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第十五章
復讐者の記録──肆
しおりを挟む砂避けの隔壁をくぐって街から出ると、夜の騒がしさがシン──と遠くなる。
ガッ──!
『 ッッ…! 』
その瞬間 背後から何者かが現れ、青年の口をふさぎ拘束した。
『 殺すなよ 』
捕らえられた青年は、ヤンがそう言って背後の何者かに命じるのを見た。
その時彼が使ったのはキサラジャの言語ではない。
外の国の──帝国の言葉だと青年はわかった。何を言ったのかもわかる。娼館には帝国人も多く出入りするため、自ら学んで会得していた。
口を塞がれ息苦しさに前を睨むと、ヤンの周りに十数人の男達が集まってくる。
皆、商人のような格好をしているがそうではない。統率された動き、そしてヤンの前で腰を下ろし跪くまでの所作……、彼等は武人だ。
頭を垂れて集まったその者達を、温度のない表情でヤンが見下ろす。
『 お待たせ致しました──…太子様 』
ひとりがヤンに、帝国の言葉でそう呼びかけた。
いぜん身動きの取れない青年は、一連の光景を前にして驚くと同時にどこかで納得する自身にも気付いた。
大人しく見守る青年の前で、男のヤンへの呼びかけは続いた。
『 迎えが遅れた事お詫び申し上げます。簒奪者の手から帝の命を護れなかったばかりかっ…御身をこのような場所に奪われてしまっていたなど… 』
『 …… 』
『 ですがやっと探し出すに至りました。どうか我等と共にお戻りください!国に戻り奴の首を討った暁には、奴の暴政で疲弊した民も、必ず太子様を迎え入れるでしょう 』
『 ……兵はどこだ? 』
『 国境近くの村に集めております。出陣の用意もできております故、すぐにでも戦いましょう。太子様の姿を見たなら兵の士気もあがります 』
『 …髪も肌も目も、すべてが変わった俺だがな 』
『 いいえ太子様、亡き先帝を知る者ならわかる筈です。貴方にはその面影がある 』
『 父上の面影か… 』
鼻で小さく息を吐く。馬鹿にした時のヤンの笑い方だと、見守る青年にはわかった。
もっと他にねぎらいの言葉をかけてやればいいのにと思いながらヤンを見ていると、くるりと振り向いたヤンが、冷めた態度を一転させて明るく話しかけてきた。
『 悪いなぁシアン、苦しかったろ?いま離してやるからな 』
拘束している男を顎で使い、青年を解放する。
『 …ケホッ…ケホッ 』
『 お前の問いへの答えになったか? 』
『 ええ……まぁ 』
呼吸を許された青年は、返事をしながらなお…警戒を強めた。
彼を解放した男はすぐ後ろで様子を伺っている。伏している者達も、皆が刀に手を添えて、この青年の動向を見張っていた。
『 ……貴方は帝国の隠し皇子、というコトですね 』
『 その通りだ 』
間違った事を言えばすぐにでも斬り殺されるだろう。青年の命は確実に今──ヤンの手中にあるのだから。
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