラジャの密偵に流したろ? 』

 黄色地の龍袍りゅうほうに身を包むヤンは、いつものように片手に煙管キセルを扱いながら…ゆっくりと問う。

 そして相手が何も言わないのを見て、溜息とともに紫煙を吐き出した。

『 ハァ…、あれは戦そのものを変える代物しろものだぞ?兵士でなくとも敵を殺せる…となればつまり、戦の終結に待つのは無差別な虐殺だ。城どころか村の全てを焼き尽くすまで殺し合うコトになる 』

『 …、そうですね 』

『 わかった上での裏切りだろうな? 』

『 ええ 』

『 ──…クッ 』

 柄にもなく真面目なフリをして話すヤンだった。しかし青年が変わらず温度のない声で受け答えをしているので、すぐに可笑しくなった彼は腹を抱えて笑った。

『 ははは!なるほど《どーでもいい》という顔だ…!やっぱりお前は最高だな、シアン  』

 まったく笑える状況ではないのだが…。ヤンの軽い態度に、周りの臣下達はヒヤヒヤと落ち着かない。

 今、詰問のただ中にいるこの青年は、宮廷内においてあまりに異質であるが故──こころよく思わない連中がたくさんいる。そういった者たちにとって火槍の件は見過ごせない重罪だ。

 これをきっかけに太袍官たいほうかんという地位から引きずり下ろさんと、狙う者ばかり。

『 で?お前の次のたくらみを聞かせろ 』

 しかしヤンは違う。

 試す言葉で、罪人である青年に問いかけた。

『 見逃して頂けるのですか 』

『 いちおう聞いてやるだけだ。兵器の情報をキサラジャに流した次は……何をする 』

『 僕は…── 』

『 次の標的は何だ? 』

『 僕はこれから帝国の水源であるカナートを、…破壊し、キサラジャへ戻ります 』


 さらりと白状した青年に対して、部屋中から怒りの声が沸きたった。周章狼狽しゅうしょうろうばいの臣下は顔を赤く興奮させて罪人を罵倒する。

『 舐めた態度も大概だ!カナートを破壊などとっ…よくも言えたものだな裏切り者め 』

『 陛下!やはりこの者はキサラジャの間者でこざいます! 陛下のご寵愛をかさにきてっ…我が国を滅ぼさんとしているのです! 』

『 どうか厳粛な裁きを 』

『 謀反人へ死罪を命じてください! 』

 青年を殺すべきと叫ばれる。

 集められている重臣達は玉座のヤンへ何度も頭を床に付け、聞き入れられるのを願った。

 そんな状況でさえ落ち着いた無表情をつらぬくさまは、なるほど…帝国へ滅びを与えんと遣わされた、地獄の美鬼に見えなくもない。

『 なにとぞお聞き入れください 』

『 陛下!なにとぞお聞き入れください 』

 騒がしさが増していく仁武殿。


 …無言のヤンが立ち上がると、嘘のように静けさを取り戻した。
 

 玉座から数段下りた後、罪人の目の前まで進んだ皇帝を、危険だと武官が制止する。

 それを鬱陶しそうに押しのけたヤンが、縄で縛られた青年の姿を真上から見下ろした。


『 カナートを破壊するというお前の計画…… 』


『 …… 』


『 俺の利益はあるんだろうな? 』


『 ……勿論です、陛下 』


『 ふっ、そうか 』


 此方を見上げもせず言葉を返した青年に憫笑びんしょうを浮かべる。

 顎から頬にかけて残る傷痕と…眼帯で隠した左の目が今さらながらにピリピリと疼く──

 ヤンは羽織った長衣を翻し、青年の横を素通りした。


『 頃合いというわけだ、いいだろう…──
 太袍官の任をといてやる。何処へなりと行け 』


 通り抜ける直前に彼が足元へ落としたのは、赤色の封蝋が押された、いつぞやの手筒であった。

 縛られている青年は拾うことができず、ただ、座らされた場所で額を床に付けた。

 ヤンはもう振り向かないだろう。

 彼を呼び止める臣下を無視し、仁武殿の戸の開く音が背後できこえる。



 こうして秘密裏に放免された青年が、キサラジャの王都へクルバンとして舞い戻るのは──およそ二月ふたつき後の事であった。












………


───……







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