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第十六章

霹靂

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 玄関に戻ったタランを使用人が迎える。上衣を脱いで渡し、タランは自室に向かった。

“ 万一に備えた  はした。水の底では調査もできまい。しかし、平民かちくはやはり外に逃げていたか…あの複雑な通路をどうやってぬけた? ”

 広い公爵邸の一階にある彼の自室には、最高級の絨毯が敷き広げられ、磨かれた石壁に一流画家の絵画が並ぶ。奥の壁にしつらえた暖炉には常に火が灯り、部屋の空気を温めていた。

「家畜どもだけで脱出できた訳が無い…そうか、バヤジットの仕業か」

 思わず憎々しげに呟きながら、彼は調度品の引き出しから、昨日しまっていた物を持ち出した。


 ワラで編まれた左腕だ。


 汚れたそれを、くるんでいた布から取り出す。

“ あの者は……死んだであろうな ”

 奪った相手の事を考え、生死がわからぬこの状況に苛立ちをつのらせる。

 絶体絶命な場面で嬉々として笑う…薄気味の悪い最後の姿が脳裏に浮かび、義手を持つ手を震わせた。

 爆発に巻き込まれたか、もしくは火事の煙でやられたか、牢から逃げれずそのまま水の底か。手下からの報告はないが、勝手に死んだならそれも良い。だがもし…万が一にでも逃げ出していたらと…朝から気が休まらない。

 タランは慎重に、義手の接合部から網目を崩していった。

 乾いたワラの切れ目をほどくと、内側に筒状の鉄があった。適度な重さを持たせるためのものだろう。さらにその中に入っていたのが……

 これだな

「こんなところに隠すとは、用心深い奴だ」

 そこにはタランの読みどおり、ひとつの書状が隠されていた。ハナム王妃がシアンに渡したものだ。

 年季のはいった古い羊皮紙を広げると短い文字がしたためられており、タランはそこに書かれた陛下を名乗る " 偽 " の書状を見た。

 あの日、王弟による国王暗殺騒動の後──

 手下に探させたがどこからも見つかりはしなかったこの書状、ハナム王妃が隠していたとは盲点だ。

 それを今さら持ち出して…

「…っ…忌々しいことだ」

 タランは書状を縦に破り、それを手に暖炉まで歩いた。

 パチパチと薪が燃える上に書状を放る。

 投げ入れられた羊皮紙が炎に当たり黒く焦げ、あっという間に灰となって跡形もなく消え去る。

 それを確認した後、ゴミを捨てる感覚で、残った義手も暖炉に投げ捨てた。

「さて…次は…」

 義手については燃え尽きるまでを見守らず、タランは暖炉に背を向けて離れる



・・・・・




 その、──数秒後の事だった



 控えめに燃えていた暖炉の火が、タランの背後で爆発し、周りの壁を吹き飛ばした






 爆発と同時に瓦礫と調度品も吹き飛んだ。

 直撃こそしなかったが背を向けていたタランも前に倒れ込む。

「な………な………!?」

 床に伏せて振り返ったタランはしばし放心する。

 暖炉があった場所は、そのまわりの壁も含めて、粉々に砕け散っていた──。



「何の音だ!?」

 爆発を聞きつけ、外で待機していた近衛兵達が使用人と一緒に部屋へなだれ込んでくる。

 彼等は部屋の惨状に驚いた様子であったが、床の絨毯じゅうたんに火が燃え移っているのを見て、慌てて消火を始めた。

「水瓶はどこだ!急いで持ってくるんだ!」

「…っ…何が起こったらこうなる?壁も破壊されているぞ、敵の刺客か!?」

「それになんだ……この、異様な臭いは」

 立ち篭める煙。
 独特な異臭。

 混乱する面々が運んできた水を暖炉にかけている間、使用人達が動こうとしないタランの身体を引きずっていた。

「タラン様!危険ですから離れて下さい!」

「……!?」

 何が起こったのか、部屋にいたタラン自身もまだ理解できないでいる。

“ 何故だ……これは?爆発……したのか……? ”

 敵襲か?

“ いや外から攻撃された気配は無かった。私が奴の義手を火に捨てた直後に爆発がっ……! ”



コロン...



「ひっ‥」

 倒れたタランのすぐ隣に……変形した鉄の筒が転がった。

 外側のわらは黒焦げとなり、残りカスが残るのみ。




「侍従長様!タラン侍従長様!いらっしゃるか?」

 その時、とても構っていられないこの状況で、新たな来訪者が公爵邸の戸を叩いた。

 中の者達は当たり前に無視している。

 けれども相手が一向に諦めないので、痺れを切らしたひとりが外へ出た。

「申し訳ありませんがタラン様はいま…!」

「ああ無礼な訪問をお許し願いたい、急ぎの用なのだ!」

 戸を叩いていたのは、侍従見習いの若者だ。

「侍従長様を今すぐ大神殿にお連れするようにと!これは議会からの伝令だ」

「ですから今は不可能です!それに今朝の議は終えたばかりではないですか」

「そうも言ってられぬ!」

 来訪者は、戸を開けた使用人にではなく、奥のタランに聞こえるように声を張った。


「侍従長様お聞きになりましたか、緊急の召集です!たった今っ…帝国の使者が王都に現れました!

 カナート破壊の首謀者を引き渡すよう申し立てております!」


「帝国使者だと……!?」


 タランと、その場の近衛兵達が互いに顔を見合わせる。

 いったい何が起ころうとしている?

 地下での混乱、不可解な爆発、帝国の使者──。次々と襲い来る予想し得ない展開にタランですら頭が追い付かず、言われるまま突然の召集しょうしゅうに応じるしかなかった。





──






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